76 みんな仲良くお口の中へ
遅れて申し訳ありません。その代り今回はいつもの平日に比べて多いです。
体が吹き飛びそうになるのを必死にこらえる。暴風の吹く先にはあのアントビー。風に任せてたどり着けば、その刀のような腕で一刀のもとに伏せられるのが容易に想像できる。だからみんな歯を食いしばってとどまろうとする。
というかこの感じ前にも体験したことある様な・・・?
『ラ・ブシュードの【口吸】じゃないですか?アントビーは口が小さかったんで吸い込まれることはありませんでしたが、アレどう見ても大きいですし。吸い込まれても仕方がないと思いますよ?』
【鑑定】ってこういう時すごい役に立つよね。
そうか、なんか変な感じだと思ったら、風に押されてるわけじゃなくて吸い込まれてたという事なのね。
あんま変わんねぇ・・・。
しいて言うなら食われるか、斬られるかの違いだろうか。死という結果は同じだから寧ろ変わらんな。
さすがにここまで吸引力が大きいといつ吸い込まれてもおかしくないから、そろそろ手を打っときますか。
右腕のシルドアームに屍君の血糸を集めて、大きなラウンドシールドを作る。質量が上がり、これでなかなか吸い込まれなくなるだろう。質量もだけど表面積も大きくなっているから範囲は広がったけど、少しはましになるはず。
それでも時間稼ぎにしかならないだろうからさらに工夫を凝る。ラウンドシールドの底辺に杭を作り、【掘土】と【アシュタロス】を使って地面に固定する。
これで壁の役割話果たしてくれるだろう。
視線とジェスチャーでオルクスたちにも隠れるように言う。
オルクスたちだけでなく、吹き飛ばされたアルや筋肉だるまもいつの間にか戻ってきた。全員無事で何より。
「ねぇ、ハーゼのこと忘れてない?」
卵のインパクト強すぎて忘れてた。急いで確認するとなんと生きてたよあの人。歯でかじりつく勢いで床の凹凸を掴んで【口吸】をしのいでいる。言っておくけど内臓貫かれたんだよ?俺でさえ吸い込まれないようにするので精一杯なのに何で掴んでられるの?俺らと同じ生き物じゃないでしょ。あ、俺違ったわ。
「【生環】」
怒りさんを中心に光の輪が展開され、絶えず流れていた血が徐々に止まっていく。どうやら壁に隠れたレティさんが直ぐに治癒魔法をかけたらしい。流石に内蔵の復元までは出来てなさそうだけど、ないよりはましという事だろうか。それでもいつ死んでもおかしくないだろうけど。
「ハーゼ!今行くから!」
「レティさん止めるんだ!」
怒りさんの元に駆け寄ろうとしたレティさんがオルクスに羽交い絞めにされて止められる。魔法使いなんて体力のなさそうな奴がこの壁の外に出たら吸われないわけがない。怒りさんだから保っていられるのだ。
因みに他のアントビーたちはというとみんな仲良くお口の中へ。無差別攻撃とかやる意味あるのか?さすがにボスの恐らく女王は背後にいる為食われないが、大幅な戦力ダウンになるよね。ありがたいわ~。
『あの、マスター』
【鑑定】からの報告。吸い込まれそうになったことで距離が縮まって【鑑定】出来るようになったのかもしれない。
『ラッキーと思っているところ申し訳ないのですが、早く止めないとまずいです』
【鑑定】に合わない真面目な言葉。
『このままじゃ確かにじり貧だけどさ、そこまで切羽詰まっているわけじゃなくない?』
そう、このままで失われるのは時間と怒りさん。怒りさんは今から血糸で回収すればいい事だし。逆方向に引っ張るから多少痛いだろうけどそれだけで済む。
代わりに得られるのは他のアントビーたちの命。どう考えてもこちらに有利になるような気しかしない。だが、次の【鑑定】の言葉で絶句した。
『アントビーが食われれば食われるほどあいつのスキルが多くなっています』
え、なんで?
せいぜい【口吸】の技量が上がったり、進化したりするくらいじゃないの?
『おそらくマスターと同じようなオリジナルスキルを所持しているものと思います』
似たようなことのできるスキルという事は【悪魔吸血】か。吸血ではなく食事で発動するタイプという事か。
『確かにそれなら納得だけど、恐らくって?』
『【???】となっているので』
『マジかい』
『因みにオリジナルは二つあります』
生まれたてで二つとかどれだけ可能性を秘めているんでしょうか。
っと、こんな事してる場合じゃなかった。早く怒りさんを助けないと。血糸作るの面倒だからもう、血を糸状にするだけでいいよね。材料は怒りさんの近くにいっぱいあるからそれを使おう。取り敢えずその間に吸い込まれないように手錠型を作って手首にはめ、杭を作成し壁のときみたいに床にぶっ刺す。
『ねぇ、嫌な予感がするんだけど』
『【スキル共有】って便利よね。私にも見えるから言うけどその予感、当たってるでしょうね』
【空間把握】で俺達の下を進む人影、もとい魔物影。せっかくさした杭が盛り上がる。影の主、ワーカーが【潜土】で穴を掘り進め、刺した杭を地中から押し出したのだ。更にそれだけでは飽き足らず、ワーカーのドリルモドキが怒りさんのお腹にクリーンヒット。怒りさん踏んだり蹴ったりですな。
「ゴフッ」という声と共に血が吐き出され、ワーカーと仲良く巨大アントビーの元へ。
「って助けないとやばいじゃん!」
主に敵戦力増加という意味で。
杭を“液化”させひも状に、そして“操作”で俺の方へ。ほどなくしてひもが手に届く。
「ハーゼェェェ!!」
オルクスが至近距離で叫ぶ。
うるさいな。今これを引っ張って連れ戻すから少し黙って――
引っ張った。全力で引っ張ったはずなのに岩でも引っ張っているかのように重い。冷静になると【空間把握】で読み取れる情報がすんなりと頭に入ってきた。
血のひもが繋がっているのは巨大アントビーの口。【口吸】はもう発動していないのか暴風は止み、生存する魔物は目の前の巨大アントビーとボスの女王だけ。怒りさんは、言うまでもないだろう。
【無慈悲】のおかげか精神的ショックは驚くほど少ない。けど他のやつらは――
「ナギ、来るわよ」
「分かってる」
【口吸】わもつラ・ブシュードはその後必ずと言っていいほど【放出】を使う。こいつもやれるはず。
その予想は正しく【身体拡張:口】を使ったのか口が大きくなる。いや、そんなレベルではなく、元の造形を無視してラ・ブシュードのような顔となる。そしてその大きさはされ以上。あれから放たれるというなら血の壁なんてあってないようなものだね。今のうちに逃げる準備しとこう。
瞬間爆ぜる空気。目に見えない、極大の砲弾がその猛威を振るう。
先にバックステップで回避した俺の横にオルクスとサリアをお姫様抱っこしたヴァイロと同じ様にレティを抱えた筋肉だるまが並び立つ。
先ほどまでいた場所には破壊された血の塊と圧殺されたように薄くなった四人の死体。あれ、一人足りない。
チゼルは生きてた。バックステップではなく前に飛び込んだのか巨大アントビーの足元にいる。
「危ないじゃないかっと。【炎刃】」
そのまま背後にすり抜けて跳躍、チゼルの片手剣が赤く燃え上がる。注意がチゼルに向いた。そこを見逃す俺らではない。
サリアが素早く詠唱を唱え、ヴァイロとオルクスがチゼルに向いて見えなくなった死角からそれぞれの獲物を振りかぶる。レティはまだ立ち直っていないらしく顔が青くなっているため筋肉だるまが避難させている。
俺はというとチゼルもオルクスもヴァイロも視界に入らないような場所に陣取る。そして【威圧】を発動。少しでも視線が外れ、俺のところに向けば確実にチゼルたちの攻撃が入ると思ったからの行動だ。
俺の狙い通り視線は俺の方へ動いた。が、返ってくるのはまたも金属音。だが先とは異なりそれが何回も続く。ギィィン!ギン!ギン!とリズムに乗っているかのような音。
そして見れば巨大アントビーは防御に徹している様子。一回でも守りに入れば、もう一度攻めに転ずるのは難しい。サリアの魔法が放たれる。
「――【炎閃】」
【炎柱】を横に放ったような高エネルギー砲が放たれる。
閃光のごとく迸る炎が外殻を溶かすところを誰もが想像した。が、巨大アントビーは脅威を悟ったのかサリアの方に振りかぶりまたも口を開けた。また空気砲かとも思ったがどうやら違うらしい。奥の方から毒々しい紫色の何かがこみ上げ、次の瞬間それが外界へと飛び出す。
【毒霧】よりも更に濃い高密度の毒。それはさながらレーザーのように【炎閃】へと向かう。
衝突。少しの拮抗の後爆発とともに双方消え去った。
みなが茫然と眺める中、先に動き出したのはチゼル。
「【強化】」
単純な言葉と共にチゼルの体に白い膜のようなものが現れる。スキルという可能性もあるがおそらく魔法、詠唱がなかったから無属性魔法だろう。
巨大アントビーの方は技後硬直のためか動けないでいる。これも狙っているのだから流石と言えるだろう。
だが、その複眼がチゼルを捕らえると羽が前足の様に変化した。合計六つの刃付きの足。そのうちの二本がチゼルに向かい、他の二本がヴァイロとオルクスを狙う。
チゼルは【炎刃】中の片手剣を迫る片刃に振るったが、空中という自由に動けない場ではもう一方の刃は防ぐ事ができず、袈裟斬りにされる。
ヴァイロとオルクスは地に着いているため回避や捌いて避けるがチゼルを倒したもう一方の刃が来るとそれだけでつらそうになった。
「俺を忘れてもらっちゃあ困るんですけど!」
血で剣を作り、背後を狙う。空気として終わる気はさらさらない。後足を駆け抜け、腹に登ったところで床(巨大なアントビーの背)から棘が出始めた。
「こいつのオリジナルって身体変化、もしくは変形の類か」
『間違いないと思います。エクストラル以下ではこの現象を説明できるスキルはありません』
【鑑定】の言葉で確信した。造形を無視した口の拡張も羽根の刃化もこの棘もそのスキルによるもの。
とりあえず適当に血剣を振るうがやはり金属音と共に跳ね返された。
「タネがわかっても、だからどうしたってかんじだよね。この外殻どうにかなんないかなっと」
足元に出現する棘を回避しつつ言うとパルからは否定的な言葉、【鑑定】からは案が出たがクリアするのは難しいだろう。
そこまで考えると今度はアントビーの姿が薄くなり始め、最終的には消えた。【空間把握】にはどこにいるか分かっているし、俺が落ちてないから消失してもない。
「【迷彩】まで持ってんのかよ」
良い趣味してるよ。俺には効かないも同然だけど他の人はヤバいみたい。二十層クリアしてないの?と言いたくなるくらい動揺し、まずオルクスが横に薙ぎ払われ、ヴァイロが吹き飛ばされ、空気砲でレティを匿っていた筋肉だるまごと圧殺し、最後に魔力枯渇で動けないでいるサリアが突かれる。
改めて見ると【迷彩】強すぎるわ。今は何とか避けられてるけど、四本は流石にヤバい。その間に背からも棘出てくるし、よく考えたら❘背中って俺居ても意味ないんじゃない?
というわけで【蝙蝠化】を使って脱出する。生きている奴がいたとしても多分気を失っているし使って大丈夫だろう。アントビーの方はというと俺には【迷彩】は意味をなさないと分かったようで解いたようだ。
「身体を自由な形にでき、必殺のレーザーを持ち、食事で自己強化でき、はては透明化まで持つとかランク何くらいだよ」
『B⁻ですよ。種族的にしか分からないのでスキルも合わせるとB、B⁺にはなってもおかしくないかと思います』
「うわぁ」
BランクってAランクじゃないと一人で勝てないんでしょ?ないわー。
『諦めて餌になります?』
「何言ってんのよ!?」
パルの鋭いツッコミが入る。でも流石に諦めるのはないよ。
『分かってますよ、そんなことくらい。ちょっと雰囲気を和ませようとしただけじゃないですか』
「ここまで来たって言うのに縁起の悪いこと言わないで頂戴よ!」
【鑑定】はパルの小言に『すみません』と返し、ついで『ところでマスター』と話を俺に振る。
『今、ドキドキしてるでしょ?』
その言葉でパルが「ちょ、ちょっと!今のでドキドキって【鑑定】に対して?そ、それともわ、わた・・・」とか言ってるがちょっと黙って欲しい。
【鑑定】もそう思ったのか『ちょっと黙っててくださいね』と言っている。仲間外れにされたと思ったのかちょっと不服そうだったけど、今は【鑑定】の言葉に耳を傾ける。その間もアントビーの突き、薙ぎ払い、唐竹割を【空間短縮】や血で盾を作る事で当たらないように注意する。
『分かってますよ。吸血鬼とはそういう生き物です。その感情は特殊な人以外は持っていないと感じているようですが、マスターは持っていてもおかしくない感情なんです』
「何が言いたいんだ?」
『マスターの好きにして欲しいと言いたいんです。どんな結果になろうともソラちゃんもパルちゃんもそして私も嫌いになったりしませんよ』
【鑑定】が出来る女に見えてきた。実際は実体すらないのだけれど。
「いつから気づいてたんだ?」
『マスターがこの世に来てからずっとそうなると思ってましたよ?』
「それじゃあ始めっから意思があったってことになるじゃねーか」
『っ!!・・・』
【鑑定】は不自然に沈黙するが、何か考え事でもしているのだろう。それよりもせっかく【鑑定】が気を使ってくれたんだ。いっちょはっちゃけてみようかなっと。
「【血液支配】“濃化”“薄化”」




