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代わりの眼鏡

 二十歳過ぎぐらいか。そんなに年上ではない。背はまぁまぁ、太り過ぎでも痩せ過ぎでもない。

 体型はそう悪くないが、スラックスも薄手のコートも靴も鞄も、頭に載せた帽子まで黒い。全身黒のモノトーンやゴシック路線にしても、もっとやりようがあるだろうに。

 期待していた訳じゃないが、やっぱり期待するだけ無駄だった。

 お洒落の何かも分からない癖にお洒落になっているつもりのイタイ男に、私の服のセンスが理解できる筈もない。

 鼻だって赤いし。

 

 私はムスッとして眼鏡を装着し、男を睨み付ける。

「似合うって言うつもり?」

 男は目を逸らし、手持ち無沙汰さに私の本当の眼鏡を見つめる。

「えっと。いや。気にはならないよ」

 そう言いつつも、こちらを見ようとしない。

「そう言う時は、嘘でも似合うと言わにゃあ」

 お爺さん。それは違う。

「独身のあなたじゃ、説得力ないですよ」

「いや。私だって女性の十人や二十人、喜ばせてはいるぞ」

「あなたの仕事の腕前にね」

 男は若いなりに、老人とスムーズに会話をしている。

「モテなくても、一角ひとかどの仕事が出来るだけでも良かろう。お前さんの仕事で人を喜ばせていられると、この先はたして言い切れるのかね?」

「はいはい。お説教は傾聴しておきますよ。君、学校あるんだろう。行っていいよ。ネジは俺が捜しておくから」

 男は老人の小言を軽く流して、私にそう言う。年寄りに捜させる訳には勿論いかないが、あっさり言われた申し出に私の心は柔らぐ。

 こいつ、結構いい奴かも。

「見つかると思う?」

「うーん。金属探知機で?」

 あるのか。

「えーっと。これ、借りていいんだよね?」

「がわはともかく、誰の目にも合うのはそれしかないから」

「これ、何の眼鏡?」

「ウォンダァレフの眼鏡」

「ブランド物?」

「ああ、まぁ、外国の。オリジナル」

 セレブ向けの一点物とか。超高級の値段とデザインのひどさに、二度驚かされる品物の系列か。

 高いから悪い、ブランドだから悪いとは言わないが、品物の全面に名前をプリントする自己主張は気持ちが悪いほどだ。

 もちろん美術関係の人間は自己主張が激しいし、病的なレベルの者も少なくない。

 だからと言って作品の質が悪いとか、作品の気味が悪いとは言わない。水玉アートは印象深いし、繰り返し現れる糸杉のモチーフもワンパターンさを感じさせない。

 きっと作り手以外が、他人の主張を自分の主張として纏っているのが気持ち悪さの原因ではないか。

 

 有名なヒマワリの絵は確かに良いが、頭から爪先までヒマワリ模様に埋め尽くされた人を見たら、その人の感覚を疑う。そのブランドの品を揃えたら、頭から爪先まで広告塔になるような物を売ることじたい、異様だ。

 反対に、目立てばいいと言うだけの一点物の勘違いも、どうかしていると思うが。

 

 私は美術を目指す者として、言っておく。

「例えブランド物でも、外国製でも、これの美的センスはおかしいと思うから」

 その国の人間にしか分からない感覚があるのも分かるが、文化や背景を知らなくても世界に通じる感覚もある。

 男は真面目腐って、

「否定はしない」

 少しは審美眼もあるのか。老人が手を振って、きびすを返す。

「四時以降ならできているから、取りにおいで」

 黒っぽい着物を着ていると思っていた私は、自分の目を疑う。

 老人は、紫のバスローブのような物を着ていた。着物では絶対ないと思う。それに灰色の髪は長くて、背中で一つに束ねていた。

 うーん。ちょっと思わぬ格好だ。

 日本の年寄りの、想定を越えていた。

 それはともかく私はあたふたと頭を下げて、挨拶をする。

「済みません。お願いしておきます」

 男は「あ、俺の時計も」と呟くと、老人の後を追いかけようとする。

 途中で思い出したように立ち止まり、

「調節摘みは触る必要ないから」

 私の眼鏡を掴んだままの右手を、こめかみのあたりに持ち上げた。

 あ、あの突起。

 どう言う仕掛けか、度数を替える為の物だろう。

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