11話:シャノンのお友達
祝日なので投稿
「シャノンはあの二人をどう思ってる?」
「あの二人とは?」
お茶会のために馬車に乗ったら、お父さまが唐突に聞いて来た。
「その、公爵家子息の…………」
「良いご友人です」
何故かエリオットが答える。するとお父さまは満足そうに頷いたけれど、お母さまは笑顔で私だけを見つめた。
「シャノンはどう思っているのかしら?」
「エリオットの言うとおり、良いお友達です。とても意欲的でお互いに競い合う二人を見ていると私も向上心が刺激されます」
「良い答えなのだけれど…………シャノンにはまだ早いかしら?」
「早い早い! あと十年は早いままだ!」
突然声を上げるお父さまを、お母さまは非難するように見る。
夫婦喧嘩などしたことのない両親の様子に不安になる私とは対照的に、エリオットは何か知っている様子で平静だった。
「エリオット?」
「お嬢さま、今日の御召し物も素敵です」
あからさまに話題を回避された。見つめてもエリオットは答える気はなさそうだ。
今日の服はチェリーレッドを主体に黒で全体を引き締めながら、赤みのある薄紫が柔らかに模様を描き出すドレス。
ゲームの頃から『不死蝶』の服は本当に好みに合っていたから、褒められて嬉しくないことはない。
そうして私は誤魔化されてお茶会が行われるウィートボード公爵家に着いてしまった。
「それで…………?」
「はい?」
お茶会が始まると、私は詐欺師捜しの話し合いに関わらないおばさま方に捕まった。
「ルール侯爵のご令嬢は、素敵な男子二人のどちらなのかしら?」
「な、なんのことでしょう?」
「あら、どっちが好みかを聞いているのよ。ウィートボード公爵家では言いにくいかしら」
「どちらもいいわよね。まだ幼いけれど、あれは五年もすれば公爵方に負けない美丈夫になるわよぉ。まさかウィートボード公爵家のあの自由人が、あんなに素直に従うだなんて」
「それを言うならローテセイ公爵家のあの気難しい子が笑う姿、私は初めて見たわ。どちらにしても公爵家なんですもの。いいご縁よねぇ」
おばさま方は、私を置き去りにして勝手に盛り上がる。
えっと、つまりこれは…………恋バナ?
どうやらこの手の話はきゃっきゃと言い合うおばさま方の好物らしい。
餌食は私だ。なんで?
「あの、二人はお友達で」
「それも今だけよ。五年、いえ三年もすればわかるわ!」
「あー…………そ、その内、ですね」
「そんなこと言ってる内に、横から別の令嬢に攫われるわよ」
私はおばさま方の勢いに押されてまともに否定もできない。
どうやら、馬車の中でのお父さまの懸念はこのことのようだ。
誰だ、お父さまの耳に入れた奴。余計な波風立てないでほしいんだけど?
だって、ジョーとアンディの二人には、ゲーム主人公という運命がいる。
ネタキャラにしてゲームの敵役の私に、恋愛的な出番はない。と言うか、攻略対象が悪役令嬢とくっつくなんてクソゲーじゃない?
「…………私は、その二人と約束がありますので、ここで。それでは皆さまごゆっくり」
なんだか燃料を投下したような形になったけど、今は逃げることに専念して席を立つ。
私は人気のない廊下を歩きながら、ずっと後ろに控えていたエリオットに確認した。
「私とジョーやアンディを並べるなんて、いつからあんな噂があったの?」
「お嬢さまがお茶会に現れなくなってからです」
「一緒にいる間ではなくて? どうしてかしら?」
「お二人が、旦那さまにお嬢さまは今日も来ないのかと何度も聞くので、その姿に邪推がはびこったようです」
「お友達なんだからそんな邪推しなくても…………」
正直、そんな噂立てられても困る。ジョーとアンディも近場で勝手にカップリングさせられるなんて迷惑だろうし。
そんな私の渋い顔を見て、エリオットは笑った。
「なぁに? 私が困っているのがそんなに楽しい?」
「いいえ、お嬢さま。失礼いたしました」
何故か上機嫌なエリオットと、ウィートボード公爵家の図書室に向かう。
すでに待っていたジョーとアンディは、偽装工作用の書籍を机に広げて私を待っていた。
「窓もないし、ここじゃ魔法使えないわね。移動する?」
「いや、この蔵書は気になる」
どうやら擬装用だと思っていたのは、普通にアンディが興味を持って開いていた書籍のようだ。
その横で、暇そうなジョーも私の誘いを断った。
「俺も魔法はいいや。教えてもらってわかったけど、俺じゃシャノンは越えられない」
ジョーの言葉にアンディも本から顔を上げる。
私が一緒なら支配適性を使って、魔法を強めることができる。けれど私の援護を受けるだけでは、私の力を越えられない。だから私と魔法を鍛えるのはやめるようだ。
「だったらジョーは何をするの? 身を護るすべはあったほうがいいと思うけれど」
「そうだなぁ、魔法と合わせて武術を鍛錬してみようかな。今、剣術と槍術の教師がついてるから、弓術もいいかもな」
「それならエリオットもジョーと一緒に練習する? 最近は護衛のために武術の稽古しているでしょう?」
「お嬢さまのご命令とあらば」
「そういうことじゃないの。エリオットの好きにしていいのよ?」
「でしたら、お嬢さまのお側で刺繍をしてます」
「刺繍? あはは、針仕事なんて従僕もするのか?」
「どうして笑うのよ、ジョー。エリオットがしてるのは立体刺繍といって、私もできないすごいことなのよ」
私がエリオットを庇うと、何故かジョーはむっとする。
何か言い返そうとしたジョーを、アンディが止めた。
「そういうことは使用人の仕事なんだから。そんなことで張り合わなくていいよ、ジョー」
「でもできないより、できるほうがいいわ」
アンディの言い方に棘を感じて不服を申し立てると、言われた側のエリオットは笑顔で黙っているだけ。
私の許可を受けて、ポケットから裁縫道具と作りかけの刺繍を取り出し黙々と作業を始める。
そんなエリオットの余裕に、ジョーとアンディは不満そうに唇を突き出した。
「えーと、なんの話だったかしら。そうそう、アンディは魔法? それとも剣にする?」
「僕はこれまでどおり、君に教わるよ。そして水属性だけは君に負けないようになる」
「そう? アンディも体動かしたいならジョーと行ってもいいわよ?」
「…………僕は、運動が苦手だ」
恥ずかしそうに言ってそっぽを向くアンディに、思わず笑ってしまう。
「私と一緒ね」
そう言って笑いかけると、アンディは照れたように笑い返してくれた。
そんな表情に、私はゲームとの違いを意識する。
性格も反応もゲームのクールキャラとは違う。時折片鱗は覗くけれど、アンディはゲームよりもずっと穏やかだった。
「ねぇ、アンディ。あなたはジョーと一番の仲良しよね」
「それは、幼馴染みだから。家格が釣り合う相手、他にいないし」
「家格が釣り合うだけじゃ仲良しにはなれないと思うけれど。…………公爵方のように」
「父上たちは、なんて言うか…………張り合って、ちょっと違っただけだと思う」
「ちょっと違っただけ…………。そうね、だったら二人は仲良しでいてね。この先も、ずっと」
「僕もそういたいよ。父上たちは張り合わせようとするけどね」
私たちがそんな話をするのを、横で眺めるジョーは変わらず暇そうだ。
誰も外に行こうと言わないから、つき合ってここに留まっているのだと思う。
「ジョー、エリオットに聞いたけれど、ローテセイ公爵さまに屋敷の抜け出し方をお聞きしているそうね? お父さまに怒られない?」
「噂を後追いするばっかりで飽きてるみたいで、アンディの父上は昔の実践の話を交えて教えてくださる。俺の父上には、ばれないようやってるよ」
私からすれば詐欺師捜しは仲良くなる方便だけれど、ジョーからすれば本気の取り組み。屋敷から抜け出すという考えもどうやら本気だ。
とは言え、相手は王妃の名を騙る危険人物。あまり首を突っ込ませるのも気が引ける。
アンディのようにジョーの興味も別に移せればいいのだけれど。
読書するアンディの横でジョーと話している内に、エリオットの刺繍が完成した。
エリオットが差し出すのは赤と白のグラデーションが美しい薔薇の立体刺繍。レースにも似た繊細な糸使いに惚れ惚れする。
どうやらほぼ完成していた立体刺繍とリボンを縫い合わせる仕上げをしていたようだ。
「すごいわ、薔薇ね。花びらだけで三色も使っているのね」
「気に入られたのならどうぞ。あなたのために」
そう言って、エリオットは手ずから側面の髪にリボンを結ぶ。
「刺繍に目印の魔法だ~」
影の中から聞こえたアーチェの声に私はエリオットを見た。
「さすがお嬢さま、わかってしまいましたか?」
「魔法がかけられてるわ。私を捜す魔法」
「はい、いつでもあなたのお側にいたいので」
「いつでもって…………。もしかして、最近一人にしたのを拗ねているの?」
「はい」
まさかの即答に、見ていたジョーとアンディが呆れた。
「げー、こいつなんていうか、えっと、あれだよな?」
「恥も迷いもないのが重症だ」
うん、私もちょっと困る。エリオットには幸せになるためにも独り立ちしてほしいのに。
「エリオットって本当に過保護ね」
「「ぶふっ」」
私の呟きにジョーとアンディが噴き出した。
「え? 本気か、シャノン?」
「どうしたのよ、ジョー? うちではみんな言ってるわ」
「なるほど、眼中外というわけか。ふふ…………」
アンディの笑い交じりの言葉に、今度はエリオットがむっとした。そしてすぐさま作り笑いで表情を掻き消すと、煽り文句を放つ。
「お嬢さまに並び立てもしない人が何をおっしゃるやら」
「なんだと?」
的確にアンディの怒りのつぼを押したらしいエリオット。
男の子のつぼってわからない。わからないけど、この雰囲気がまずいのは空気を読む日本人感覚のある私にはわかる!
「エリオット、お茶を貰ってきてくれるかしら?」
「よし、だったら俺たちはその間にシガールームを覗きに行こうぜ、アンディ」
「よし、行こう」
「ちょっと、二人とも」
私の命令に従ったエリオットはいいとして、ジョーとアンディも図書室を出て行ってしまう。何か焦ったような足取りに不安が募る。
そして、悪い予感が的中したのか、その日ジョーとアンディが大人に見つかってしまったのだった。
毎週金曜日更新
次回:誘拐は突然に