表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/287

1話:転生転移、あるいは憑依

『私を誰だと思っているの?』


 スマホ画面の中で黒い巻き毛を払うような仕草で、紫色の瞳を向けて来る少女のイラスト。

 定型テキストを台詞欄に並べたそのキャラクターと目が合った気がする。


 そして視界が真っ暗になった時、額で液晶が割れる感触がした。


「ひぃ…………!?」


 引き攣りながら息を吸い込んで、私は体を起こした。


 え、起きられた?

 あれ? 私、生きてる?


「痛…………! 頭、痛い?」


 耳に聞こえる自分の声が、なんか変な感じ。

 あ、頭押さえたら包帯巻かれてる。


 こ、これって、私助かったのかな?

 あそこから落ちただけで済んだとか?


「うん、落ちた? 落ちた、のかな? 治療されてるなら、病院…………え?」


 何この手?


「え、小さい? 白い? う、動く!? いやいやいや…………」


 開いてー、閉じてー、開いてー、閉じてー。

 うん、動く。


 けどこれどう見ても私の手じゃないんですけど!?

 どう考えてもこの大きさ小学生じゃん。


「まって、ちょっと考えよう。そう、私はどうして頭を打ったんだっけ?」


 記憶を辿る必要もなく、思い浮かぶのは通学途中の見慣れた日本の光景。

 登り坂でガードレールのある道路脇の道を、スマホ片手に歩いていたはずだ。


「見てたのは、ゲームの考察サイトだったよね。うんうん。乙女ゲームのはずなのに突っ込みどころ多すぎて、なんかやっちゃうんだよね」


 目をつぶって思い出しながら頷く。


 瞼の裏にはスマホ画面に並んだふざけた考察と、長々としたバタフライエフェクトという現象に対する説明文。


「よくあんな難しいこと考えるよね。なんだっけ? 蝶の羽ばたきが嵐を起こすとかって」


 頭を打つ直前まで読んでいたのは、もはやゲームの考察に関係のないうんちく。

 そもそもバタフライエフェクトという話になったのは、とあるネタキャラの考察からだ。


 蝶をモチーフにした姿と攻撃エフェクト。

 そして何よりイベントの度に死んだようなエンディングを迎えるのに、次のイベントでは当たり前に敵役として復活する。

 そこからつけられたあだ名が『不死蝶』という、俗に言う悪役令嬢だ。


「ゲーム主人公のライバルキャラで、考察サイトの熱い期待を集めるネタキャラで…………私が最後に見た、はず」


 そう、あれは『不死蝶』だ。


 ちょっと記憶が飛んでいる。

 考察サイトを見て、私はどうしてアプリゲームを開いて『不死蝶』を見たんだったっけ?


「カオス理論とか、ラプラスの悪魔とか厨二っぽいこと書いてあって…………。確かあの大量の文字無理ってなったんだ。で、最後一行あけて元来の提唱者はカモメを比喩に使った、とか。もう『不死蝶』関係ないじゃーんって」


 一人の通学路の暇を潰してた。

 確かその話の後から深夜二時にうんちく大会が始まってて、みんな乙女ゲームだってこと忘れてるなぁとか思っていたはず。


「えーと、それから因果律とかいう話がまた長く続いてたから読むのやめたんだ、うん」


 段々記憶がはっきりして来た。


「イベント前にガチャチケ配布ないかなぁなんて言って、アプリ起動して、オープニングを連打で飛ばして」


 開いたのはマップ。

 ガチャのできる場所に移動しようとして、私は『不死蝶』が常時いる時計塔が目に入ったんだった。


「そうだ、それでなんとなく『不死蝶』見に行って。私、『不死蝶』のデザイン好きだし、次のイベントで新衣装出てくるのは楽しみにしてて、それで」


 思い出した。

 その時、スマホの前を蝶々がひらひらと横切ったんだ。


 真っ黒に見えて翅の内側は輝くような紫色をほのめかせていた蝶に、私は目を奪われた。


「離れてく蝶々見ながら、ガードレールに体重かけた時…………トラックが、突っ込んで来て、それで」


 突然、タイヤの滑る甲高い音を聞いた。遅れて衝撃が走った時には、ガードレールに片面をつけてトラックが迫っていた。

 そのトラックの前輪のタイヤは潰れてた気がする。


 ガードレールはトラックに押されて紙のように曲がって。

 そして私にぶつかる前に、トラックはガードレールごと、斜面に落ちて行ったんだ。


「あの時、私、斜面に放り出されて…………スマホ、そうだ。スマホはいつの間にかすっぽ抜けて飛んでってたの見た気がする」


 背の高い雑草が生い茂る坂を転がり落ちるのは、一瞬だった気がするのに、全ての状況が見えていたような不思議な感覚。


 気づけばスマホは斜面に生えた木の幹に落ちていた。

 そして勢いづいて斜面から放り出された私が、その木の幹へと顔から落下していったんだ!


 衝撃を生々しく思い出して、思わず両手で確かめる。


「うん、こうなったら見ないふりはできない。この明らかに私のものじゃない手の理由を探らなきゃ。えーと、着てるこのワンピースは病院服じゃないでしょ。で、髪は黒いけど全然質感違うなぁ。長さも違うし、うーん」


 部屋の中を見回しても今いる天蓋つきの大きなベッドがあるだけ。

 内装からして洋館だし、ここ、もしかして日本じゃないとか?


「は、はは…………ま、まさかね」


 すごく乾いた笑い声で逆に冷静になる。


 うん、これってもしかして異世界転生ってやつですか?

 私に向かって来たのは、転生トラック?

 いや、当たってないしトラックは関係ないか。スマホと蝶々に目を奪われたせいだ。


「けど、やっぱりこの手、私じゃないし。肌の色からして日本人でもないから、転移じゃない、よね。…………憑依はちょっと考えたくないな」


 それって私死んでることが確定だし、この子も死んでる可能性高くなるし。


「っていうかこの子、どうして怪我したんだろう?」


 室内は寝室らしく一番大きな家具は今いるベッド。


「サイドテーブルに火を入れるランプがあるね。たぶんこの世界、電気がない、うん。早くも挫けそう」


 室内は彫刻とか壁紙とか華やかだけど、あんまり家具がない。

 寝るためだけの部屋だなんて、自室一つで収納に困った私からすると、ずいぶん贅沢な部屋の使い方に思える。


「あと目につくのは、壁の絵画? うーん、大きさは週刊誌くらいで、風景画。海と、森と、これは島かな? やっぱり見た覚えないなぁ。…………となると、これか」


 ベッドの反対にあるもう一つのサイドテーブルにはハンドベルっぽい物が置いてある。


「これ呼び鈴だよね? こうなったらもう、誰か呼んで聞くしかない、よね?」


 けど、もし憑依だったら私はこの子を乗っ取ったことになる。

 やりたくてやったわけじゃないけど、罪悪感からベルに手が伸ばせない。


「失礼します、お嬢さま」


 やって来たのは今の私と同じくらいの歳の男の子。

 私が起きてるなんて思ってなかったみたいで、入って三歩の間、私のいるベッドを見なかった。


 私も、突然のことに固まっていて、硬直した男の子と見つめ合う。

 男の子は、色の薄い金髪に緑色の瞳が印象的な子だった。

 美形のハーフタレントの幼少期って感じで、可愛らしさとカッコよさが不思議に同居した顔をしている。


「お目覚めになられたんですか!?」


 ようやく私が起きている現実を受け止めた男の子は、ベッドに駆け寄って来た。

 その表情には喜びがあって、よほどこの子を心配していたことがわかる。


 けど、私たぶん違うんだよぉ。


「何処か痛むところはございませんか? 体に不調は?」


 ベッドの脇に膝をついて、手を取り体温を確かめ見上げてくる。

 その慣れた動きが余計に現実感を遠のかせた。

 これって絶対使用人とか言う立場の人だよね? こんな子供がもう働いてる世界なんだ、ここ。


「…………お嬢さま? どうなさいましたか?」

「あの…………」

「はい」


 思ったより掠れた声が出たせいか、男の子はお嬢さまの声を聞き逃すまいと真剣な表情で見つめてくる。


 あーもー! 本当にごめん!

 けど、これ聞かなきゃいけないんだよ!


「だ…………誰ですか…………?」


 緑の瞳を見開いた男の子の顔は、次の瞬間絶望的な表情になってしまった。


 テンパって聞き方間違えたー! 誰か知らないけど、ごめんねー!


十話までは毎日、十二時更新

次回:不死蝶、シャノン

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ