プロローグ
ここは数ある国家にある一つの大きなお屋敷。
一つの国には名家や貴族などのお屋敷はいくつもある。
その中から見ればその内の一つなど、力や金がなければ何が起こっても特に気にはしないだろう。
それでも、私にとっては大事な居場所だ。
数ある中の名家でも下位の家だとしても、特に権力も金も無い家だとしても私が生まれ育った場所だ。
私にとっては思い出が詰まっている場所であり、大事な家族や信頼できる使用人等もいた。
...しかし、それも全部過去形として言い表さなければならない。
そう、全ては「だった」。
何故、何故こうなってしまったのだろう。
どうして今......私の目の前で私の居場所が燃え上がっているのだろう。
私だけが庭園に放り出されており、横に倒れて目の前の光景を見ていた。
今にも気を失いそうなくらいに意識が朦朧としていたが、それどころではない。
(早く......早く助けに行かないと......)
この瞬間にも屋敷の皆は助けを求めているかもしれない。こんな状態の自分が行っても無駄とは思っていたが、心配する思いが体を強引にでも動かしていた。
そこに一つの人影が屋敷から現れる。燃え上がる屋敷が後方にあるため、姿は影でしか見えないが丁度自分の兄と同じ様な体格をしていた。
もしかして...と思い、既に朦朧としていた意識を奮いたたせてこちらも少しずつ前へと前進していく。
そしてその影もゆらりゆらりとこちらへと向かってきた。やがて互いに距離を詰め、視認出来る距離になったと同時に止まって顔を上げた。
(あ...あぁ...)
だが、悲しくもそこには自分の兄がいるわけでもなく、
(違う......私の兄さんは...こんな表情なんてしない...!!)
居たのは不気味な笑みをしながらこちらを見下ろしている少年だった。
「おやぁ?こんなところにも生き残りがいたのか。しぶといもんだねぇ。」
自身よりも2サイズほど大きい服をダラダラと着こなしながら立っている。
そして何よりも腰に下げていた一本の日本刀が 一番の印象だった。
業火を背後に照らされるそれは不気味に光っており、こちらを睨んでいるようにも見えて震えが止まらなかった。
「ま、俺に見つかってしまったのも運の尽きってやつか。これも命令なんでねぇ。幼い君には悪いがここで死んでもらおうかぁ?」
少年はしゃがみ、私の頭を掴んで強引に上げさせた。腰にさげてある日本刀を抜いて、私の首元へと突きつける。
「あぁー別に悪いとは思ってねぇけどな?恨むんなら神様でも恨んどけよぉ!」
少年は高々と笑いながら刀を振り上げ、私の首元へと振り下ろした。
...これで終わりか、と。最後には家族にも会えずに私は死んでしまうのか。誰かも分からない悪党に襲われて、命を奪われてしまうのか。
最後は目を瞑り、歯を食いしばる。見えてはいなかったが、ゆっくりと時が進んでいく感じがしていた。
ーーーキィン。
しかしその一太刀は私に届くことはなかった。妙な金属音がしたため、目を開けてゆっくりと顔を上げる。
目の前にいたのは少しガタイの良いの青年。右手に大剣を持ち、左手には1丁の銃が握られていた。
「おいおい、どこの誰かは知らないがこんな幼い女の子に手を出すのはおかしいんじゃないのか?」
その青年は追撃として銃から数発、弾を発砲する。相手の少年は刀で弾きながらも後ろへ後退していく。
「そっちこそ誰かは知らねぇが邪魔すんじゃねぇよ。こっちは仕事で来てんだ。」
「そんなもの知るか。これ以上このお嬢さんを襲うって言うんなら俺が相手するぜ?」
そう言って右手の大剣を少年に突きつけた。
一体何が起こったというのか。先程の一振りで私は死んだのかと思っていた。
だが、こうして生きている。この状況から見るに目の前にいる男が助けてくれたようだ。
「...ちっ。興が冷めた。今日のところは引かせてもらおうか。」
「あぁ、そうするのが賢明だな。よく自分の実力が分かってるじゃないか。」
「いちいち一言が多い奴め...。だがな、次に会った時は覚えておけ。必ずテメェを殺してやる! 」
最後に少年はそう言い放って消えていった。
青年はふぅ、と一息ついてから銃と剣をしまう。
(転移魔法まで使いやがるのか。思ったよりも厄介そうだ。...っと、考える前に。)
「よぅ、お嬢ちゃん。大丈夫か?大きな外傷はなさそうだが。」
青年が私の前で片膝をついて語りかけてきた。
先程の少年とは違い、敵意はなさそうだ。安心して思わず気が緩み、意識を失いそうになったがまだそうなるわけにはいかない。
「や....屋敷のみんなを...」
「ん、どうした。聞いてやるからゆっくり言ってみろ。」
青年は私の顔の前に自分の耳を傾けてきた。
遠のく意識をさらに奮い立たせ、残る力を声に変えて振り絞って言い放つ。
「屋敷の...みんなを......助けて!」
「...あぁ、任せな。とりあえずお嬢ちゃんは休むといい。」
最後に言い放った言葉は青年へと届いたようだった。
優しげな表情で私を見つめて頭を撫でてくれた。
この人に任せておけば一先ずは大丈夫だろう...と。
ようやく心が落ち着き、安心した私はスッと意識を失った。