母さんの誕生日にプレゼント買うための資金稼ぎにきた
乗り合い馬車に乗り、その兄妹は帝都を目指していた。
「ねぇ、お兄ちゃん。怒られないかな?」
五才の妹が不安げに隣に座る兄を見上げる。幼いその手には魔法使いが使う妹の身の丈よりもながい杖。
十五才の兄は、片時も手離すことのない使い込まれた剣の柄に触れると、返す。
「だから着いてくるなっていったろ」
「だ、だって、お兄ちゃんが遊びに行くと思ったんだもん」
「旅支度をちょっとそこまで遊びにいく用意だと思うって、そのポンコツ具合は本当に父さん似だよなお前」
「エリス、ポンコツじゃないもん」
「はいはい」
「むぅ」
「リリスが来たら帰れよ」
リリスと言うのはこの兄ーーフェリトの双子の姉である。
おそらくエリスが内緒でフェリトにくっついてきたことに、そろそろ気づいて追っかけてきてるはずだ。
「えー、せっかく遊びにきたのに」
「遊びじゃなくて、出稼ぎ」
フェリトは旅行ではなく、帝国で開催される剣武大会に出てお金を稼ぐために家を出てきたのだ。
母の誕生日に何か買ってやろうと双子の姉のリリスと決めたが、しかしまだ駆け出しの新人のため冒険者としての仕事では家にお金をいれるだけで、小遣いはかなり少ない。
それでもちょっとずつ貯金をしていたので、貯まってはいる。
だがしかし、目標額には届いていない。
出来るなら、珍しい宝石の装飾品が良いとリリスが言い出したためだ。
母の誕生日までまだ時間はあるが、しかしこのままでは間に合わないとわかった矢先、仕事仲間から帝国の帝都で毎年開催される剣武大会の話を聞いた。
魔法の使用もなんでもありの大会で、勝ち抜いて五位まで入れば賞金がでるらしい。
一位は無理でも五位までなら入れるかも、という淡い期待をしてリリスと父親も賛成したので、大会に出ることにしたのだ。
おそらく、父はフェリトに社会勉強をさせるつもりでもあったのだろうと思う。
フェリト達が生まれる少し前に、この世界は魔王によって滅びに向かっていたらしい。
それを討ち滅ぼしたのが、神によって召喚された勇者とその仲間達である。
勇者の仲間達は四人の美しい少女達であった。
勇者は世界を救った褒美として、帝国の姫であり仲間の一人であった少女を嫁にした。
そして英雄が昔から好色であるのは変わらないらしく、また神からの指示でなるべくたくさんの子孫を残すようにといわれたので、他の少女達もいわゆる第二、第三、第四夫人として迎えたらしい。
子供向けのお話では、皆と結婚して幸せになりました、めでたしめでたしと締め括られている。
帝国の現王に王子はなく、勇者の嫁になった姫の産んだ子供が次期王様になることが決定しているらしい。
勇者が王族に婿養子に入ったものの、大人の事情で王としての権力は与えられなかったらしい。
この大会には、次期王様である現王子や勇者の他の嫁達が産んだ子供達も参加するらしい。
と言っても、そこは王族なのでふるい落しの予選ではなく、予選で勝ち残った者が進める本選であたることになる。
腕には少しだけ自信はあるフェリトだが、それでも予選で落選することも考えられる。
あまりネガティブなことは考えたくないが、早々に負けてしまったらすぐに冒険者ギルドに駆け込んでお金を稼ごうと予定をたてておく。
本選に進めたとしても、相手は勇者とそして勇者の仲間であり英雄の血を引いているのだ。
負ける可能性が高い。
さらに、この大会には世界中の猛者達が集まってくる。
少し腕に自信があるくらいではすぐに負けてしまうと、フェリトが考えても無理はなかった。
それでも、フェリトも自分の実力を試したかったというのもある。
何せ、フェリトよりもリリスの方が強いのだ。
それに対しての嫉妬云々よりも、今自分がどれくらいの実力があるのか計りたかった。
それには、この大会が好都合だったのだ。
幼い妹とともに帝国に入ると、案内所で大会の受付の場所を聞いてそこに行って参加の登録をすると、父に持たされた金で宿をとり一息ついた。
大会は明日からで、まだ時間があった。
初めての都会にソワソワして落ち着かない妹を連れて、少しだけ観光に出る。
さすが都会。実家のある田舎では物物交換で手にはいる野菜達が高値で売買されていた。
(うわ、星草の根って金貨三枚もすんのか)
実家の小屋で乱雑に転がっているあれが、間に商人を挟むことでこんな高値になっているとは知らなかったので、フェリトは顔をひきつらせた。
この大会期間中はいつもより多くの露店が立ち並び経済効果も高くなるらしい。
屋台の一つ、飴細工の店で妹は目を輝かせてモンスターや獣など様々な形に姿を変える飴を見つめていた。
観光地価格なのか祭価格なのか、やはり高い。
それでも妹の喜ぶ顔が見たくて、自分の分と合わせて二つ買った。
ポンコツな父親が余計に金を持たせていたのは、この為でもあったのだろう。
それはともかく、そうしてあちこちを見て回っていると少し離れた場所で悲鳴のような歓声のような叫びが聞こえてきた。
見れば野次馬が出来ている。
どうやら喧嘩のようだった。
田舎でもたまにあるのでそこまでは驚かないが、ここは異国の土地だ。
なので気にはなるが野次馬にはならず、フェリトは妹の手を引いてその場から離れた。
離れようとした彼の耳に、騒ぎを聞き付けた他の野次馬達の声が聞こえてきた。
要約すると、騎士団に所属する勇者の第二夫人の子供と、次期王様である我が儘王子の喧嘩らしい。
(なんで王族が二人もこんなとこに出てきてんだよ)
言葉の信憑性は定かではないが、よく聞く跡目争いにでもなっているのだろうか、とフェリトは考えた。
考えただけで、終わった。
雲の上の人間達のいざこざよりも、母さんへのプレゼントである。
基本ネガティブなフェリトではあるが、ポジティブな面もある。
もしも五位に入ったらその賞金で何を買おうか、宝石商の店の前に飾られたイミテーションの装飾品を冷やかしてまわった。
五才でもやはり女の子だからかエリスも興味津々で、宝石を見ていた。
かと思うと、ぽつりと呟いた。
「ただ綺麗なのじゃダメだね。魔力が宿ってないと」
ちなみに、魔力が宿っている、例えば妹の手にあるロッドにくっついている宝石はそこらの宝石よりとても高価である。
「これじゃ使えない」
ちょっとだけ妹の将来が不安になったフェリトであった。
リリスとフェリトの双子と、エリスは血が繋がっていない。
双子は母親の、エリスは父親の、お互いの親の連れ子同士である。
フェリト達の父親は魔王が暴れていた頃に、魔王軍との戦争で死んだらしい。
エリスの母親については父に聞いたことが無いので知らない。
安易に聞ける話でもないからだ。
家族仲は悪くない。
兄妹仲も良好である。
特にリリスがエリスを可愛がっていて、只でさえ少ない小遣いを切り詰めて可愛い服を着せてやっているのだ。
さすがに今日エリスが着ている服はよそ行きの綺麗なものではなく、リリスのお古を仕立て直したものでとても動きやすい服装だ。
そこに、父親のお古である魔法使い用のローブをやはり仕立て直して着ている。
どこからどう見ても、小さな魔法使いの弟子である。
しかし、やはり子供である。よく前を見ずにこんどはあっちの店、と走り出して通行人にぶつかってしまった。
「ガキ、良い度胸だな」
それも、絵にかいたような悪そうな少年に。
少年は小綺麗な格好をしている。一目で貴族の子息だとわかる。
少年のとなりには護衛なのか、屈強な黒服の男が控えていて、その男に少年はエリスを仕置きするよう指示をだした。
咄嗟にフェリトはエリスを抱えて背後に飛ぶ。
「すいませんでした!」
叫んで謝り、妹を抱えて逃げ出す。
あきらかに痛め付けらるのがわかった。
その背中に向かって少年が魔法弾を放つのが見えて、エリスは見えざる壁を築いて防いだ。
「治安悪すぎだろ!」
勇者のいる帝都はとても治安が良いと聞いていたのに、ただぶつかっただけで魔法弾で攻撃はやり過ぎな気がする。
逃げたフェリトにも非があるのかもしれないが、それにしても頭を下げてから逃げているのだから相手の過剰防衛としか言えない。
妙な寒気を感じて、フェリトは剣を引き抜くとエリスの展開した魔法の壁をすり抜けた魔法弾を叩き斬った。
一撃、二撃、三撃と魔法弾を切り裂いて、フェリトは叫んだ。
「エリス、煙幕!」
「ブッラジャー」
妙な了解の合図をすると、エリスは杖を振って煙幕を出現させる。
そうして、二人はなんとか逃げることに成功したのだった。
宿に戻ると、二人の様子に店員が困惑した。
なので、事情を説明すると、店員は指で空中に絵を描く仕草をしたかと思うと訊いてきた。
「その貴族様、こんな感じの紋章が服とかについてませんでした?」
フェリトはよく見ていなかったのでわからなかったが、エリスは見ていたらしく頷いた。
「そりゃ、災難でしたね。その人勇者様のご子息の一人ですよ」
そうして説明されたのは勇者の子供達についてだった。
姫との間に生まれた王子は、幼い頃から甘やかされ立派な我が儘王子となり、第二夫人の女戦士の子供は王子とは対称的に騎士団で立派に働いており、第三夫人である賢女の子供は王子とは違ったタイプの我が儘勘違い野郎として育ち、第四夫人の元盗賊娘の子供は一番地味な子供らしいが第二夫人の子供の次にマトモらしい。
生まれた順番などは公表されていないが、全員フェリトよりも下の十四歳らしい。下と言っても一才しか違わないが。
ちなみにフェリト達が遭遇したのは、賢女の子供らしい。
こういったトラブルはよくあるらしく、また身分が上ということで絵にかいたような迷惑を庶民は被っているらしい。
部屋に戻って、フェリトは呟いた。
「もう帰りたい」
明日、予選で負けようか?
そんな考えが浮かぶ。
いや、そもそも勝ち進めるかもわからないし、一度した登録を解除するとなると金がかかる。
もちろん選手登録をするときも金がかかった。
その収益の一部が賞金となるのである。
無駄金を使った上、トラブルに怖じ気づいて逃げ帰ったと姉に知れたら、その方が怖い。
「そんなことしたらお兄ちゃんがお姉ちゃんに吊るされるよ」
「うん、知ってる」
少しだけ前向きに考えれば、そもそも勝ち進める保証はどこにもないのだ。
全力を出して負ける可能性が高い。
そうしたら、本選に進んで勇者の子供に再会する前にギルドに行って仕事をすれば良いんだとフェリトは自分に言い聞かせた。
***
一方そのころ。
「そうなんですよ。末の妹が弟にこっそり着いていったみたいで」
乗り合い馬車の中で、フェリトと面差しの似た少女が帝都へ向かう他の客と談笑している少女がいた。
「帝国の大会で腕試しなんて、弟さんよほど強いんだねぇ」
それをパタパタと手を振って、少女ーーリリスは笑って毒を吐いた。
「まさか、めちゃくちゃ弱いんですよ。あとくっそ泣き虫です」