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3-3

「めぼしいものはもうないな」

「そのセリフだけ聞くと空き巣のそれだよね」

「やってることはそう変わらないだろ。……しっかし、全然情報がなかったな」

「全然ってことはないよ。かえでさんが魔法少女メイプルだったってことがわかっただけでも収穫だったよ」

「なんの収穫だよ……」


 目を背けたくなる過去にぞっとし、進むべき道が見当たらない未来にぞっとする。


 これ以上かえでの部屋に居座る意味はないと判断し、一馬の部屋で作戦会議をすることとなった。指針がなくなった以上、新たな行動指針を探さなくてはならない。


「確かにかえでちゃんの部屋と全然違うね。っていうかゴミ部屋?」

「返す言葉もない」


 綺麗に整頓されていたかえでの部屋とは違い、一馬の部屋は漫画雑誌が散逸し、ガチャガチャの景品や食玩のフィギュアが散乱し、ブラウン管のテレビに繋がったゲームのコードは絡まったまま放置。足の踏み場もなく散らかっていた。壁にはサッカーチームのポスターが貼ってある。


「なんだか小学生男子の部屋って感じ」

「確かに小学生の頃からレイアウトが変わってないからなー。配置のセンスは当時のままかも」

「いやそうじゃなくて。こういうガラクタとか溜めこむのって、男の子が好きそうだよねってこと。……あ、この写真」


 学習机の上に写真立てに目が奪われた。かえでが引き出しに隠していた写真と同じものだった。

「かえでに写真立てをもらってさ。せっかくだからこうやって使ってるんだ」

「そう……」


 写真に見入ったまま、急に黙り込んでしまった。


「どうかしたのか?」

「……なんでもないよ。ちょっと、兄のことを思い出しちゃっただけ」

「へえ。ありさにアニキがいるんだ。何歳なんだ?」

「もう死んじゃった」


 さらりと言ったので一馬は一瞬反応できなかった。


「あ、気を遣わなくていいよ。昔のことだから、もう心の整理はついてるの」

 一馬は気まずそうに頭をかくことしかできなかった。それを見てありさはくすり、と笑う。

「一馬って兄と似てるんだ。生きてたら高校二年、つまりは一馬と同い年。だからかな。一馬を見てると兄を思い出すの。かっこつけたがりでちょっと抜けてて。過保護で過干渉。まあ、困った兄だったよ」

「ありさにとってヒーローみたいな存在なんだな」

「うん、そうかも。私の赤いスカーフは元々兄のものだったの。変身ヒーローみたいだっていうだけの理由で着けてた。一度学校にまで着けて行ったことがあって、先生に没収されたの。その時は一日中ひどい落ち込み様だったって聞いた」


 くすくすと笑うありさ。その笑いがぴたりと止む。


「兄が死んだのは二年前。忘れもしない、夏の日のことだった」


 それはありさにとって最も辛い記憶。

 うだるような暑さ。

 陽の暑さではない。

 火の熱さ。

 夏休み、家族で遠出した帰りの高速道路。

 渋滞と旅行の疲れでまどろみの中、それは起きた。

 虫の知らせともいえる奇妙な胸騒ぎで目を覚まし、ありさはルームミラーを見た。

 後ろのトラックがぐんぐん近づいてくる。

 距離が狭まっても速度を落とそうとしない。

ありさはそれを眺めることしかできなかった。

 三十秒…………二十秒…………。

 声を出すこともできない。

 十秒……五秒。

 激しい衝突!

 激突の衝撃は宮前家の車を押し出し、金属と金属のぶつかり合う音を轟かせ、あたかも玉つきのように次々と前の車を巻き込んでいく。

 悲鳴を上げる間もなく車が強大な力に流され、天地もわからないほどの回転で横倒しになった。

 強かに体を打ったものの、猛烈なインパクトの中でも外に投げ出されなかったのは、ひとえにシートベルトのおかげだった。


「何が起こったのかわからなかった。全身が痛いし血も出てたし、シートベルトが歪んで取り外せなかった。ひしゃげたドアは開かなかった」


 絶望は加速する。


 どこからか上がった火の手が辺りを取り囲む。あっという間に煙と熱に巻かれ、心の臨界点をオーバーした。


「それでもパニックにならなかったのは、兄のおかげだった。自分のことを後回しに、私のシートベルトを外したの。泣きそうな私を安心させようと『絶対助かる。俺に任せろ』って、スカーフを持たせて励ましてくれた」


 前座席にいた両親は脱出して、外側からドアを開けようと悪戦苦闘していた。ありさのシートベルトは外れ、前方のドアから抜け出すことができた。

 兄は?

 振り返った瞬間、炎が車を覆い隠した。

 熱風で誰も近づくことができない。


「私は兄を助けるために火の中へ飛び込もうとした。でも、それは父さんに阻まれた」


 周りでも同じように、車の中から這い出した人たちが同乗者の救出をしている。

 誰にとっても惨劇だった。

 へたり込むありさの手には、兄が着けていたスカーフが握られている。

 勇気の証を手にむせび泣き、やがて気を失った。


「気づいた時には病院にいたの。全身を打ちつけたことに加え、火傷を負った。痛みがぶり返すたびに兄の最期の姿を思い出して辛かった。その苦しみが“ファントムペイン”を“発症”させたんだね」


 結局兄は助からなかった。それからしばらくありさの精神は極度に不安定な時期となり、“発症”を促進した。


「なんとか心身ともに持ち直した私は“ファントムペイン”について知っている人に出会い、『互助会』に入会することになった。戦いがある時はこのスカーフを身に着ければ、兄が守ってくれるようなきがするの」


「……」

 ありさは年の割に肝が据わっていると思っていたが、経験した修羅場が違っていた。その小さな体に受けた傷は計り知れるものではない。


 そう思うと、自然にありさの頭をなでていた。

「一馬?」

「すまない、つい手が……」

 かえでは悲しいことがあると、よくこうすることを望んできた。つい妹と接している感覚になり、ありさの頭をなでてしまった。

「いいよ。兄もよくそうやって頭をなでてくれてた。そういう時は大抵私を子供扱いしてたけど。それより、ごめんね。変な話聞かせちゃったね」

「ありさにとっていいアニキだったんだな」

「うん。恩人であり、ヒーローだね。…………辛気臭くなっちゃったね。この話はここでおしまい! これからの話をしよう。一馬、ヒーローで思い出したけど正義の味方の噂って知ってる?」

「正義の味方?」


 一馬の記憶を探っても、日曜日の朝に放送している戦隊モノの特撮くらいしか思い浮かばない。今ありさが口にするにはそぐわないものだ。


「特撮のことじゃなくてね、この町では夜になると正義の味方が現れるんだって」

「ああ、そういえば担任がそんなことを言ってたな。不審者が出るって」

「『互助会』で聞いた情報なんだけど、どうやらその正義の味方さんは“発症者”の可能性があるんだって。害があるわけでも誰かに迷惑をかけてるわけでもないから、とりあえずは黙認してるみたい。積極的に調査してるわけじゃないみたいだよ」

「正義の味方か。変身するのか? 戦隊なのか? 秘密基地とか合体ロボとかあるのか!」


 現実ではそうそう聞かない言葉に一馬の胸が躍る。男子たる者ヒーローに憧れないものはない。


「ロボとかはさすがにないだろうね……。でも怪しいというならこれ以上ないってくらい怪しい。藁にもすがるっていうなら、探してみてもいいんじゃない?」


 今はどんなに小さなことでも調べるべきである。『互助会』が意識を外しているというなら、一馬たちが調べる価値はあるかもしれない。


 ありさの話を統合すると、正義の味方は夜十時以降にふらりと現れるそうだ。繁華街でたむろしている不良や、他人に絡む酔っ払いなどを退治するらしい。


 ただし、証言者によっては全く別の話がもたらされた。

 いわく、不審人物に病院送りにされた。

 この食い違いについて、考えても答えが出ない。実際に確かめる他なかった。


 今夜にも早速調査を始める約束を交わし、今のところはお開きとする。ありさが帰る際に運悪く一馬の母親が帰ってきて鉢合わせになってしまったので、ありさが家に上がっていた理由を何とかでっちあげる必要があった。素直にかえでの部屋に失踪の手がかりがないか探すため、と言えればいいのだが、思いがけず発見してしまった妹の一面は隠し通さなければならない。だから、かえでのことに触れずにありさの来訪に納得できる理由づけをするならば、


「一馬のお友達です」


 とするのが一番当たり障りなく無難な落としどころだろう。


「あらあらまあまあ。一馬がいつもお世話になってます。こんなのだけど、どうかよろしくね。一馬、ありさちゃんに優しくしなさいよ」

 こんなの呼ばわりとは心外だったがここで言い返せば余計な波乱を生んでしまう恐れがあるので適当に受け流す。


「じゃあ、またね」

「ああ、また」


 このやりとりにも母親は陰からこっそりにやにやとしていて、居心地が悪いことこの上なかった。


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