火の玉バスケット
怖いというか残酷な話です。くれぐれも注意!
一体私は何をしているんだろうね。
「さすがに疲れたよ…」
誰もいなくなったグラウンドにトーチ棒を放り出して寝転ぶ。雨上がりの地面はコンディションが悪く、背中に寒気とも泥水ともつかないモノがじわりと張り付いてきた。しかし疲れの方が勝っており、そのせいかさほど気にならない。
このまま寝てしまおうかとすら思ったが、赤々とした光がそれを阻んだ。開けた薄目の間にオレンジ色の夕日が入ってくる。自分の寝転んでいる位置から見ると、それは校庭のバスケットゴールと重なっており、熱そうに燃え上がったボールが誰の手によるものでもなくシュートされたようであった。
トーチトワリングという演技に、前々から興味があった。
動画サイトでトーチの動画を見てから、私はすっかりその動画にハマっていた。最初は見て「綺麗だなぁ」と思っているだけだったが、次第に自分でやってみたくなった。なんでも棒の先には灯油を染み込ませたタオルが巻いてあって、それで火を点けるとあんなに綺麗に燃え上がるらしい。それを体の近くでクルクル振り回すなんて、火だるまになりそうで怖かったが、上手い人達のを見ていると自分もできるような気がしてくるから怖い。
中学生に上がって、野外学習でトーチの実行委員を募集していると聞いたときには鳥肌が立った。夢にまで見たトーチがこうも簡単に手の届く位置に来たのだ、と思って天にも昇る気持ちだった。
しかし現実はそう甘くはない。トーチ委員の定員は多くて25人、それに対して委員立候補者は50人近くいたのだ。
一人ずつオーディションというわけにもいかないので、抽選くじを引いてメンバーを決めることになった。二分の一の確率で受かるも落ちるも運次第、というわけだ。
はたして私は当たりくじを引いた。しかし一緒に応募した友達はみんな抽選にあぶれてしまい、実行委員で親しい人はいなくなってしまった。まあ、もともと友達は少ない方なので、覚悟はしていたが。
「よーし、やるぞー!」
私のやる気とは裏腹に、他のメンバーはあまり気持ちがないようにダラダラとしていた。来たきり喋ってばかりのグループ、ちょいちょい無断でサボる二人組など。中でもいちばんひどいのは隣のクラスの木原という男子で、抽選以来一度も自分から練習場所に来なかった。
「熱田、すまないけど木原を探してきてくれないか? またサボってるみたいなんだ…」
熱心な練習を見て、私は優等生だと勘違いされたようだ。そのせいでたびたびトーチ練習の時間を割いて不良生徒を探しに行かなければならなかった。
そして今、メンバーの顔合わせから2ヶ月が経った。2ヶ月の間に部活でも先輩方が抜けていき、部長の交代などの変化があった。ちなみに私の所属する華道部の部長は私になったのである。
だけど練習が忙しく、部活にも顔を出せない。友達ともなかなか遊べずに、若干疎遠になっている。ひたすら練習練習また練習の日々が過ぎてゆき、いよいよ明日はリハーサル。実際に点火して回してみるという、ちょっとしたイベントだ。
実行委員になったことで、望み通りトーチがたくさんできた。だけど、代わりに大きなものを失いつつある気がする。それでも私は目を向けず、ひたすらトーチ練習に専念した。
ああーー。私、青春してるのかしてないのかどっちだろう。私は何をやってるんだろう。
バスケットのゴールを抜けていく夕日を見て呟く。いつの間に校庭に降りてきたのか、後ろから騒がしい声が聞こえてきた。
「珍しー! 熱田がたそがれてサボってるぞ!」
声の主は見ずともわかった。やたら高いテノールの声、木原だ。彼の嘲笑するような鼻の音が耳に飛び込んでくる。
言い返すのも睨み返すのもバカらしくて、ただ小さくため息をついた。
「終わったー! 生きてるー!」
すっかり真っ暗になった夜空に、メンバーの裏返った声がこだまする。無事に火点け練習を終えて、彼らは有頂天に達していた。と言っても、まだ両手にあるトーチ棒は燃えさかっている。演技自体は何事もなく終えられたことがとても嬉しいらしい。
私自身も興奮していた。今、本当に火を点けてトーチをしたのだ!
でもーー、さっき決めてしまった。私の演技はこれで終わりではない。
ふと高い叫び声が聞こえてきた。斜め前を見やると、そこには木原の姿。くすぶるトーチ棒をぐるぐる回して、「やりきったー!」と言っている。
正直、彼の演技は下手くそだった。技のタイミングは遅いわ、火に怯えたのか途中で固まるわ、後ろから見ていて散々なものだった。トーチ棒が体に当たって燃えなかったことがすでに奇跡のようだ。
そう、奇跡でしかないーー。なんであんたが無事なの?
2ヶ月の間、1日も休むことなく。
誰よりも遅くまで、誰よりも早くから練習していたのに。
首筋にジンジンと焼けるような痛みが走っているのは、そんな私だけなの?
トーチ棒を手にしたまま、そっと木原の体格の良い背中に近づいた。
もう迷いはなかった。
「もーえろよ、もえろーよ…炎よもーえーろ…」
私の唐突に口ずさむ歌詞、その間に切れ切れのテノールの悲鳴。燃え上がる巨体が転げ回って痙攣する。部活終わりの観客から金切り声が上がった。
「人が! 先生、人が燃えてるよぉ!」
トーチ棒を乱暴に放り投げ、騒がしい観客を押しのけて私は外階段を猛然と駆け上がる。ほころんだ口元から、笑いとも嗚咽ともつかない奇妙な音がこぼれてきた。
「あっひゃっひゃ…ひぐっ、えぐぅっ…! あははは、はぁうぐっ!」
昨日の夕日を見てから、ずっと見てみたい景色があった。今なら校舎の屋上から見られるはずだ。
今ごろ校庭では慌てふためいて消火活動が行われているに違いない。だけどそれは火に油を注ぐだけ。どういう意味かって、そのまんまの意味だ。灯油の入ったバケツと水の入ったバケツがすり替わっていることに、誰がすぐに気づけるだろうか。
力任せに屋上の扉を開け、爪先立ちして下を覗き込む。うずくまって火の玉になっている木原と、校舎の真下にそびえるバスケットゴールのネットが重なった。
そっと呟く。
「…シュート」
報われた。練習不足の下手くそは、実力の通りの結果に終わったのだ。
だけどこのシュートを入れたところで、私の得点になるものなどない。明日から私はトーチ練習には参加できないし、引き立て役にも似たメンバーと共に本番を迎えることもない。部長の肩書きは取り消しになるだろうし、友達も私を正常な人間としては扱ってくれないに違いない。
ああーー。
誰か教えてくれ。私は今、何を決めたんだろう。
ネットの中を、小さく透明なボールが一粒落ちていく。真っ赤に燃えさかるボールに吸い込まれ、消えていったそれは、唯一得点にカウントできそうな渾身のシュートだった。
ありがとうございました。
私は昨日火点け練習でした。一年ぶり四年目のトーチ、やっと火を使うことができて楽しかったです!
9日後の本番も頑張ります(^_^)ゞ




