脚フェチな彼の特訓4
翌日の放課後。
俺は正源司と2人で部室にて、長机を挟んで向かい合って座っている。
桜木谷先輩はクラス委員の仕事があるとかで、今日の部活は中止になったにも関わらず、である。
外は梅雨らしく朝からしとしとと雨が降る生憎の天気で、外の部活の威勢の良い掛け声や金属バットの快音は聞こえてこない。
普段だったらさっさと帰宅しているところだが、こうしてワイルド系イケメンと部室で2人きりでいるのは、勿論親睦を深めようという訳では無い。
昨夜お光と光世に切り出された話を、同じ付喪主の視点を持つ正源司に相談しようと思った為である。
べ、別に相談できる友達が誰もいないって訳じゃないんだからねっ!
「アホか」
「うるさい。勝手に他人のモノローグに口を挟むな。そんな事より、まあ話と言うのは今説明した通りの内容だ。どう思う?」
俺の問いかけに対し、そうだなーと言いながら、正源司はパイプ椅子の背に体重を預ける。
ギシリと椅子が軋む音が部室に響いた。
「ま、悪くねえんじゃねえの? 2つに分かれてたってのがそもそも不自然な状態だったんだからよ」
「それは……まあその通りなんだが…………」
「つーかお前が迷ってるだけだろ? 家族同様だった連中が変わっちまうって事に」
「………………」
しれっとした顔で言い切った正源司に、俺は何も言い返せなかった。
その指摘が、ズバリ核心を突いたものだったから。
「図星だろ? まあ俺はそこんとこの事情ってのが良く分かんねえからさ、別に戻したくねえってんならそれでも良いんじゃねえか、っては思うけどよ」
正源司はそう言うと、脚を組み直して自販機で買ってきたペットのコーラを口に運んだ。
「けど付喪主としての立場から言えば、そりゃ元に戻せるんならそれに越した事はねえな」
「そう、なのか?」
「いや当たり前だろ。壊れてるのと壊れてねえのと、どっちが良いかなんて考える以前の話じゃねえか」
「そ、りゃそう、だけど……でも、融合させれば問題無いだろ?」
「んー……ぶっちゃけお前のあれ、厳密に言えば融合じゃねえんだよな」
「え?」
思わず聞き返した俺に反応して、背もたれに寄りかかっていた正源司が身体を起こして顔を近づけて来た。
「元々融合ってのはな? 全く異なる複数の付喪神を1つにするって技なんだ。でもお前、お前のは元々1つだった付喪神を元に戻すだけじゃねえか」
「そう……なのか?」
「おう。例えばそうだな…………例えばガンダムとバズーカ砲を融合させたらガンキャノンになるとするだろ?」
「……それ良い例えか?」
「まあ聞けって。だから俺が言いたいのは、全然違う2つのモノを1つにして両方の良いとこ取りをするのが融合だ、って事だ」
「この場合弱くなってる気が……」
「でもお前の場合は、上半身と下半身とコアファイターに分かれてたガンダムをちゃんとした状態に戻したってだけの話なんだよ」
「!」
例えは多分全然良く無いんだろうけど、でもその説明を聞いて俺はハッとした。
「何となくイメージつかめたか? まあ融合と全然違うってもんでもねえけどな。実際復元出来なくなった状態の得物を、そんな風に1つの付喪神にする事もあるからな」
「だったら……」
「だからまあお前の今の使い方でも別に構わねえって話さ。でも本来融合ってのは、それぞれの付喪神の強みだけを選りすぐって、より強力な付喪神を顕現させるのが目的なんだ。パワー型とスピード型を掛け合わせてパワーとスピード両方凄えのを喚び出す、とかな」
「じゃあ俺の融合はどういう事なんだ? 確実に強くなってた筈だ」
「強くなったのは間違いねえ。でも、あれはパワーアップっていうより、元々持ってた強い力を取り戻したってだけだろうな」
「元々持ってた……」
「十中八九な。元々10あった力が5と5に分かれてて、それがくっついて10に戻った。別々だった5の力から見れば倍の強さになったように見えるけど、って感じか?」
「そう、だったの、か…………」
正源司の説明を聞き終えて、俺は力無く答える事しか出来なかった。
あの時。
正源司の付喪神、大蛇丸を一刀の下に斬り捨てたあの強さは、大典太光世本来の強さだったという事だ。
冷静に考えれば、その事にすぐ気が付けたかも知れない。
そもそもあの刀は国宝になるくらいの価値があって、しかもかの有名な剣豪柳生十兵衛が所有していた、紛れも無い業物中の業物だ。
格上とは言え全力を出していない状態の正源司の付喪神に、後れを取る事なんて最初から無かった。
部室の中が静まり返り、少し強くなった雨音だけが聞こえている。
俯いているから定かではないが、正源司も俺が口を開くのを待っているようだった。
そのまましばらく沈黙が続き、おもむろに俺は話始めた。
「……どう、したら、良いんだろうな」
「そうだな……ま、どっちでも良いんじゃねえの?」
「随分他人事な言い方だな」
「実際他人事だもんよ。つーかお前が決めなくて誰が決めんだって話だろ。さっきも言ったけど家族の話なんだろ? 逆に俺が首突っ込んで良いのかよ」
「それは……まあ、そうだよな……」
「冷てえ言い方かも知んねえけど、これはお前自身が解決しなくちゃなんねえんだと思う。誰の手も借りずにな。客観的なアドバイスくらいならいくらでもしてやるけど」
「……………………」
全く持って正源司の言う通りだった。
これは俺達家族の問題であり、ひいては俺個人の気持ちの問題だ。
実際問題お光と光世が2人いる事で何か不都合がある訳では無い。
実際の戦闘でも本来的な融合とは異なるものの、元の力を取り戻せる事もはっきりしたし。
「ま、2人いれば視姦の対象が多くなるってのはあるけどな」
冗談で正源司は言ったが、極端な話デメリットなんてその程度のものだ。
総合的に考えて、結論なんてすぐに出てしまう問題。
でも、俺は――
「なあ総一郎」
俺が1人で悶々としていると、ふと正源司が話し掛けてきた。
「何だ?」
「お前さ、やっぱ知識も経験も圧倒的に足んねえな、付喪主としての」
「何だよ、急に」
「1回俺の師匠に会ってみねえか? そしたら何かつかめるかも知んねえぜ?」
「師匠? 付喪主の、か?」
「おう。俺の師匠だ」
そう言った正源司は、らしくない爽やかな笑みを見せていた。
よろしくお願いします。




