鈴音の涙
長かった。めっちゃ長かった。長かったから、真ん中辺りの記憶があやふやだ。最後に言ってた記憶魔法とやらで思い出すか。
しかし要は親子喧嘩だろ。スケールでかくね?
しかもその後始末をほとんど関係ない下から二人の僕と輪名に任せるとか・・・・それに何よりも。
「タダ働きか?」
流石に親子料金で済ませれる仕事じゃないからな。これ重要。
「いや、ちゃんと給料は出るぞ。何だ?なにか悩んでると思ったらそんなこと気にしてたのか?」
父さんが素で聞き返してきた。・・・・いや、まだブラック企業の可能性がある。ここで詰めを誤ると社畜ルートまっしぐらだ、とネット掲示板に載せられていた。
「その給料はおいくらで?」
「月百万」
「よろしくお願いしゃーーす!」
何だその小学生が決めたみたいな給料は。超ホワイトじゃん。高校生のバイトにしては破格だ。あ、うちの学校バイト禁止だ。まあいいか。絶対バレないし。
そういえば平日の訓練ってどのくらいのレベルなんだ?もしかして訓練が軍隊も真っ青の内容なのか?
「平日の訓練の内容は?」
「大丈夫だよお兄ちゃん。アタシでも疲れないし、学校の体育より自由だよ。好きな時に休憩もできるし」
ケチのつけようがないな。ちゃんと訓練して魔法を自在に使えるようになれば即死はしないだろうし命がけってわけでもないしな。それに仕事内容もラノベみたいな俺TUEEEEEEができそうだし。それで月百万とかちょろすぎるだろ。
「他になにか聞くことはあるか?無いならこの書類にサインを」
「ああ、これにな。次元縁っとこれでいいか?」
「ああ、これで良い。それじゃ早速今から訓練をしてもらおうか」
今から?今午後五時くらいだぞ。もしかして。
「それってどのくらいの時間・・・」
「ぶっ通しで一年」
くそっ騙された。どブラック企業じゃないか。
あれ?その間学校はどうするんだ?休むの?
高2で一年休んだら受験が大変たんだけど。そもそも僕って受験する必要あるのか?
・・・・なんかさっきからずっと鈴音が俯いて何かを考えてるんだがどうしたんだ?進学で悩んでるのか?
「心配するな、時間魔法を使って時の流れを極端に遅くした空間で訓練するから、こっちではほとんど時間は経たない」
顔に出てたか。でもそれってまるで○○と○の部屋だよな。こっちは時間制限がないから上位互換だな。
それはそうとこのカラクリを使って月給百万は少なすぎるぞ。下手したら時給一円切るからな。
「あぁそうだ忘れてた。縁、お前鈴音のことを忘れてたらしいな」
その話も出てくるのか。俯いてた鈴音もじっと僕のことを見つめている。疑ってた訳じゃないけど本当に幼馴染なんだな。
マジか、僕ってこんな美人の幼馴染を忘れるほど記憶力が無いのか。
「そう落ち込むなお前が忘れてる訳じゃない。お前は鈴音との記憶を封印されているんだ」
「やっぱり」
父さんが言った後に鈴音がぼそっと呟いた。
え?ドユコト?鈴音は納得したような顔してるけど、僕達は分からないんだけど。
「お前の記憶を封印したのは、お前の姉の静香だ。能力は『記憶操作』、新世代の能力は魔法とは違った仕組みだから我々でもお前の記憶の封印を解くことはできない。封印を解くことができるのは静香だけだ。その静香も十年前のお前の記憶を封印した時のみで、そこからの足取りが掴めていない。狩矢の陣営で動いたのはここ百年では静香だけだし」
「さっぱり分からないってことか」
「そうだな」
なるほど。記憶を弄られたのは僕の方だったのか。しかしまた家族か。
父さんは一体どんな教育をしたんだ。しかしこちらに残った新世代もいるらしいから一概に教育のせいとも言えないか。狩矢兄さんの元々の性格かな。
記憶を弄られたのは、少し不愉快だけどあまり怒りは感じない。
そもそもどんな記憶かも分からないから怒りの湧きようが無い。静香姉さんが何を考えて、僕の記憶を弄ったのかも分からないからな。案外僕の為にしたのかもしれないしってそれは考え過ぎか。
そんなことを考えてると鈴音がポロポロと涙を流し始めた。
「す、鈴音⁉どうしたんだ」
「バッ、縁、少しは鈴音の気持ちを考えなさいよ。あんなに仲の良かったあんた達の内、片方の記憶がないのよ!鈴音があんたに会えるのをどれだけ楽しみにしてたと思うのよ。しかも鈴音はあんたが好きなのよ?好きな人との思い出が自分にしか無い辛さがあんたに分かるの?」
そうだった。僕に鈴音との記憶は無いけど鈴音にはある。くそっ、鈴音と話してると頭が妙にチクチクと痛い。思い出したくてもできない。これが封印された記憶なのか。もどかしいな。それに鈴音を泣かせてしまった。
静香姉さん、なんてことしてくれたんだよ。
「ご、ごめん鈴音。僕、何も考えずに」
「うっう。ごめんなさい縁君。私、悲しくて。君との思い出が崩れていくようで悲しくって。
・・・・・でも決めたの。だったら今の縁君を私に惚れさせたらいいんじゃないかって。縁君覚悟してね。大人の魅力を身につけた私に惚れても知らないわよっ。うふふふ」
そう鈴音は少しおどけて言ってみせたが、僕にはなんとなく鈴音が痩せ我慢しているように感じた。それに僕に罪悪感を持たせないようにしてる。
ヤベェ何この男前。もう惚れそうなんだけど、僕ってチョロインの才能があるのかな。
だがこのままだと鈴音が、いや鈴音さんが潰れてしまうな。何とかしないと。
「ハッ、笑わせないで欲しいね。鈴音さんが好きなのは昔の僕だろう?」
「そ、そんなことは・・・」
「だったら僕だって今の僕を鈴音さんに好きになってもらう。僕に惚れさせてみせる!」
「へ?何でそんな話に?それにさん付け?」
「親愛と敬意を込めて。それはともかく、これはどっちが先に相手を惚れさせるかの勝負だ!オーケー?」
我ながら何言ってんだ?と思う。何だよ惚れさせ合う勝負って。そんなのやってる奴見かけたら間違いなく爆発させるな。
そんな僕の苦し紛れのフォロー(?)を察してくれたのか鈴音さんはフッと笑った。
「フッ、ふふふ。やっぱり君は昔のままだね縁君。昔から君はそうやって少しだけ残念な感じだけど必ず助けてくれる。私はそんな君がずーーーっと好きだったよ」
「そ、そうか?」
「そうだよ」
「そうなのか」
「縁君・・・・」
「鈴音さん・・・・」
僕と鈴音さんが見つめ合って甘い空気を作り出している。それを見つめる外野三人がいた。
「廻理花姉、何あのバカップル。爆発させたいんだけど。吐きそう」
「そうね。そもそも惚れさせ合う勝負って何?そんなことするんなら付き合いなさいよ」
「縁、ちゃんと青春していて父さん嬉しいぞ」
嫉妬二名、感動(?)一名だったが。