ラブコール
「バラされたり、悪用されるのが心配なんじゃないんだ。そもそも君が交通事故に遭ったのも、魔法具を扱い熟せない普通の人間だったからだ。魔法の道具は、普通の人間が使うには危険過ぎる。眼鏡を使っていたら、君はまた命を落とす、でなければ狂う」
男は意地悪からではなく真剣に案ずる調子で、私を諭しに掛かる。
「君は恐くなかったのか。他人の精神状態に巻き込まれて翻弄されることが。下手をしたら、その状態から戻れなくなる。金を積まれても、本人は覚悟の上でも、自殺幇助は出来ない。だから、普通の人間には売れないんだよ」
それは確かに恐かった。
ゴッホや、宗教画の法悦も、自分を見失いそうだった。
実際、自分に立ち戻れない可能性も合ったのか。
事故に遭うより前に授業中に錯乱して、病院に運ばれていたかも知れない。
その時も助けて貰えたのだろうか。命があるから構わないか、と言うことにならなければ良かったのだが。
それらの事実は私を確かに怯ませたが、恐ろしさの余り投げ出して金を積まれても二度と見たくないとは思えなかった。
いや。恐いけれど、何とかしてもう一度危険なく見られないものなのか。
「そんなぁ」
私は情け無い声を上げる。
こんな目があることを知りながら、元の視界だけで満足しろなんて、それはそれで苦しいことだ。
男は私の未練を感じて容赦なく、事実を突きつけてくる。
「ファンタジーブームの所為で魔法は何でもありだとか、万能薬のように思う人が増えたけれど、魔法は危険な物だ。物理法則を曲げるのは事実だけど、代償が着いて回る。何もかも都合良くいくって言う法則だけはないんだよ。さあ。それを返して。目醒める前に、奪い返すことも出来たんだから」
男が手の平を突き出し、私は渋々ながら返した。
代わりに自分の眼鏡を掛ける。
ひょろっとして見えても相手は男だ。掴み合いでは勝てないだろう。
黒ずくめだし(それこそ魔法使いカラーと言うものかも知れない)大したことなさそうな奴に見えて、魔法の道具なんて持っていたりするのだ。
この男には魔法の才とやらがあるのだろうか。私にはないのに。
でも魔法使いと出合うなんて、普通ではないことだ。この男と知り合えたことは、私にとっては凄い幸運に違いない。
役に立たなくても人助けはするものだ。情けは人の為ならずとも言う。
私は買うことも持たせて貰うことも出来ないにしても、友人が魔法使いなら恩恵があるかも知れない。あって然るべきだ。
しかし友人では少し理由が弱いか。もっと親しい家族にも似た存在なら。
私は期待を込めて、
「魔法が使える人の監督の元なら、出来ないこともないんだよね?」
「ああ。まあ。そりゃそうだけど」
男は訝るように答える。
「だったら私、あんたの恋人になってあげるから」
「はあ?」
「監修の元、使わせてよ」
「何じゃそりゃ?」
男は泡を食う。
少しは喜ぶとか期待するとかないのか。それほど私は眼中にないと?
本当にこの男、何様。
「何よ。そんなに私が気に入らないと言う訳。魔法使いじゃない女は範中外な訳。何? 魔法使い内ではモテるとか言わないよね。あんた、別にモテたりしないんでしょ?」
「モテないのは事実だけど、言われたくない。放っといてくれ」
「ほら。じゃあ、私が恋人になって上げる。私の方はそこそこモテないでもないし、この際普通の女で我慢しときなよ。そしたら眼鏡。使わせてくれるよね?」
「何でそうなる?」
それ以外で、この男を籠絡する意味はあるのか。
二人だけと思っていた部屋に、第三者の声が響き渡る。
「早速、尻に敷かれておるのぉ。お前さんは、そう言うタイプだと思っていたんじゃ」
声の聞こえた方に目をやると、今朝見た老人が椅子に座って首を曲げてこちらを見ていた。
額には、ランプ付きのルーペが跳ね上げられている。
修理屋さんの部屋を借りていると、男は先に言っていた。
今までの会話を聞かれていたことヘの狼狽を捨てて、私は老人を取り込みに掛かる。
「ほら。私なら合いますよね?」
「うんうん。若い者は色々あっていいんじゃないかの」
老人は、飃々と答える。
映画の、魔法使いの老人のイメージそのものだ。
腕がいい。修理屋。
時計を渡していた。私の眼鏡も直してくれると。
ただの修理工ではなく、多分この人も魔法の関係者だろう。
そうじゃなきゃ、男が部屋を借りたりもしない筈だ。
「ほら。お似合いだし、普通の女の私と恋愛しても構わないって」
「何を勝手にまとめてるんだよ。ちょっと、あなたも何、ニヤニヤしてるんですか。たかり目当ての女と、付き合う訳ないでしょう? モテなくても、物を貢いで恋人を繋ぐレベルまで落ちてたまるか。ほら。もう用は済んだから、帰れ」
男は怒ったのか、慌てているのか興奮状態で私の手頚を掴むと、引っ張り起こす。
やはり男の力で、強かった。