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4-1

 春とはいえ夜は冷え込む。

 一馬は防寒に上着を羽織って家の前で待っていた。

 ありさの家まで迎えに行くと提案したのだが、ありさはそれを却下した。


「普通の人が相手なら私、負けないよ」


 そうはいっても暗い街中で女の子をひとりで歩かせるなんて、と食い下がったが、実際のところ一馬の方が頼りないということは本人もよくわかっていたので、結局は一馬の家の前で会うことになった。


 ありさの家はそれほど離れてないらしいというのがせめてもの救いか。


 携帯電話で時刻を確認する。

「お待たせ」

 時間ぴったりにありさが姿を現した。動きやすいラフな格好に赤いスカーフを首に巻いている。彼女が仕事モードだという証だ。


 とりあえず町を歩くことにした。例の正義の味方は人が通りかかる場所に出没する。なるべく人通りの多そうな道を選択する。

 街灯が照らす町は昼のそれとは様相が変わって見える。なんでもない草むら、塀の陰、背後。そこかしこに“発症者”が潜んでいるような気がして一馬は意識を周囲に向けてしまう。

(八百屋の屋根から、あの髪が伸びる女みたいな妖怪じみた奴が出てきそうだな……)

 あの体験は一馬の中で恐怖の領域にカテゴライズされていた。


 もともと一馬は暗闇が得意ではなかった。

 幼いころは寝る時に部屋の電灯を夕方の明るさ、すなわち豆電球を点けていなければ寝つけなかった。小学校を卒業する頃には克服したが、心の奥底に潜む暗闇への恐怖が払拭されたわけではない。


 きょろきょろと視線を飛ばしながら歩くと自然、スピードが遅くなる。対照的に、ありさの堂々とした歩きは速さを一定に保っている。一馬が遅れても先に進んでしまうので、一馬は時々小走りにならざるを得なかった。


 ちらりとありさの横顔を盗み見る。

 怖がった様子はなく、前を見据えて口を真一文字に結んだ表情からは感情が読みにくい。

 口数が少ないのは緊張を高めているからか。

 年下の女の子がこんなにも頼もしく威風堂々としているのに、自分は落ち着きなく視線を泳がせている。その構図がなんだか面白くなく、ならばちょっとした悪戯でもってありさの耐久力を試してみよう、という思考を試行することにした。

 そうでもしないと恐怖心を紛らわすことができなさそうだった。


「あ! そこの電柱の陰に足のない男の人が逆立ちで腕立て伏せを!」

 ボウッ。

 指差した方向に光源が飛んで行ったと思ったら小さな爆発が起こった。

「やった?」

 鉄仮面の表情を崩さず尋ねる。

「あ、ああ。驚いてどっか行ったようだ」

「そう。それはよかった」

 やはりクールに、再び歩き始めた。

 暗くて見えづらいが、電柱の根元が焦げているはずだろう。一馬はありさに代わってそっと謝った。


(このくらいじゃびくともしないか。さすがだな)


 次の手を考えなくてはならない。どうやったらありさに驚きの声をあげさせることができるか。一馬は頭を捻った。


(……よし)

 足音を消し、こっそりと近づく。ありさの背中に回った。

 作戦は単純明快、唐突に大声を出して驚かせる。

 高校生にもなってやることは小学生並みの行動だった。


(……今だ!)


「一馬、止まって――!?」

 「わっ」と驚かそうとした瞬間、ありさが立ち止まった。勢い付いた一馬は止まることができず、顎にありさの後頭部が直撃した。

「――、――!」

 二人で痛みに打ち震えることになった。

「き、急に立ち止まるなよ」

「一馬こそ、なんで私の真後ろにいたのよ……」

 涙目で糾弾する顔を見て、とりあえず驚かせることはできたな、と何の意味もない空虚な達成感がこみ上げた。


「そ、そんなことよりも! あそこ見て」

 ありさが指さす先にはひとりの男がいた。何を考えているのか、まだ寒い夜に半袖のアロハシャツを着ている。車道をふらふらと歩く男に、すれちがう車は反対車線を通らなければならなかった。


「……ただの酔っ払いじゃないに見えるけど。もしかして、あの人も“発症者”?」

「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。どっちにしろ放っておくわけにはいかないよ」

 そう言うとありさはガードレールを乗り越え、男の元へ歩み寄った。

 彼女は“ファントムペイン”絡みとは関係ないようなことでも手を差し伸べるようだ。そのことに感心した。


「あの」


 ありさが男に声を掛けると、男の首がぐりん、と回った。


「眩しいとは思わないかね?」

 一馬も近づいて分かったことだがこの男、暗闇にも関わらずサングラスをかけている。一馬の担任、烏丸を連想したが、烏丸よりは若そうだ。年は三十代前後といったところか。第一声でヤバい奴だと思ったが、ありさはそれでも話を聞いた。


「何が眩しいの?」

「何が? 何がって聞いた? 何が眩しいかって……」

 男はサングラスをおもむろに外す。


「俺のこの目だよおおおぉぉぉ!」


 すると、男の目が光を放ち、ありさの足元で爆発が起こった!


 突然のことに一馬は反応できなかった。

「ありさ!」

 爆風が収まると、ありさの姿はそこにはなかった。

「ご心配なく」

 ありさは迅速な判断で横に飛び、被害を免れる。無事な様子を確認して一馬はとりあえずほっと胸をなで下ろした。


「な、なんなんだよ、いきなりなにするんだよ!」

 戸惑いとともに怒りの目を向けるが男はどこ吹く風。一馬とありさを交互に見比べ、にやりと笑った。

「俺の目、まぶしいだろ。この光で俺は栄光を手に入れるんだ。兎亀組の奴らを絶望の淵へとたたき込んでやる。俺のことを見下してた組の幹部連中も一緒になぁ」


 焦点の合ってない、正気とは思えない眼光。げらげらと笑い声をあげる。


「一馬、離れてて。この人、危険な“発症者”だ。“ファントムペイン”を発症したばかりの人は精神が不安定だから周りに危害を加えることがあるの」


 まかり間違えば俺もこんな風に狂った笑いを浮かべることになるのか。ありさに従いながら一馬は全身の毛が総毛立った。


「大丈夫なのか? ビームを出したように見えたけど、こいつの力はなんなのかわかったのか?」

「今のでわかったよ。この人の“ファントムペイン”」

 さすがプロ。今の一瞬で見抜くとは、やはり経験者は違う、と感服した。


「この人の能力、それは『目からビーム』に違いない!」


「……」


 そのままだった。

「へえ。俺の自慢のチカラを言い当てるとは、嬢ちゃんも、鋭いじゃあないかい。そこまで深い洞察力を持った奴は組の幹部連中でもそうはいないぜ」

「……」

 一馬は何も言わなかった。


「このビームでまずは兎亀組の奴らを丸焦げローストにしてやる。あのならず者ども、俺が奴らの下っ端を病院送りにしたなんて筋違いの勘違いをして尋問しやがって。俺はやってねえ、ただ居合わせただけだ。やったのは変な二人組の黒ずくめだ、なんて言っても聞く耳持たねえ。俺を椅子に縛り付けて、ライトの光を目に当てやがる。まぶしい、やめてくれって叫ぶ。でも続ける。パッパッって点滅させるんだ。光が目に焼き付いたように眩しさが残っちまう」


 そんな拷問があった気がする、と一馬はうろ覚えの知識を手繰り寄せた。話に聞くだけなら耐えられそうな拷問だが、それは想像を絶する精神的苦痛を強いられるものだろう。光はやがて男の精神を蝕み、心を破壊する。


「怒りがこみ上げてここにいる奴らを殴ってやろうにも、当然ながら手足は縛られて動かせやしない。気が狂いそうだったぜ。そんな時、ふと妙案が浮かんだんだ。光が目に入ってくるなら、出してやればいい。何故か俺はそれが可能だって信じられたんだ。

 目からビームが出た時は愉快だったぜ。俺を取り押さえていたやつが黒こげになっちまったんだからな。あの間抜け面が見れただけでもスカッと爽快だったぜ」

「そう。でも次に間抜け面を見せるのはあなたの方だよ」

「……嬢ちゃん。もしかして、あんたも俺と同じようなモノを持ってるんじゃあねぇかい? さっきからあんたを見てると胸騒ぎがするんだよ」

「それは恋だね。ロリコンさん」


 言い終わらぬうちにありさは動いた。

 向かえ討とうと男は目に光を溜め、光線を発射する。スピードがあるので、発射するのを見てから避けるのは至難の業。先ほどアスファルトを破砕したことから、威力についても危険度が高い。


「くそ、こいつ、すばしっこくて当たらねえ!」

 だが光線は直線を描くもの。細かくジグザグに蛇行しながら接近すれば、そうそう命中するものではない。男は“発症”して間がなく、十分な訓練を積んでいないので、己の“ファントムペイン“の性能を熟知していないことが幸いした。


「ふっ……せい!」

 ありさは小さな火球を指先から飛ばす。速度のないそれは簡単に避けられてしまった。


「んん……ビーィムゥ!」

 無駄である。相手の動きを予測して、未来の位置に向かって撃つ偏差射撃を身につけていない男では、ありさを捉えることができない。お返しとばかりに火球を二、三ばかり投げつける。


「おっと。こんなのに当たる俺じゃあないぜ」

 互いにダメージを与えられないままの攻防が続く。そんな中、離れて見守っていた一馬にはありさの思惑に気付くことができた。


「大したことないようだな。やっぱり俺の力がナンバーワンだ!」

「……力についてはどうだかわからないけど、戦いに関しては私の方が上だね」

「なんだと?」


 男は怪訝な顔つきになるが、すぐにその言葉の意味を悟ったようだった。

「あなたの後ろは壁になってる。これ以上後ろに下がることはできないよ」

 車道で戦っていた二人は、ありさの誘導によって狭い路地にまで移動していた。人が二人横に並べる程度の袋小路で住宅の高い塀に囲まれていてすぐに登ることはできない。そんな隙を見せようものなら、ありさは容赦なく男を捕えるだろう。


 光線による攻撃も、一定の距離をとっていれば少し位置をずらすだけで簡単に避けられる。さっきはありさが自分から動いて誘い込む必要があったが、男の動きを制限した今ならば、近づきすぎなければ脅威となるものはない。


「く、くそう……」

 男は為す術がなく、うなだれてその場に座り込んだ。

 ありさの勝ちだ。一馬は確信した。


「この人は……どうなるんだ?」

「『互助会』の人に連絡して、身柄を引き渡すの。その後は施設に入れられて、“ファントムペイン”が消えたのを確認したら解放されるでしょうね。“ファントムペイン”は心の傷、“発症”したら心が不安定になるけど、それがきれいさっぱりなくなれば平穏な精神に戻るだろうね」

「……この人の心の傷ってなんなんだろうな」

「私は専門ってわけじゃないから適当なことしか言えないけど、おそらくは尋問による極度の緊張状態にあるなかで、拷問まがいの仕打ちを受けたことがトリガーになってると思うよ。それに、もしかしたら近くに“発症者”がいたのかも。その影響を受けたせいで“発症”が早かったんじゃないかな」

 ありさは振り向かずに答える。戦闘が終わったからと言って、気を緩めたりはしない。


「……」

 だからこの場で完全に気を抜いていたのはひとりだけだった。


「……くらえ!」


 戦意を失ったかのように見えた男が突然光線を放った。不意を打ったようだが、ありさにはその行動も予測の内。一歩横にずれるだけで避けられる。


「……ッ!」


 だが避けなかった。光線を喰い止めようと火炎で防御するが、一度回避体勢に入っていたので炎の出が遅れ、ありさの眼前で相殺する形となってしまった。

 ありさの小さな体が爆風で吹っ飛び、何が起きたのか理解してない一馬を巻き込んで転がる。


「間抜けが。嬢ちゃんはお前が後ろにいたから俺のビームを避けるわけにはいかなかったのさ」


 狭い袋小路。一馬が入ってくれば、必然とありさの背後に立つことになる。その位置からではありさの体で陰になり、座りこんだ男の動作は見えない。ありさが光線を避けてしまえば、当然とばかりに一馬に危険が及ぶ。


「そんな、な……」

 己の迂闊さに歯噛みする。自分のせいでありさを傷付けてしまった。悔やんでも悔やみきれない。


「恨みはないが、俺の力を知ってる奴に生きててもらっちゃ都合が悪い。ここで永遠にいなくなってもらおう」

 にいっと邪悪な笑みを浮かべて近づいてくる。


「ありさ、しっかりしろ!」

「うう……」

 直撃は免れたものの、ありさのダメージはすぐに回復するのは難しそうだ。ありさの体が小さいとは言っても、一馬が抱えて逃げようとする間に男の光線が二人を貫く。


 万事休す、打つ手なし。

 少しでも逃亡する隙を作ることができれば……。


「……これだ!」

 一馬はズボンのポケットに入っているものを取り出す。それがこの状況を突破するキーアイテムとなり得る。


「……何かと思えば、携帯電話なんてどうするつもりだ? それでお仲間を呼ぼうってか。警察だろうがなんだろうが、お前が相手に電話をかけて、この場にやってくるまで何秒かかる? それとも何分か? その間に俺はお前たちをまとめて灰にすることができるんだぜ」


「それはどうかな」

「何ぃ?」

 一馬は不敵に笑う。一馬に光線を防ぐ手立てはない。発射されたら男の言うとおり、二人とも灰燼と帰すだろう。


 だが、しかし。

「俺には一瞬あれば十分だぜ。……くらえっ!」

 男の目の前に携帯電話を掲げた。


「ぐおお!」

 男は慌てて顔面を押さえる。その間に一馬はありさを抱きかかえて狭い路地を抜けだすのに成功した。


 一馬は携帯電話のある機能を使った。

 ライト機能。

 キーを長押しするだけで光を放ち、暗闇を照らす懐中電灯代わりとなる。この辺りは街灯が少なくて暗い。暗闇に順応した目に強烈な光を当ててやれば、視界を奪うことができる。

 特にあの男は、ライトの光を目に当てられたことが“ファントムペイン”の根元となっていることから、効果は高いのでは、という計算もあって、結果的にその思惑は見事的中したと言える。


「この辺に隠れよう」

 少し走ったところで、民家の庭の茂みに身を隠す。

 息を潜め二人で身を寄せ合って、人心地が付く。まだ男が追いかけてくる気配はない。


「ありさ、痛むか?」

 うずくまったままのありさの身を案じて小さく声を掛ける。

「ん、怪我は何ともないんだけど。別のところで問題が起きたみたい」

 力ない笑みを浮かべて言った。

「目の前で爆発したからか、ちょっと目が見えないんだ」

 ちょうど今、一馬が弄した策と同じことがありさを襲っていた。


「ごめん。戦えない俺が足を引っ張っちまった」

 あまりにも迂闊。ありさが戦闘の終了を告げるまで決して警戒を解いてはならなかった。決して近づいてはならなかった。その結果、ありさを傷付けてしまった。後悔が押し寄せる。


「気にしないで。……っていうのは難しいかな。でも、私はなんとも思ってないよ。むしろ一馬を守れてよかったって思ってる。いつまでも引きずっちゃダメだよ。まだ戦闘は終わってないんだから」

 暗がりでも、ありさが笑ったことが伝わる。それが強がりだということもわかってしまい、一馬の心がちくりと痛んだ。


「でも、もう戦えないだろう。『互助会』ってところに連絡を取って、助っ人を呼んだ方が」

「あの男の人は私たちを取り逃したと知って、この辺りを血眼で探し回るでしょうね。いくら人通りがほとんどないとはいっても、通行人が現れないとは言い切れない。もしも人が通りかかったら? あの気性の荒さから、無関係だからって見逃すことはないかもしれないわ。八つ当たりに襲い掛かる恐れがある。むしろ無差別に傷付ける可能性が高いと言える」


 一馬の脳裏には、初めての“発症者”との出会いが巡っていた。赤の他人である一馬にも容赦なく恨みをぶつけてきた女。“発症者”にとって近くにいる人間が誰かなんてどうでもいいのだろう。自分が受けた苦痛を別の誰かに押し付けられればいいのだから。


「だから、私たちで止めなきゃいけない。負の連鎖を断ち切るために」


 ありさは力強く言った。

 ダメージを感じさせない少女の姿に一馬は感服せざるを得なかった。


「それに、全く手がないわけじゃないの。でも、この方法だと一馬を危険に晒すことになる」

「そんなの構うもんか。ありさは体を張って俺を助けてくれた。俺も命を懸けるくらいの覚悟はある」

「……そうだね。一馬の体に障るといけないから戦いは私が全部引き受けたかったけど、四の五の言ってられる状況じゃないか」


 どこかで怒鳴り声が聞こえた。男が近くまで追ってきたようだ。


 ありさはちょいちょい、と手招きをする。耳を貸せ、という意思表示のようだった。

「作戦は……」

 小声で行動指針を説明する。顔を近づけるということはすなわち、密着することになる。ありさの体温を間近で感じられ、耳に吐息がかかるとこそばゆく、顔が熱くなることを感じた。


 ありさの顔もほんのり赤くなっていた。

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