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蛇足的顛末

 男は私を、グイグイ部屋の隅に引っ張って行く。

「何それ。ひどい。物欲から始まって、本当の恋になるかも知れないよ?」

「ならなくていい。ご機嫌よう。二度と会うこともないから」

「え。ちょっと待って。そんな強引な。せめて名前。連絡先。ええー。眼鏡修理して貰ったお礼を、お爺さんに言ってもないのに」

「そんなもの、俺が言っておく」

「えー。可愛らしいお嬢さんに、直接お礼を言われる方がいいんじゃが」

 お爺さんが、飃々と言うより駄々っ子のような声を出す。

「お疲れですか。寝言ですね。それではお嬢さん。さようなら」

 男は扉を開けて、私を外に押し出す。そこは家の外だった。

 立ち上がった老人と、一瞬目が合う。

 老人は、私に思わせぶりに片目をつぶる。ウィンクだ。日本人の身体言語ボディランゲージには有り得ない仕草。

 男は私を引きずり続け、今度は生け垣にある鉄格子の門を開け、私を道路に突き飛ばした。

 私はたたらを踏んで、数歩あゆんでから止まり、後ろを振り返る。

「さいってい」

「ああ。性格が悪いんで、モテないんだよ。ほら。君の荷物を忘れるな」

 そして私の鞄を放って寄越す。

 私を引っ張って行く時、片手は鞄を掴んでいたっけ。何処から現れたんだ。

 だが今は、そんなことはどうでもいい。

 私はずっしりした鞄を、腕に抱く。

「こんなことしたって、また入ってやるから」

 私が憎々しげに言うと、男はニヤッと悪戯っぽく笑った。

 鉄扉てっぴが、音を立てて閉められる。

 ガチャンと閉じた途端、何かから弾き出されるような感じがした。

 私は風圧でも受けたように数度、目をしばたたく。そして瞬きが終わった時には、私の前から鉄扉は消えていた。

 人の背丈を越える生け垣が、あるだけだ。

 嘘――じゃない。魔法だ。

 

 やられた。


 あの老人の家は、普通の意味でこの通りぞいに建っていた訳ではないのだ。何処かの場所に、魔法で通じていただけで。

 代償がどうとか、何でもありじゃないとか言っていたが、これのどこが万能選手じゃないのか。

 男の勝ち誇った笑みの理由が分かった。

 男を待ち伏せするのも、日を置いて老人を訪ねて味方になって貰うのも無理だ。

 ずっとここで見張っていても、帰宅する男がこの道にノコノコ出て来るなんてことはないだろう。

 他にも道はある筈だ。

 それとも、ほとぼりが冷めた頃にまた使い出すだろうか。偶然また男に出会えるなんてことは、無理か。

 取り着く島のなかった男と違い、老人の寄越したウィンクが意味深だ。

 縁を取り持つのに、任せておけと言う意味だったらいいのだが。

 

 私は無理やり放り出されて一人になって、少し頭が冷えた。

 眼鏡が使いたいとは言え、自分から異性に激しく迫るなんて普段では考えられない。

 超イケメン、金持ち、性格まで良い完璧な素敵な男性を見つけたって、必死で自分を売り込むなんて無理だ。

 相手が素敵過ぎたら腰が引けて、よけい無理だ。

 あの男ぐらいなら私でも分不相応過ぎることはないが、それでも押し掛け女房になれるほど私の方も大した女とは言えないか。

 例えそうでも、一顧だにしないのは失礼過ぎだ。

 許せない。

 私は絶対、あの男を見つけてやると誓う。

 しかし、見つけてどうするのだ?


 分からない。とにかく全ては見つけてからだ。

 

 私はあの生け垣を注意していたが、その後男を見かけることはなかった。

 私の才能が死んだと言われたが、私の画力や想像力に変化があったとは思えない。

 眼鏡を使ったことで別の見方のコツでも掴めていないかと思ったが、既に見慣れた絵から別の感覚や新たな感動を得ることは出来なかった。

 ただ眼鏡を掛けて手当り次第、右から左に抜けるほど目にした作品は、全部覚えていないと思ったが忘れた訳でもなかった。

 絵を見ると、記憶は甦る。

 一気に甦るものもあれば、じっくり丁寧に思い出していくものもあるが、眼鏡で見ていて無我夢中に翻弄されている時より、味わいはよほど深かった。

 私は何度もそれらの作品を、大事に見た。

 他の作品も、以前より注意深く見るようになった。

 眼鏡を通せばどう見えるだろうと考え、知識を感覚に替えて想像しようとした。形に出来るかは分からないが、何か私の中に溜っていく手応えは感じられた。

 それでも才能はないのかも知れないが、あの男の言ったように才能なんて不確かなものだろう。私は才能をなくしたことを気にせず、うまずたゆまぬ努力を続けた。

 

 私が開眼したことに気付いた講師に、眼鏡の力をなくした次の日以降接するのは最初は気まずかった。

 見る目をなくしたことにも気付かれるだろうと……。

 毎授業ごとに天啓を受けるような反応がなくても、講師は怪しみはしなかった。

 そもそも正確な物差しを一度でも持った私と違い、講師達の持った絵を見る目は自己認識だ。

 自分の目が確かかどうか、絶対に信じ切っている訳でもない。だが思い込みだけでないのは、私の眼鏡の記憶と照らし合わせれば確かなのが分かる。

 私の授業態度が明らかに変わったので、地道に地味に良い影響が醸造されていると思われている。

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