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講師との対話 2

 だからと言って、この眼鏡を使ってみて下さいとは言わない分別はあった。

 思った以上に人間味があることは分かったが、こんな不思議な道具に出合ってどんな反応をするか信じられるほど相手を分かっている訳ではない。

 私から取り上げたり、いきなりテレビ局か何かに駆け込む人間だっている筈だ。

 講師は、私が青臭い無邪気な信奉であり、自分の意見に迎合して慰められただけと思ったようだ。

 もちろん、私が真実を知っているなんて分かりっこないのだから。

 

 講師は感謝を込めて私を肯定するように、

「僕もゴッホは苦しい。体力気力が落ちている時には見たくない。それも人によりけりらしくてね。今はもう亡い恩師、人気がなくて日本に来ないような作品こそ、海外で生で見ろと諭してくれた先生は、気力が落ちている時に発奮剤として見ると言っておられた。ガツンと殴られるようで、己のちっぽけな悩みや拘泥など吹き飛んでしまうと」

 お前の考えなど軽いものだと、引きずり回されるような力はある。

 講師の恩師と言う人も、ゴッホの真髄に気付いていたに違いない。

 

 個人蔵とはまた別に、複製すらなく人目に触れにくい作品と言うのはある。

 情報など出尽くした感のある現代でさえ、忘れられていた・気付かれていなかった有名画家の絵が、ひょんなことから見つかっているぐらいだ。

 傑作が美術館の一隅いちぐうに眠っていて、その価値に気付くのは、無名の作を熱心に見て回るような観覧者かも知れない。

 

 生の絵に触れろと言うのは、他の講師の多分に漏れず念仏の如く唱えているが、日本に来ない作品を海外に出てでも見ろと言うのは初めて聞く。

 なかなかパンチが利いている。

「そう言う助言を、私達にもしてくれればいいのに」

「言われた時は、僕は聞かなかった。名作観賞目的でたまたま肖像画の良さに気付けて初めて、彼の言葉を思い出しそれから気を付けて見るようになっただけでね。君達に言っても聞くかな。勤め始めて最初の数年は、話したりもしたんだけどね。クラスに一人は理屈屋で、反論してくる生徒がいてね。芸術には普遍的・絶対的な物もある筈で、長い年月と多数の人の目を閲した物にそれなりの価値があって、ほんの一、二良作はあるにしても必死で見て回る程の意味はないと言うんだね。何か自分には感じられたと言っても自己満足に過ぎない。実際に何か得たと言うなら、自作にも得たものが現れる筈だと言うんだ。理屈ではある。僕らのは感覚的なものだからね。理屈には勝てない」

「でも。理屈だけが全てじゃありません」

 以前なら、反論の方に私も共感したかも知れない。いや正直に言おう。共感した。

 だが今は、その反論の方が浅く見える。

 私が感じた、得た物が、自己満足とは思えない。それは単なる思い込みではない筈だ。

 但し、得た物をすぐに形にしていけるとは思わない。そんなことが出来たら世話はない。それこそ美術の技術と理論の全てを学んで物に出来たら、誰でも天才芸術家になれる理屈じゃないか。

 確かに、ある程度までは理屈があった。でも理屈で計れないところがある。そこが芸術の妙であり難しさなのだ。

 中には、感覚が全て。それも自分の感覚が全てと言う人もいて、真実を突いているならいいが、一人よがりではそれはそれで迷惑だ。

「まあね。だが理屈と感覚論じゃ、折り合いを付けるより平行線を辿るものだ。議論することで生徒が得る物があるならともかく、そうではないからね。どころか金を貯めては海外の小さな美術館まで巡っていて、何も得ていないどころか時間を無駄にしていると反発を招くぐらいでね。教えることで、僕みたいな真似などするものかと拒絶して、時間潰しにたまたま目に付いた個人美術館にフラリと入って、自分にとっての運命の出合いをする機会を奪うことになってはいけない。まあ確かに無駄かなぁと自分でも思うけどね。やはり大切な物に出合う度に止められないと思うよ」

 それはその通りだろう。

 

 ヨーロッパの片田舎。地元の粋人の寄贈した個人美術館。

 埃っぽく薄暗い部屋で、まるで奇跡のような出合い。

 私も美術館の大小や格、収集品の質や量も関係なしに手当り次第に見て回りたい。

 眼鏡があれば、私にもその絵の本当の価値が分かる。その気持ちは講師にも通じた。しかしすぐに苦笑に切り替える。

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