12話:誘拐は突然に
私がジョーとアンディ捕獲の報せを聞いたのは、戻ったエリオットと二杯目の紅茶を傾けていた時だった。
友達を心配するふりで、二人が軟禁される部屋への出入りを許してもらう。
その時、何やら公爵たちも「どっちが好み」などと言っていたけれど、そこはお父さまが無言の圧力で黙らせてくれた。
「二人とも、お茶とお菓子を持ってきたわ」
様子を見に行くと、思ったより普通の表情をしたジョーとアンディが椅子に座っていた。
腐っても公爵家の子息たちだ。捕まえたからと言って無碍な扱いはされない。
「どうして気づかれたかは聞かないけれど」
そう言っているのに、ジョーとアンディはお互いを指差す。
「アンディが怒って声あげるから」
「ジョーが引き時を弁えずに粘るから」
仲良くしてよ。二人の仲違いは私の死亡フラグのイベントに繋がるんだから。
あと普通に友達同士が仲悪いのは私が嫌だ。
「ほら、甘い物でも食べて落ち着いて。情報収集はエリオットにしてもらうから」
「今度はシャノンたちがシガールームを探るのかい?」
アンディの言葉に私は首を横に振った。
「お父さまたちから引き出せる情報は少ないもの。だから方向を変えるわ。エリオットに使用人から情報を集めてもらうの」
「うちの使用人が何知ってるんだよ?」
「あら、うちの使用人は、こうして詐欺師を捜していることは知っているわ」
少なくとも、次に公爵が何処へ向かうかを使用人は知っている。
公爵の動きから何かヒントがないかを探るつもりだ。
「エリオットは我が家の使用人として周知されているわ。それに私たちの給仕をするために台所にも出入りしているの。案外顔が効くのよ」
「お二人が捕まったことを聞いて、攻め手を変えようと話し合った結果の方針変更です」
「よろしくね、エリオット」
私の言葉に、エリオットは恭しく胸に手を当てると、一人部屋を後にする。
その取り澄ました所作に、ジョーは顔を顰めた。
「あいつがシャノンを特別視する理由でもあるのか?」
「そんなにわかりやすいかしら?」
「最初は目付け役かと思ったけれど、こうしてつき合えばエリオットが自主的に君を守ってるのはわかる」
アンディの指摘に、私は将来を思って複雑な心境になってしまう。
恩を盾にイエスマンの従者を死亡フラグの乱立するイベントに巻き込む『不死蝶』にはなりたくない。
「リヴィエットなんて聞いたことない家名だし、家格は高くないんだろ? 侯爵家の令嬢つきなんてなれる奴なのか?」
「ジョー、少しは言葉を…………本人の前で言うよりはましだけど」
確かにジョーならそのままエリオットに聞きそうだ。そして忠告するアンディの心労が今から心配になって来る。
「エリオットは遠縁よ。私に対しての態度は…………恩があると思っているからなの」
リヴィエットは実際遠縁の男爵家なので、出生は伏せたまま、両親が亡くなり親戚を盥回しにされたことだけを伝えた。
「引き取ることを決めたのも、教育を施すことを決めたのもお父さまなのだから、私に恩なんて感じなくていいのに。エリオットならその器用さでもっと自分を活かせる場所があると思うのよ」
「他から見ればずいぶんな忠義者だ。それでもシャノンは、エリオットが心配かい?」
「えぇ、アンディのいうとおり心配ね。だって、私の嫁ぎ先にまでついて行くと言ったのよ。自分のことなんて考えていないの。それでは、エリオットの幸せはどうするの?」
「つまりシャノンの夫になる相手には、とんでもないおまけがついてくるということか」
アンディが何か気に入らない様子でエリオットが去ったドアを見つめる。
ジョーは私の髪にある薔薇の刺繍を見つめていた。
「気になる? 素敵よね。少しだけなら貸してあげても」
言いかけたところでジョーの手が伸びて、リボンを結んだ髪の一房に指を絡める。
「気に入らねぇ…………。なんでだろうな?」
えー? 私に聞かれても…………。
思ったよりエリオットと仲が悪いのかしら?
「ジョーは、エリオットが嫌い? エリオットのちょっと意地悪な物言いは、気を許してる相手だからこそなのだけれど」
「いや、別に。あんな奴他にいないから比べられないけど、ただ公爵家ってだけで阿る奴よりずっといい」
普段の気ままさを忘れたように、ジョーが子供らしくないことを言う。
けれど、それが公爵家の跡取りと目されるジョーの暮らしなのだろう。
将来家を背負うことになる子供は、家の柵を無視するわけにはいかない。つき合う相手は親が選ぶし、つき合うなら何かしらの理由がある。
そんな中でアンディという気の置けない友人がいるのは、ジョーにとって喜ばしいことのはず。
本当にどうして、この二人が事件一つでこじれることになるんだろう?
二人とも歳の割にしっかりしてるから、今も親の仲違いに影響されてもいないのに。
「ジョー、軽々しく婦女子に触るな」
アンディは厳しい顔で私の髪を触るジョーの手を払う。
ジョーが文句を言う前に、アンディは私に話しかけた。
「シャノン、さっき父上たちに捕まる前、新しい情報を聞けたんだ」
「あ、そうそう。どうもな、詐欺師が何処かの港で取引をするって話があるらしいんだよ」
「何処かって?」
私の問いに、ジョーはアンディに目を向ける。
「まだ詐欺師を特定もできてないからね。港での取引というのも伝聞で確証が取れてない。父上たちは詐欺師が変名を使い分けて夜会を渡り歩いているんじゃないかと見てるらしいんだ」
私がアンディの話を頷きながら聞いていると、ジョーが拳を握って立ち上がった。
「そこで! 俺たちがその港を特定できれば、詐欺師を捕まえることができるんじゃないか!?」
「そう簡単にはいかないだろうけど、港の位置を確認するくらいはしたいなって、シャノンたちが来る前に話していたんだ」
「だから普通にしてるふりをしていたのね。怒られたのにすまし顔だったから、どうしたのかと思ったわ」
思わず言うと、ジョーとアンディはばつの悪い顔になってしまった。
「それじゃ、まず王都の地図を手に入れなければね。図書室にあるかしら?」
「さぁ? 地図って本の中にあるものなのか?」
「確か、王都の歴史の本に載っていたはずだ。港の位置なんてそう簡単には変わらない」
住人のジョーではなく、アンディの指示に従って、私は図書室へと戻ることになった。
そして一時間もしない内に、私たちは屋敷の外へと抜け出すことになる。
「ジョー、待って!」
「考えなしすぎるぞ、ジョー!」
私とアンディの苦言に、屋敷を仕切る鉄柵の隙間から外へと出たジョーが振り返った。
「だから二人は屋敷で待ってていいって。特にシャノン、お前いないとエリオットが騒ぐだろ」
「ジョーがいなくても騒ぎになるわよ!」
私たちの引き留めに、ジョーはうるさそうに手を振って歩き出す。
「話しを聞け! 馬車移動しかしたことないくせに迷子になる気か?」
「アンディ!?」
止まらないジョーに、アンディも鉄柵の隙間を通り抜けて屋敷の外に出てしまう。
これはまずい。ここ日本と違って十歳の子供が大人も連れずに歩いていい場所じゃない。
王城に近い貴族屋敷の界隈だから、まだましかもしれないけど、だからこそ子供だけで歩いてるなんて、すぐに見つかって怒られるだけだ。
それにしてもドレスが邪魔で鉄柵を抜けられない!
私が鉄柵で止まっている間に、追ったアンディがジョーの腕を掴んで止めた。
「アンディの父上に抜け出し方と一緒に、周辺のことは教えてもらったから大丈夫だって!」
「僕の父上が関わってるならなおさら止めなきゃいけないに決まってるだろ!」
「二人とも、少しは静かに…………あ、抜けた!」
私がスカートを鉄柵の間から抜いた瞬間、ジョーが背後から誰かに抱きつかれた。騒ごうとする口を塞がれ、簡単に抱え上げられる。
「ジョー! 何者だ、貴様ら!?」
助けようとしたアンディは、ジョーを抱えた人物とは違う相手に殴られ尻もちを突く。
「ま、待ちなさい! アンディ、大丈夫?」
「僕は、いいから! ジョーを…………!」
私も走って追い駆けるけれど、角を曲がった先に相手は馬車を用意していた。
走り去る馬車の特徴と馬の毛色を覚えて、私は急いでアンディのいた場所に戻った。
「うぅー! うむぅ!?」
「アンディ!?」
戻ると、今度はアンディが何者かに猿轡を噛まされて攫われようとしている。
「ち、口を封じるか?」
「子供一人だ、放っておけ」
「ま、待って!」
慌てて追いかけると、今度の誘拐犯は馬を用意していた。
アンディを荷物のように袋に入れて走り去ってしまう。
これはもう怒られるなんて言ってる場合じゃない!
私はドレスを掴んで屋敷へと走り出した。
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