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ことの始まり

 きっと何か言われるに決まっていると思っていたから、私はその日学校に来たことが億劫でならなかった。

 教室に入って行ったら、友達が気付いてやっぱり大笑いした。

「やだー。何それ。何かのネタぁ?」

 いや。気付かずにいろと言う方が、難しい。

 親しくもないクラスメイトの何人かも、私を見て吹き出して何あれ?とか言い合っている。私はムカ付きながら、友人の隣に重たい鞄を投げ出す。

「人助けの所為よ」

 それも助けたつもりが、全然助けなんて必要なかった。と言うか余計なことをして、大損になった。

「へ? 人助け?」

  *

 今朝も私は大いなる葛藤を経て、駅に行く手段は歩きを取ることにした。私の家は、駅に出るには自転車だと遠回り、畦や路地を突っ切る徒歩では近道になると言う迷惑な立地にある。

 高校までは自転車通学で駅を日常的に利用することがなくて深く考えることはなかったが、専門学校に通うのに初めて電車通学となってこのジレンマに突き当たった。

 遠いと言うなら遠いでいいのだ。下手に近道がある分悩むことにもなる。雨で畦を行くのはちょっとと言う日なら、気持ち良く自転車を選べるのだが、晴れているとつい二つを天秤に掛けてしまう。

 今日と言う今日は、自転車を取っておくべきだった。自転車なら、こんな悲惨な目にも遭わなかったのだ。

 

 私が駅に行く途中、車も擦れ違えないどころか歩行者にぶつかり兼ねない、昔ながらの下町の細道を歩いていた時。

 頭上を越える生け垣を見上げのけぞって半歩道に出ていた男と、猛スピードで進行方向から走って来た車と言う最悪の組み合わせが来た。あの男だけが悪かった訳じゃない。車だって悪い。

 朝っぱらから――朝だからこそ遅刻の問題があったのか。地元の人間だろう、その時間は通る人が少ないと知っているのか。住人の年寄りの朝はもっと早くて、私も自分以外の人通りと言うものを知らない。

 立ち止まって何をしているんだと思った時には前から車が来ていて、私は咄嗟に二メートルほどをダッシュして男を生け垣に押し込んでいた。

 この時、掛けていた眼鏡が吹っ飛んだが、行方を気にしている間もなく、すぐに私も垣に潜り込むように背中を押し付けていた。

 五、六秒後には、黄色い軽の車が私の身体、サイドミラースレスレで走り抜けて行った。運良く眼鏡が輓かれるような音はしなかった。

 運転手は、私と年の変わらなさそうな若い女。

 五十センチと離れていないから、眼鏡無しでも分かる。人がいたと驚いている顔で、こちらに顔を向けていたから間違いない。

 若い女だから運転が下手とは思わないが、前を向いて運転した方が危なくないだろう。振り返ったらしいのを見てとった私は、今度は車の方が事故らないか心配した。

 心配ついでに、男を突き飛ばした時には端に寄ろうと言うのか足を踏み出し掛けていたことを思い出す。それでもミラーに当たったかも知れないので、じゅうぶん私の行為は人助けに値する筈だと満足していた。 感謝感激はされなくても、まさかあんな目も当てられないことになるとは。

 

 私は背中でたわんでいた樹木から離れつつ――重ね着の黒いTシャツは葉っぱの汁も目立たないだろう――クモの巣なんて着いてないといいんだがと思っていた。

 そしておもむろに横を見た私は。

「あれ?」

 私の身体のすぐ脇で垣根が切れて、黒い門柱と蝶番を起点に小さな揺り幅でブラブラと揺れている鉄柵の門扉もんぴがあった。

 扉の脇に転がっていた黒い塊が起き直って、男の声で私を怒鳴る。

「君は何か? 俺に恨みがあるのか。俺は君を知らないぞ。それとも流行りのストーカーか!」

 怒鳴っても全然威圧感はなかったが、家の敷地に歩み入っていたなら、車の一部だって掠りようがないのは分かる。

 車を度外視していいぶん、男にしたら突然突き飛ばされた以外なにものでもない。

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