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そして、現在に至る

 男は私の顔をもう一度見つめ、一つ頷くと大丈夫と頷いた。


 大丈夫じゃないわよ。本当に。

 私は歯噛みしたい思いだ。

 電車や通学中は確かに男の言う通り人目を引くことはなかったから、大丈夫と言えば言えた。

 同性に対する厳しい女の観察眼にしても、服装だけで男の目は引かない勝ったと思う時点で顔はスルーされ、それよりも自分のメイクや髪型が崩れていないか気に掛かるご様子。

 大丈夫と言われつい乗せられて登校してしまったが、学校ではそうはいかないと言う予測があった。

 男子学生にしても本音は生足や露出が希望だが、芸術家を気取っているぶん、裸に近いだけと言う格好で喜んで見せたりしない。

 私自身が男子生徒から服を誉められたのも、春の白いケープであり夏の皴加工のロングスカートだった。

 それが今日は、服はともかく、眼鏡に気付くと二度見されるは、呆れた顔をされるは、笑いを噛み殺して顔を背けられるは。

 だから嫌だったのだ。


 簡単に今朝のいきさつを話すと、友人は更に笑った。そのあと少し本気になって、

「ねぇねぇ。その人イケメンだった?」

「全然。服装も変だし、鼻も変だし」

 服は事実だが、鼻は元はと言えば擦り剥いた所為だが。

 友人はがっかりすると同時に、ホッとする。いい男を紹介される機会は欲しいが、友人に格好いい男ができるのを危険視しなければいけないのが、女の友情と言うものだ。

「何も、授業の時だけ掛けたらいいのに。そりゃ、眼鏡の時は家からも掛けて来てるけどさ。なくても一応、平気なんでしょ?」

「うん。眼鏡のフレーム替えても違和感あるから、慣らす必要があって」

 私は曖昧に口ごもる。

 友人の言う通りだった。何も掛けてくる必要はなかったのだ。

 もちろん以前と眼鏡を替えると、暫く妙な感じがするのも本当だ。

 縁なしから縁あり、楕円から四角に替えた時も、視界がせばまったようで、無意識に髪を払うように顔を振る癖が出た。

 授業中だけ、見えなくて困った時だけ掛けるか、目前にかざすだけでも良かった筈だ。

 掛けっ放しにしてしまったのは、下手に触ると度が合わなくなって使えなくなるのを心配したからかも知れない。

「いやー。人助けなんてするもんじゃないよね。今日は一日不幸。可愛そう」

 友人の言う通りの筈なのだが、私は少し引っ掛かる。

 修理屋のお爺さんの言葉があったからだろうか。人助けを損だと思うんじゃ、善意もなくなるとか。


 授業に向けて一コマ目の男性講師が、両手に荷物を抱えて入って来る。私達生徒もテキストやノートの準備を始める。

 一年目の授業の多くが、実習より美術史や基礎座学に裂かれている。美大の一般教養課程よりマシだが、生徒には不評だ。

 古い技巧や主題にもいいものがあるとは思うが、私達が手に入れたいのは即戦力となる技術や、見い出せない方向性ヘの示唆。私達がいま持てる新鮮さやオリジナリティーを、古臭い因習で塗り潰されないまま伸ばしていくことだ。

 だが学校で教わり、させて貰うことはと言えば。自発的に本を読めば得られる知識ばかりだ。

 学校と名の付くものは全て、無用な水増しをして、授業料や馬鹿にならない何かしらの必要経費を巻き上げる期間を取っているものなのか。

 美大よりはマシな筈だと思ったが、結局は金の無駄、時間の無駄だと辞める生徒もいる。私にはそこまでの覚悟はない。二年目に進む為の、仕方のない試練だと思っている。

 

 スクリーンやスライドの用意をしていた講師がふと私の眼鏡に気付き、わざわざ声を掛けてきた。

「その眼鏡。面白いね。そう言う路線をいくの?」

 皮肉っているなら、まだいい。

 美術をやる人間ともあろう者がと馬鹿にするならまだしも、本気で言っているのだから話にならない。

 三十半ばになってもアートで身を立てることもできず、せめて大学で美術史を教えるほどの能力もない人間だと、生徒に見下される所以ゆえんだ。

「修理中の眼鏡の代品として、度数が合ったのがこれだけなんです」

 つっけんどんな私の言い方に、不機嫌を買ったことだけは感じて講師は引っ込んだ。

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