眼鏡とともに
「遅れを取り戻そうと見たくてたまらないのは分かるけど、教室は閉めないといけない。新たな気持ちで見られる気分が薄れてしまいそうで不安かも知れないが、その気持ちは消えたりはしない。君が得た新しい目は、君の中にあるからね」
その目が内にあれば、その通りなのだろうが。だが、と私は思い直す。
何としてもこの眼鏡を自分の物にする。そうすれば、明日からも私は素晴らしい絵と接することが出来る。
「遅くまで使用して済みませんでした」
「いいさ。また何か要望があれば言ってね」
「あのう。旅行先の美術館の話とか聞かせて貰えます? 国内手近で手初めにいい美術館とかあれば、教えて欲しいんですけど」
素直な望みだが、そこに被せて媚がなかったとは言えない。使えるところでは、若さや女を売ってしまうのが女の性だ。
講師は快諾して、夕飯の買い物が遅れると嫁に怒られると言いつつも、私に帰宅だけ念押ししてホクホクとして帰って行った。
嫁、いたのか。
金が溜る度に海外美術館巡りをしていて仕事でも家庭でも束縛を嫌い、ボヘミアン的に生きているのかと思ったのだが。
講師は無邪気に新たな芸術の信奉者を歓迎しているだけで、私の年や女っけには何の期待もないらしい。別にこちらも真剣に、ロマンスまで期待していた訳ではないが。
私は眼鏡を外して備品を片付け、鍵を掛けて回る事務員に追われるように学校を出た。
コンペ前や許可が出れば夜遅くまで作業室を利用出来るが、ほぼ二十四時間営業可の大学と違い、専門学校は時間に制限がある。
追われてはいたが、私は生徒の作品を眼鏡を掛けて覗く誘惑に勝てなかった。
現代のプロの卵達の作品が、どう見えるか気になった。
中世の絵は一人の画家の手になる物ではなく、工房の作品だ。沢山の人の手が、入っている。
そして、主筆だけが絵を作り上げている訳ではなかった。
下地を塗る者、背景を描く者、手分けして塗り絵のように色を塗る者。
美しいデッサンや主線の外にも、魂は篭もっていた。
師の理想を求め、絶えまなく努力し、単純な作業にも情熱を注ぎ。
修行途上の者にも、見るべき光があった。
中には工房の親方になった者の、徒弟時代と思しき姿もあった。
双葉より芳しと言うものなのか。出来れば、有名な画家の修行時代や子供時代の絵も確認したい。
伸びる者には、最初から何かがあるのかと。
それで言うと、学生の作品は眼鏡を向けても何も読み取れなかった。
最近の学生には挑戦心や冒険心ハングリー精神が欠けていると、年寄りの講師は口を揃えて言う。年寄りと言っても、中には生徒と十ほどしか違わない者もいる訳だが。
最近の若者とか昔は良かったと言う時点で、その人間は年寄りなのだろうと思う。
恵まれているとか苦労を知らないと言われると反発もするし、苦労すればするほど鍛えられ磨かれると言う考えにも頷けないものがある。
苦労に大小はない筈だし、苦労人の全員が才子でも、人間性が高い訳でもあるまいし。
苦労するからこそ歪むものも、あるのではないか。
年寄りの言葉は、結局は自己賛美としか思わなかった。
未来も可能性もある恵まれた若者に嫉妬して、昔は良かったと言うことで昔に属する自分の方が優れていると言いたいのだ。
そう思っていたが、何も訴えてこない作品を見ると、年寄りの言葉は正しい客観評価だった可能性がある。
十年ぐらいの単位で学生の製作品を眺めて、現代に近付くほど力のある作品が減っているなら……。
今の私達には、不滕不屈の精神も情熱も閃きも足りないのかも知れない。
見る機会があって下手に見慣れてしまうと言う講師の言葉ではないが、下手に学ぶ機会がある所為か、小器用さばかり身に着いてしまっているだけで。
帰宅中でも幾らも機会はあったが、自分の絵を眼鏡で見ることは、どうしても出来なかった。クラスメイト達の作品と同じく、私の作品にも見るべきところがなかったら。
いや。ないとは思うけれど、やっぱり事実を突きつけられるのは恐い。覚悟がいる。
その覚悟に比べると、眼鏡のデザイン性を人にどう思われるかなんてことは些細なことだ。
私は、街中でも芸術の片鱗を見つけられないかと眼鏡を掛けていた。
電車の窓から見える、広告の数々。
つまらない仕事、埋め草、空間があるよりは彩りがある方がマシと言うような、意識もされず見忘れられてしまう大量消費のデザインにも芸術はあった。
それは私にも慰めだ。