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脚フェチな彼の特訓2

「まだ可能性が高い、という段階ではあるんだけどね」

 田んぼkら吹き抜ける爽やかな風が、先輩の艶やかな黒髪を揺らしている。

 立ち話も何だから、と家に上がるよう勧めたが、

『折角の良い天気だから』

 という一言で、そのまま猫の額程の庭に移動して、芝生に車座になって座り込み先輩の話に耳を傾けていた。

「ニュースとして取り上げられてはいないが、1週間程前に帝都の国立博物館から所蔵品の三日月宗近が紛失するという事件が発生して、警視庁が特別チームを組んで捜査にあたっていたんだ」

「え、それ初耳っス」

 そう言ったのは正源司。

 再び喜由の椅子になろうと申し出たが、キモい、と一刀両断されて俺の隣でつい今しがたまでうな垂れていた。

「いや、実のところボクも昨日の夜黒井さんからのメールで初めて知ったんだ。昨日事務所で仙洞田君に言い忘れたからついでにボクから伝えてくれないか、とね」

「そんな大事な事を言い忘れるなんて…………」

「意外と抜けているところも多いんだよ、黒井さんは」

「で? その三日月が失くなったのがたっきーの仕業だってどうやって分かったんでござる?」

 少々話が脱線しかかったところで、正源司とは反対側の俺の左隣に座った喜由が口を開く。

「ああすまない。で、だ。事件発生からまだ1週間程度しか経過していないにも関わらず、本件の捜査に関しては全面的に特機に引き継がれる事になったんだ」

「何か理由でもあるんですか?」

「理由も何も、最初から特機うちの管轄だったんだよ」

「最初から、ですか?」

 涼しい顔で言い切った先輩に問い掛ける。

「うん。そもそも五剣が狙われているのは分かっていたからね。当然その所在地にも相応の警備体制を整えていた。真物の大典太は仙洞田君が所有して近くには黒井さんも控えているし、鬼丸国綱は皇室所有の御物だから元々厳重な警戒態勢が敷かれている。童子切もかなり特殊な環境にあって鬼丸レヴェルの警備が施されている」

「じゃあ宗近の警備だけが手薄だった、という事なんでしょうか」

「んな訳ねえだろ。国立博物館なんて本部のおひざ元にあるんだぜ? それでなくてもお宝の山なんだ。普段から選りすぐりの精鋭が護ってんだよ」

「正源司君の言う通りさ。特に警戒対象として結界なんかも特別なものが敷かれていたんだ。だけど失くなってしまった」

「どうやって、ですか?」

「それが分からなかったから、まずは“警察”の仕事だったんだよ。何せ他の物的損害も人的被害も一切無かったらしいからね。あり得ない事だが、内部関係者の犯行じゃないか、っていう疑いがかけられたんだよ」

「成程……だけど犯行を裏付けるものは何も無かった」

「そう。そして改めて精査してみると、厳重に施された結界に一部綻びが見つかった。何者かの手が加わった痕跡と共にね」

 そこまで話すと、先輩は手にしていたペットボトルをぐっとあおった。

 ちなみに先輩が飲んでいるのは自分で用意してきたスポーツドリンクだ。

 勿論仙洞田家の水道水では無い。

「それで特機が本格的な捜査に乗り出した、という訳だ」

「そうだったんですか……でもまだ滝夜叉姫の仕業だという証拠は得られていない、と」

「まさしく。しかし可能性としては限りなく100に近いパーセンテージだろうというのが本部の見立てだ。当然だろうけどね」

 確かに。

 と言うよりも、他の可能性を考える方が不自然だろう。

 国立博物館なんて、他にも重要文化財や国宝といったお宝がゴロゴロしているような場所だ。

 三日月宗近だって相当の価値があるのは当然だが、数多の所蔵品の中から敢えてその刀だけを、しかも他の物よりも厳重に警戒されているような状態の物を、わざわざ狙うと言うのも考えにくい。

 まあ警戒が厳重だから敢えて選んだ、という線もあるかも知れないが。

「本部も事態を重く見て、警戒レヴェルを引き上げるそうだ。帝都では目下行方が分からなくなった三日月宗近の捜索と、次の被害を防ぐ為にかなりの人数が割かれているらしいね」

「こないだの喜由たその件から立て続けっスね」

「そうだな。恐らく正源司君の異動も、これらの件と無関係という訳では無いだろう。聞けば今回の異動は黒井さんの肝いりだったそうじゃないか。とすれば、この事態をある程度予測していたのかも知れない」

「ま、おやっさんは何んにも言ってくんねえから分かんねーんスけどね」

 両足を前に投げ出して、両手を後ろにして体重を支えるようにしながら、正源司が空を仰いで言った。

 しかし、どうやら思った以上に事態は逼迫してきているようだ。

「でもそういう事なら、なおさら悠長に構えている余裕も無いんじゃないんですか?」

 俺は正源司から視線を戻して、先輩に問い掛けた。

「そうだね。でも、“だから”なのかも知れない」

「どういう事ですか?」

「切羽詰ってきたからこそ、ジタバタせずにどっしりと構えていよう。そういう魂胆なんじゃないかな? 黒井さんは」

 俺から視線を外して、風が吹き抜ける田んぼの方を見ながら、先輩がそう答えた。

 その回答を聞き、成程、と思う。

 確かに事態は悪い方に動きつつあるのかも知れないが、ここで俺一人が慌ててもどうにかなるものでも無い。

 むしろ俺がヘタに動き回れば、かえって足手纏いになってしまう可能性の方が高い。

 篠宮との戦いの時、芝居だったとはいえ桜木谷先輩からも指摘を受けていたじゃないか。

「まあホントのところは分からないけどね。あの人も飄々としているから。でも、ボク達に出来る事が限られているのもまた事実だ。だからこそ、目の前にある今出来る事を、ちゃんとクリアしておかないとね」

「そうですね。その通りだと思います。まずは俺自身が強くならないと」

「おし、じゃあ話がまとまったところで再開すっか。次筋トレからな」

「えっ」

「ったりめーだろーが。今自分で言ったばっかだろ? 強くなんねえと、って。おら、始めっぞ。立て総一郎」

「お、おい分かったよ、自分で立つって」

「うんうん。しっかり鍛えろよ、兄者」

「いや、何でお前はそんな他人事なんだよ。お前だって俺と立場は一緒じゃないか」

 まるで自分は無関係だと言わんばかりに、俺の水と一緒に持ってきていた源氏パイをさくさくとかじりながら、喜由が言った。

「拙者は別格だから。むしろ超即戦力だし」

 そうだった。

 あまりにもこれまでと何も変わらないから忘れていたが、コイツは白面金毛九尾の狐としての力を取り戻していたんだ。

 結局封印が解けた訳では無いから100%復活とは行かないらしいが、確かに即戦力足り得る実力はあるだろう。

「そういう事だ、仙洞田君。さ、まずは腕立て伏せ30回を3セットからいこう」

「先輩、腕が折れてしまいます」

「大丈夫、折れたら治してあげるよ。ボクの力では完治とまではいかないが、そこそこくっつける事は出来る」

「そこそこじゃちょっと……」

「ごちゃごちゃ言ってねえでさっさとする! ほら、早く這いつくばれ!!」

「痛てて! 分かった! やるから! やるから手を離してくれ!」

 そして特訓は再開された。

 最低限のメニューだけという事だったが、結局全メニューを終了させる頃には、日が沈もうとしていた。

 当然その夜、全身の痛みで眠れなかったのは言うまでもあるまい。


よろしくお願いします。

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