やっと笑ったね
メアドをすぐほしがるチャラ男従業員輝流と、如月は
なぜか二人きりになってしまい・・・?
ちょっくら出てくる、と神宮さんがでていってしまって早数分。
「よし、にがっちゃん! この機会にお兄さんが色々教えてあげよう!」
水瀬如月。自分の着換えを見た変態野郎と二人きりナウ。
そんなことを心の中でつぶやきながら、はあっとため息をついた。
「何その嫌そうな顔~地味に傷つくんですけど」
そんなこと言われても、どうも苦手なんだよなあこの人。
私のことなんか気にしなくていいから、課題とやらに集中してくれればいいのに。
ん? 課題? 課題といえば……
「輝流さんって、おいくつですか?」
「お、何? 男性に年齢聞いちゃう? にがっちゃん、えげつないね」
「普通は女性に聞く方が失礼なんですけど?」
「二十一歳かな~。分かりやすく言うと、大学三年生?」
「え、大学生だったんですか?!」
「何その失礼発言~にがっちゃんひど~い」
正直意外だ。輝流さんのことだから大学通ってないのかと……
「やること見つかんなくてさ~とりあえず説明会に来た大学を受けて、合格したとこに通ってみた、的な?」
「的なって……どこに通ってるんですか」
「劉生大学」
り、劉生大学!?
劉生と言ったら超有名な秀才大学じゃん!
もしかしてこの人、私が思ってるよりすごい人!?
「輝流さんって、すごいですね……」
「お、見直した? じゃあメアド教えて♪」
「結構です」
間髪を入れずに言う私に、しつこいほど声をかけてくる輝流さん。
すると彼は急に思い出したようにあと声を上げ、にんまりと笑って見せた。
「見直したといえば、にがっちゃんさっきの接客よかったよ~。もうここに慣れちゃった感じ?」
「え? ま、まあ……メニューはまだ覚えきれてませんが……」
「頼もしいなぁ。ミュウミュウが見たら悔しがるだろうけど」
ミュウミュウというのが美宇さんのことだとわかるのに、五秒はかかった。
すごいニックネームだな、相変わらず。
ニックネーム、か。そういえば……
「輝流さんって、変わったニックネームつけますよね」
「え~そうかな?」
「私のにがっちゃんは前言ってたので分かります。美宇さんのやつはもじってできたんだと思いますが……天衣さんのあまちゃんと神宮さんの王様っていうのは、どこから来たんですか?」
私が言うと、彼はああと声をあげてにこやかに笑う。
輝流さんは壁に貼ってあったシフト表を指さしながら、説明するように言った。
「あまちゃんの下の名前の漢字、天に衣ってかくでしょ? 天の衣といえばかぐや姫の〝天の羽衣〟を連想するんだよねー。ってことであまちゃん」
えーっと……それは頭がいいのか悪いのか……
つくづくこの人、不思議な人だなぁ。
「んでマスターの方は、下の名前の由来が〝不動明王〟にちなんでつけられたらしいんだ。だからミョウオウのおうをとって、王様」
ほへ~そうなんだ。
確かに変わった読み方をするなあとは思ってたけど、そんな理由だったとは。
よし、めもっとこ。
「さて、にがっちゃん! 積もる話をして仲も縮めたことだし、メアド教えてもらおっか!」
「しつこいんですけど。お断りします」
「え~? なんでそんなに嫌がるの~?」
「大体そんなメアド集めてどうするんですか。初めて会った時もメアドがどうとかいきなり聞いてきましたけど」
「別に深い意味はないんだけどなぁ……ノリみたいなもん?」
「ますます教える気失せました」
「にがっちゃ~~~ん!」
輝流さんの半泣き声に、私はふっと笑みがこぼれた。
「あ、やっと笑ったね」
突然聞こえた優しい声に、はっとする。
さっきまでからかい半分だった輝流さんの微笑んだ顔は、いつにもましてかっこよく見えた。
「王様から今日元気ないって聞いたから。少しはリラックス出来たのかなって」
心配、してくれてたってこと?
私としたことが、神宮さんはおろかこの人にまで迷惑をかけてしまうなんて。
「大学でなんかあったの?」
「……輝流さんには関係ないです」
「にがっちゃ~ん、オレ二年上の先輩だよ~?」
うっ……
「でもってバイトでも先輩」
ううっ……
「先輩には些細な悩みでも打ち明けてよ。相談に乗るし、聞いてあげるからさ」
優しい声色が、私の心を揺らぐ。
彼の微笑みを見ながら、観念したように私はふうっと一息ついた。
「私、文芸部に入ってるんです」
「ああ、それ知ってる。確か俳句とか作ったり、本読んだりするサークルでしょ?」
「私達の文芸部は本格的な活動はしてなくて、同好会みたいな感じなんです。ほとんど小説を書くことをしてます」
へ~と彼が相槌を打つ。
輝流さんの顔を見れなくなり、私はうつむいた。
「でもあまりうまくいかないっていうか……私、小説書くのに向いてない気がするんです。何をやっても、全然だめで……」
今思えば、これは大学に入ってから思ったことではない。
小説を書くのは好きだ。
だけど好きと仕事としてやるのとは違う。そのことを母達からうるさく言われ続けた。
今ならそれが、痛いほどわかる。
高校の時あまりにも読む人がいないからと言って、友達に色々読ませていた。
あげくに今度は弟まで小説をかきはじめたものだから、焦りが生まれないわけがなく‥‥
友達、弟の小説の方が読んでくれる人がいる。
だったらいっそのこと、小説なんてもう‥‥
「にがっちゃん」
声が聞こえ、ゆっくり顔を上げる。
いつにもまして優しげな微笑みを、輝流さんは浮かべた。
「そうやって自分一人で抱え込むのはよくないよ? 確かに向いてないとか思ったりすることもあるけど、自分がやりたいことをすればいいじゃん」
「輝流さん‥‥」
「誰になんと言われようが、にがっちゃんはにがっちゃんの好きなようにやればいい。だって、にがっちゃんの人生なんだから♪」
先生や親に言われて来た言葉より、彼の言葉だけがじいんと心に響く。
なんだろう‥‥この感じ‥‥
暖かくてすごく、心地よさを感じるような声色は私の心をとかして‥‥
「そだ。にがっちゃんの小説、オレに読ませてよ」
!!!?
「オレこう見えて小説とか結構読むから、興味あるんだよね~どうかな?」
「む、無理です! あんな駄作……」
「駄作なんて決めつけちゃダメだよ。にがっちゃんは自分を追い詰めすぎ。オレを純粋なにがっちゃんのファンとして、小説を読ませてくれない?」
ああ、そうか。
輝流さんは優しくて、まっすぐな人なんだ。
だからこんなにも心を動かされる‥‥
やっとみつけた、私が求めていた読者が……
「……ありがとうございます、輝流さん」
微笑んだ私の髪を、窓から入った風が揺らす。
その時だった、何かが動き出したのは。
心なしか輝流さんの顔が、少しだけ変わったように見えて……
「わりぃ、遅れ……何リア充みてぇな雰囲気醸し出してんだ、お前ら」
はっと我に返ると、神宮さんが喫茶店に帰ってきていた。
私が行動する前に輝流さんはパッと私をはなし、苦笑いを浮かべた。
「嫌だな~にがっちゃんの髪にごみがついてたから、オレがとってあげてたんだよ~」
「ふうん……嘘くさ」
「ちょ、ひどっ! 王様、オレの扱いひどくね?」
「平気でさぼったりする奴の言うことなんか信じられるか。水瀬、こいつなんもしなかったか? セクハラ行為したら、いつでも警察呼べよ。その前に俺がしばくが」
「王様~~~!」
輝流さんの叫びが、店中に響く。
今までに感じたことのない清々しさが、私の中にいつまでも残っていた……。
(つづく・・・)
今回のお話は、割といい話なんじゃないかな・・・って思ってます。
輝流、必死の挽回なるか!? って感じでもありますが笑
ちなみに如月の胸中はほぼ、私の思惑だったりします
よりリアルさを追及したものになってるので
作者サイドの方々にはわかってくれるんじゃないかな~なんて
いよいよゴールデンウィークですね。
個人的に予定が真っ白なのもどうかと思いつつ、
一人でのんびり過ごす予定しかない私であります。
次回、みんなでなにかします。