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託二、終わりまで①

序章 


「いや、こんなもんかねぇ」


 使い込んで青が流れて灰色となった着流しを着た男、信藤託二は持っていた筆をおくとぽつぽつ髭が伸び始めた顎をしきりになでた。いくらかの間は書き上げた書状とにらみ合い、難しい顔で考え込んでいたが、早々に見切りをつけて、筆をしまって畳の上で人の字の、腕枕で昼寝としゃれこもうと


「終わりましたか」


 瞬間御門の大石でも落ちたかのごとく重いものが畳に着地、音と振動が託二を攻め立てる。震源は、全身鈍く光る巨漢で、鉄でつくられた入道と言ったところ。その威容だけでも人に恐怖を与えるには十分で、それが無機質な頭部で託二の顔を覗き込み、機械的な合成音声とはいえ流暢に人の言葉を話すのだから恐れ入る。常人であれば心臓が口から飛び出るほど驚くほどの光景にも、託二はさして驚く色も見せず、寝ぼけ眼で手のひらをひらひら振って


「へい、あと四時も寝ていれば終わるでしょうなぁ」


 すぐに元の体勢で寝ようといったところ。それを見た鉄の巨漢は託二にさらに顔を寄せて、咎めるような声音で言葉を紡ぐ。


「託二さん。今日も食っては寝ての生活で、いいかげん奮起しなければいけないのではないですか。あなたがこんな調子だと私達も強引な手段であなたの更生を促さなければいけなくなるかもしれません。

 しっかりしているときはしっかりしているんですから。もう少し頑張りましょうよ。私も手伝いますから」


 その言葉も託二の心を動かすには不十分であったようで、託二の表情にあからさまな不機嫌さが現れる。


「しかしねボウダチの旦那。俺もなれない金策で疲れ果てちまってましてね。いや、本当に頑張っているんですよ。いや、頑張ったんですよ。そりゃもう、文句のつけようもなくね。旦那も財布の中は見たでしょう。

 金を持ってる子供を相手にすりゃ実入りはいいんだが、乗せて熱くするまでが大変、これが骨が折れる。その血と汗の結晶である金、旦那とお姫さんも金使ってんだからもう少し俺に休みをくれてもいいと思いますよ。そもそも、」


「子供?」


 ボウダチと呼ばれた鉄の巨漢は体を軋ませながら上体をゆっくり起こした。そして、不可解にもその胴体部分から先ほどとは異なる声を、合成音声とは違う無性別的だが確かに人の声を、響かせる。


「託二。そういえばあなたは稼ぎに行くと半日ばかり一人でどこかに行ってお金を持ち帰ってきましたね。何をやっていたか教えてください」


 責めるような調子の声にも託二の様子は少しも変わらないで、相変わらず眠い様子。託二は、あくび一つして返事をする。


「いやね、未奈美の姫さん。腐るほど持っているところから善意の提供を受けましてね」


「具体的にお願いします。無知な子供をだまして、お小遣いを巻き上げたのではないでしょうね」


 声の調子がさらに厳しくなる。託二はこの変化に慌ててか、起き上がり姿勢を少しは正して胡坐をかき、


「金持ちの子と仲良くなって、もらえるものをもらえるだけもらったということでさ。要は純粋な雇用関係ってやつで、俺が働く、相手は金を出すって具合にね、へへへ」


 さて、町一番の屋敷に目をつけて、そこから遊びに出た子に取り入ってまんまと屋敷に上り込むと、あとは口先八丁手八丁、筑波霊山の蝦蟇の油売りよろしく大業な手振りと流水の如くでっち上げた口上。東から持ち込んだここらでは見ない品を呆れる高値で売りつけた。そんな経緯をいちいち説明してはいられないと託二は、明らかに偽りの言葉で返す。

 未奈美と呼ばれた声は、これ以上の追及をあきらめたのか、先ほどの調子と比べるといささか不自然なほど興味なさげに


「そうですか。まあ、いちいち手段どうこうと問い詰めることはしませんが、何をやっているのかわからない時間を長くとるのはそれはそれで問題のような気がしますね。監視と報告を義務付けましょうか?」


「そこまでしなくてもよい気がしますが」


 未奈美のとんでもない言葉に、乗り気ではなさそうな鉄の巨漢の合成音声が異をとなえる。託二はそれを遮って、


「ええ、ええ、だから俺はこう提案しているんですよ。もう路銀は十分なんで後は食って寝て、過ごせばいいと」


 言うと託二は寝転がり、腕を枕に昼寝の体勢。全身から、今日自分はもう何もしないという意思が感じられる。


「そうですね。あなたの言う通りにしましょうか。託二」


「……そうですか」


 なにやら、当面の方針は堕落的な方向で決まったようである。




第一章 アカメのつくね


 さて、本日も少し歩いて次の旅籠にたどり着けば、後は食って寝て、そんな生活で路銀は減る一方かと思いきや水が必要なところに水を、塩が必要なところに塩をといった商人まがいの行いでむしろ懐は重くなっていることが恐ろしい。いや、すばらしい。温まった懐を抱え、一行はうまいと評判の屋台へとくりだすことにした。


「さてと、どうやらあれみたいですねぇ」


 託二の視線の先には、薄着のおっちゃんとこじんまりした屋台。周りにはぽつぽつと人がおり、持ち込みの器でなにやら飲んでは串焼きにかぶりついている。ここでは、椅子などなく皆が立って食っている。

 託二はちらりと連れの方をうかがって


「それでお二方。適当に注文しちまってもよろしいんで?」


「ええ、お任せします。託二」


「私もお任せします」


 託二は一つうなずくと屋台に駆け寄って、元気よくおっちゃんに注文を行う。


「大将。おすすめを三人前、予算一人3輪で適当に包んでくれ」


「へい」


 少々手持無沙汰にしていたおっちゃんがなれた手つきで取り掛かる。さじで薄桃色のたね、魚肉か海老なんかのひき肉だと思われる、をすくうとその団子を串に手早く三連。見事な手つきで仕込むと炭火にかけた。そこまで強く見えないのに、炭火の近くは思う以上に熱気を放つ。はじめは、オッチャン薄着で寒くないのかよと思っていた託二が確かにこれなら着込むこともあるまいなどと考えているうちに、海藻、ネギ、薄切り肉なんかを刺した串が次々火にかけられる。


「見事なもんだ」


「どうも、お客さん。本日は旅の途中かなにかで?」


「商売道中に旅籠に泊まんだが、ここがうまいと聞いてね」


「そいつはけっこうなことで、瀧田のアカメ魚といえば食いすぎで死人もでたといわれるぐらいの美味名物。頬など落とさないように気を付けてくださいよ」


 おっちゃんは、串を回しつつにやりと笑う。託二もつられて口角をあげる。


「そいつは楽しみだ」


 おっちゃんが刷毛で褐色のたれを薄く引いていく、香ばしいにおいが立ち上り託二の鼻にも届けられる。醤油の堪らないにおいだ、その中の若干の色づきが香辛料の存在や甘辛い味をほのめかす。匂いの刺激は頭と腹を刺すようで、唾液が口に広がっていき、早く食えと体が訴え出す。これはたまらんと託二は匂いが届かないボウダチの隣へと立ち返る。

続いて、塩味だろうか透明のたれを残りの串に引いて、再び褐色のたれを、二度付けだ!たれが重ねられるほどに美味さが増し、炭火の光で輝きを増すようだと感じられた、空腹の託二には。

 焼きあがった串をおっちゃんが紙袋に詰めていく。託二は9輪を屋台の縁に置き紙袋3つを受け取ると小脇に抱え、懐から竹でできた水筒を取り出した。


「1輪で何か飲み物もお願いする」


「いえ、お代は結構です」


 おっちゃんは水筒を受け取ると足元のかめから何やら掬い取り水筒に入れる。


「ほい、おまちどお」


「どうも」


 水筒も受け取った託二は、ボウダチに二人分渡すと、一行は旅籠への道をゆっくりと歩きだす。


「冷めないうちに食っちまいましょうか」


 いうが早いか託二は袋を開いた。途端に広がり届けられる香り、それは予想していたものとは違いさわやかな柑橘を思わせるものだった。これはやられたと託二は思った。紙袋の中で醤油だれの方はさらに袋と笹の葉で包まれており二種のたれが混ざらないようにしてあるとともに醤油でない方のたれの香りが広がるつくりとなっている。

 さっそくつくね団子の串を手に取って口に入れる。そして、再び驚いた。柑橘の香りはあるがそれも最初だけで、たれが味を主張しない。つくねが口の中でほろほろと崩れ、魚肉のうまみが直接舌に襲いかかった。魚の臭さなど感じさせず、赤身や青背のように脂肪が主張しすぎないどこか上品な味がする。いたく感動した託二は、折を見て買ってみようとアカメ魚の名を頭の中に刻み込む。さらに食べ進むと違った触感、おそらくネギやエビが主張して飽きさせない。託二は舌を巻くと醤油たれの方に取り掛かる。こちらも美味い。醤油を使った甘辛いたれ、これで美味くないはずがない。しかし、こちらはたれの味が強い、魚のうまみを直接感じられる方が好きかななどと考えつつ、次の具に取り掛かる。肉厚の海藻とねぎは切り込みが入っており噛み切りやすい、噛みしめるととたんにうま味が広がる。薄切り肉もたれと肉のうまみが凝縮されている。しゃきしゃきとした薄鼠の野菜か何かは味が薄く唯一の不満点だが口直しにはなる。

 一通り一口は食べて、次に託二は水筒を傾ける、度数が低い酢のような酒で正直うまくはない。


「この辺の酒はこんなもんですかね。いや、これ酒なのか?」


 託二は水筒を懐にしまうと連れに視線を向ける。


「いやぁ美味いですね。俺は魚のつくねの薄味の方がお気に入りですよ」


「私も。柑橘の香りが良いですね」


 ボウダチの胴体から未奈美の同意の声が帰ってくる。


「ええ、美味しいです」


 ボウダチはいつも通りの感想らしい。

 託二が串の残りを食べていると、未奈美から声がかかった。


「私には量が多い。残すので、託二。あなたが食べませんか」


 託二は、ボウダチの左手が差し出した袋を受け取りつつ疑問を口にする。


「いつもみたいに残りは燃やさないんで?」


「……見事な料理なので、もったいない気がして」


 いつもは燃やしているのに何を言っているんだと託二は納得していないのだが、食べる量が増えてうれしい託二は同意する言葉を適当に述べるとのんびりと食事を再開した。


 後日、アカメ魚の姿を見た託二がちょっと見た目が悪すぎないですかねと言ったり、未奈美がもうアカメ魚を食べないと決意したりするのだがそれはまた別のお話。


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