転校生
人はもしものことを考えてしまう生き物だ。
それも歴史や物語のような自分達の手の届かない物では、特にそういう事を思ってしまう事が多い。
もしも織田信長が天下を取っていたら、もしもロミオとジュリエットが生きたまま幸せに結ばれたら、身近な事だったらもしも宝くじの一等が当たったらなんてのでも良い。
だがこれらは結局「もしも」の話だ。実際は歴史は変えられないし、物語も変えることができない。宝くじは言うまでもなく。
そう分かっていても人は想像する事をやめずに自分達の分からない「もしも」を追い続けて人は生きている。
僕もそうだった。いや、あの日から「もしも」を追い続けていると言ったほうが良いかな。
「行ってきまーす。」
「行ってらっしゃい。あ、お兄ちゃん帰りにあの漫画の最新巻買って来てよ。」
「分かったよ。それよりお前も早く準備しろよ。学校に遅刻するぞ。」
「何言ってるの?今日は…あ!今日って月曜日だった!急がなくちゃ。」
はぁまったく、僕は超天然(というかおバカ?)な妹に呆れながら家を出た。
特にやること無いから自己紹介でもしようか。
僕の名前は次元縁、名前が少し古風な所と若干中二が入ってるところ以外はいたって平凡な高校二年生だ。
身長169センチ体重63キロ。髪の毛は長いほうだけど髪質が固くてつんつん立ってるからそこまで長く見えない。
学力、平均より少し上、体力、無いわけではないがそこまであるとも言えない、容姿、…悪くはないんじゃないかな?
ね、平凡でしょ。
こんなステータスの男子高校生なんてざらにいる。
そもそもこんな自己紹介してる時点で平凡としか言いようがない。
僕は一体何をしているんだろうといつも考えてしまう。目標も無ければ夢も無い。ただ何となく勉強して進学して…あーあ何か特殊能力に目覚めたり異世界に転生したりとかないのかなぁ、と中二ならではの妄想をする日々だ。
僕高2だけど。
そんなくだらない事を考えながら登校してきた僕に早速、あるクラスメイトが話しかけてきた。
「おっはよう縁!」
「…おはよう。」
同じクラスのA君だ。
僕は心の中ではよく喋っているが人前だと喋れない、いわゆるコミュ障と言うやつだ。そんな奴にA君は高二のクラス替えの日から一ヶ月間、毎日欠かさず挨拶をしてくれる。
簡単に言うと良い奴、だが名前が思い出せない。ってか覚えてないから僕はとりあえずA君と心の中で呼んでいる。
自分ながらに薄情だと思う。
「おっはよう縁!」
デジャヴ!その文字が僕の頭に浮かんだ次の瞬間、背中に強い衝撃が走った……痛ってぇな!どこの誰だこの野郎。
「…なんだ廻理花か、おはよう。」
野郎じゃなかった。
「なんだはないでしょう。せっかく美少女幼馴染がおはようをプレゼントしたんだからもっと喜びなさいよ。」
自称美少女はそう言った。
小柄で色白で少し釣り上がり気味な目をぱっちり開いてこちらを見つめてくる。
赤毛のショートカットをファッサファッサ揺らしてる。
確かに美少女だ。だがそれを自分で言ってしまうとなんか認めたくない。
この自分を自分で美少女と言ってしまう痛い女は僕の幼馴染の橘廻理花、廻理花と書いてえりかと読む。
「親のセンス大丈夫?」と思わず聞いてしまいそうな名前だ。
廻理花にバシッと叩かれた背中の痛みに顔をしかめながら彼女に非難の視線を送っていると。
「あれれ?縁がずっとこっちを見てる。はっはーんさては廻理花ちゃんの可愛さにメロメロ度急上昇中なんだな。きゃぴ!」
ざーんねーん、君への殺意急上昇中だよ、きゃぴ!
こいつは幼稚園の頃はおとなしかったくせに中学の頃から何故かぶりっ子キャラにジョブチェンジしたなかなかの変人だ。
しかし語尾にキャピは安直な。ラノベだったら一話くらいで存在抹消されるぞ。
こいつの原形を知っている僕にとっては廻理花のぶりっ子は奇妙奇天烈この上ないが、なまじ美少女なだけに初対面の男にとってそのキャラは圧倒的な破壊力があり、秘密裏に橘廻理花ファンクラブなるクレイジー集団がいて、一説によるとこの学校の男子生徒三百人中約二百人が会員という恐るべき人数を抱えているそうだ。
不本意ながらも廻理花と親しい僕はよく目の敵にされている。
まあそんな訳で廻理花はいわゆるカースト上位というやつで、平穏な学園生活を送りたい僕にとっては迷惑この上ない相手なのだが、今日のように背中を思い切り叩かれクレイジー集団にマークされるといった事態が多々あり色々な意味で面倒な相手だ。
特にクレイジー共は酷い。何度か襲われてそこを妹に助けられるという兄の尊厳崩壊なこともあった。
「そういえば今日、転校生が来るらしいよ。縁、何か知ってる?きゃぴ!」
君がが知らない事を僕が知ってる訳ねぇだろバーカ。
こんな事口に出したら即処刑だ。
「ふーん、転校生か。何でこんな微妙な時期に転校なんてしてくるんだろうな。」
「さぁね。親の仕事とかじゃないかしら。きゃぴ!」
きゃぴ!は何かうざいから次から聞かないようにしよう。
その日の始まりのHRでその転校生は自己紹介をした。
「はじめまして。北見鈴音です。これからよろしくお願いします。」
鈴音と言う女は静かにそう言った。
サラサラロングストレートの蒼髪が風になびいていてその顔はどこか憂いを帯びているような顔だ。オットリ系?少し垂れ目気味だし。
廻理花に負けず劣らずの美少女でイメージは…あれだ、廻理花を太陽にするなら月だ。あまり自らが主張する訳ではなくかすかに光っているだけだが、見ているとなんだか落ち着く感じがする。
「北見さんはご両親の仕事の都合でこちらに引っ越した来たそうだ。皆仲良く分からないことがあったら教えてあげるように。それじゃあ席はあそこ、次元の隣だ。」
そんな、まさかこれは異性の転校生が隣で二人はやがて恋に落ちていくと言うラブコメの王道パターン。
いや、確か通学路でぶつからないといけないんだっけ?……まあいいや。
これは神から僕への最初で最後のプレゼントではないのか。いやきっとそうに違いない。よしっ、ここは無難に挨拶をするのが王道のはずだ!
「はじめまして。僕は次元縁、これからよろしく。」
がんばった!よくやったぞ僕!もうこれで王道に乗れただろ。さらばコミュ障、こんにちはリア充。
「そう、よろしく。」
鈴音は、ぼそっとそう言ってプイッとそっぽを向いた。
………アレ?失敗?
やはりパンを咥えながら通学路でぶつからないといけなかったか。