病んでる妹、ヘタレな兄
SIDE輪名
アッハァお兄ちゃんが落ちた♪
それはもう見事に岩に当たって落ちた。しかもそれがアタシの投げた岩なのがイッチバン楽しい気分にしてくれた。
アタシはお兄ちゃんのことが好きじゃなかった。
だって皆アタシのことを、お兄ちゃんのおまけのように見てくるんだもん。
実際、お父さんは娘としてのアタシは溺愛するけど、放浪者としてのアタシにはあまり期待してなかった。お父さんはそれを隠そうとしてたみたいだったけど、アタシは知っている。お兄ちゃんが失敗したら怒るのに、アタシだと怒らない。
そもそもお兄ちゃんの、『自分凡人宣言』が気に入らない。確かにお兄ちゃんは、何をしても凡人並みのことしかできないと、お父さんは言ってたけど逆に言ったら、何でも人並みにはできるってことでしょ?小学生の時、お父さんがお兄ちゃんに一週間以内にピアノを弾けるようになれっていう課題を出されたことがあった。
一週間後、お兄ちゃんはお父さんの目の前で仰げば尊しを弾いた。少したどたどしかったけど一応お父さんに合格点をもらえる程度には上手だった。
でもお兄ちゃんの練習時間は初日の30分だけだったの。
つまりお兄ちゃんは、片手間で人並みの成果を出せるってこと。
そんなの凡人を通り越して逆に非凡だと思った。しかもお兄ちゃんは自分の趣味には時間をかけてる。例えばゲーム。お兄ちゃんの大好きなロボットゲームのデータを一度だけ見たけど、プレイ三日目で完全にクリアしてた。隠しキャラも隠しユニットも全部開放してた。一番驚くところは、3日とも平日ってことよ。実際のプレイ時間は16時間くらいだった。放浪者や魔法にも興味を示してたから、お兄ちゃんが【放浪者最強】と言われるのも遠くないと思う。
クラスの友達に、そんなお兄さんがいて羨ましい、私達に紹介して。と頼まれたことがあるけど、あんなお兄ちゃんのどこがいいのかアタシには分からなかった。
そう、アタシはお兄ちゃんに劣等感を持って生きていた。
でもお兄ちゃんが高校生になったある日、廻理花姉の取り巻きのアホ共がお兄ちゃんをいじめてる所を見つけた。
アタシは、お兄ちゃんのことだからどうせのらりくらりと切り抜けるだろうと物陰から、じっと見ていた。
でも予想に反してお兄ちゃんは涙目で逃げようとしていた。それはもうライオンに追われる兎のように必死に逃げようとしてた。
アタシの知ってる何でも片手間でこなして、それを自慢しようともしない強いお兄ちゃんとは真逆の姿だった。
アタシは胸が締め付けられるような気持ちになって、気づいたらお兄ちゃんを助けてた。
アタシが出ていくとアホ共は散り散りになって逃げていき、アタシは子供のように泣いてるお兄ちゃんの手を引っ張って家に帰った。
家に付いた瞬間、アタシは膝を付いたお兄ちゃんにガバッと抱きつかれて泣きつかれながらありがとうと言われた。
涙と鼻水でひどい顔だった。少しアタシの服に付いたけど、不思議と悪い気分にはならなかった。
むしろ嬉しかった。雲の上の存在だと思ってたお兄ちゃんのこんな弱いところが見れてしかも、アタシに泣いて感謝してたから。
その日からそれまで妙な距離感のあった、あたしとお兄ちゃんはそれが嘘だったかのように仲良し兄弟になった。周りからブラコン、シスコンと言われるけど気にしなかったわ。
お兄ちゃんと仲良くなって気づいたことがある。
お兄ちゃんは意外と欠点が多かった。
まず泣き虫。みんなの前では我慢してるけどアタシの前だとお兄ちゃんはすぐに泣く。泣いてるお兄ちゃんを慰めるのがとっても好き。
次にお兄ちゃんはどこか抜けている。アタシも結構ドジだけど、お兄ちゃんもいろんな所でコケたり、人にぶつかって因縁をつけられることも結構ある。その日泣いたお兄ちゃんをもちろんアタシが慰める。
アタシは弱いお兄ちゃんを見るの見るのが快感になっていた。最近ではアタシに頼まれた人がお兄ちゃんをいじめてアタシが助けるマッチポンプもしてる。
なんか弱っている小動物を見ていると守ってあげたくなるときってあるよね?多分アタシのお兄ちゃんへの気持ちはそれだと思う。
でもお兄ちゃんをいじめるのも楽しい。なんだかんだでお兄ちゃんは皆の前では、カッコつけたりプライドが高いけどアタシと一緒のときはアタシに甘えてくる。そんなところが可愛いんだよねえ。皆の前では頼れるお兄ちゃん、二人きりだと出来が悪いかわいい弟みたいな感じ。
アタシはそんなお兄ちゃんが人前で一瞬見せる弱いところが一番好き。だから岩を当てる。お兄ちゃんはもっとダメになってほしい。もっとアタシを頼ってほしい。
鈴音姉と廻理花姉がお兄ちゃんのことを好きなのは知っている。でも二人の好きとアタシの好きとでは、少しベクトルが違う。アタシは別にお兄ちゃんがどっちを選んでも構わない。
でも弱くて可愛いお兄ちゃんはアタシのもの。
このお兄ちゃんを知ってるのはアタシだけでいいの今ままでもこれからも。
SIDE縁
・・・・・・落ちてしまった。いや、落とされてしまったと言ったほうがいいだろう。もう泣きそうだ。
なんだあのトラップ。上の三人が投げたのか?だったらあの岩は廻理花しかない。あの岩は特に容赦がなかった。そもそも輪名や鈴音さんのはずがない。ハァ、この試練が終わったら輪名に慰めてもらおう。