脚フェチな彼のバイト2
「この際だからハッキリ言わせてもらうが、君達は何てバカなんだ」
部室にて。
長机を挟んで俺と正源司の正面に座る桜木谷先輩が、本当に呆れた様子を見せながら言い放った。
俺と正源司に後れて部室に到着した先輩は、何やら険悪なムードが漂っている俺達に、その理由を尋ねてきた。
そして、事の次第を詳らかに説明したところのセリフである。
「けど姐さん、いくら何でも裸足より靴下とか履いた足の方が良いなんてあり得ねえッスよ。だって言ってみりゃ裸と服着てるくらいの差ですよ? そんなん一目瞭然でしょうよって話じゃねえッスか」
「それは違う。例えば全裸よりもチラリズムの方がよりエロスを感じる事だってあるじゃないか。裸足の魅力を否定するつもりは無いが、白ソックス脚の清楚さや黒ストッキングの妖艶さは言葉では言い表せないエロティシズムがあると断言出来るぞ?」
「つっても所詮靴下なんざ格下――」
「そもそも裸足が一番という考――」
そこから喧々諤々のディベートが展開される。
どれくらいの時間が経過しただろう。
突然、
「いい加減にしないか!!」
ばん、と先輩が机を叩いて勢い良く立ち上がった。
「女の脚がどうのこうのといつまでも延々と下らない言い争いを続けて!! そもそもボクの前で堂々と自分の性癖を自慢し合うなんてどういう神経してるんだ!? ボクは女子だぞ!! まるっきり配慮無しとはデリカシーが欠け過ぎじゃないのか!?」
そう先輩が言い放ち、部室が静まり返った直後。
カキーン、と金属バットの快音が聞こえてくる。
声を荒げ、眉を吊り上げてエラい剣幕で捲し立てた桜木谷先輩。
いつもながら、激しい怒りの発露にも関わらず、しかしその美しさは寸分の失われてはいない。
美の奇蹟というものを、今日も目の当たりにしてしまった。
「……姐さん、こう言っちゃ何なんスけど……怒ってても美人ッスね」
「!?」
俺は正源司の一言に、弾かれるようにして勢い良く振り向いた。
「? 何だよ」
「いや、俺も全くの同意見だったからつい…………」
「君達……………………」
先輩は、深く深く溜息をついて、まるで全身の力が抜けたかのようにガックリと椅子に座り込んだ。
「仙洞田君だけでも神経がすり減っていたというのに、更に同じようなタイプの後輩が現れるとは……」
物憂げな表情で俺達を見やる先輩。
愁いを帯びたその表情も格別である。
ふと右隣の正源司の様子を窺うと、どうやら俺と似たような感想を抱きながら先輩を見ているようだった。
やはり根源的には同じフェチを持つもの同士。
その感性も、やはり似通ってしまうものなのだろう。
「さて、いつまでもこんな下らないはなしをしていないで切り替えよう。君達も今後そのテの話がしたいのなら、いっそ家に帰ってからにしてくれ」
「分かりました」
「オッケーっス」
俺達の返事を聞いて、一つ頷いてから先輩が話を始める。
「まずは組織の名称だが、正式名称を“敵性人外種並びに特殊能力犯罪者対策特別機関”という。通常ボク達は“機関”とか“特機”と略して呼んでいるが」
「中々に仰々しいネーミングですね」
「ふふ、まあね。そして以前君には“警察組織の中に存在する”と言った事があったかと思うが、それはフェイクを入れた説明であって事実とは異なる。実際には警察とは一線を画す存在だ。警察は警察庁の管轄であるのに対し、特機は宮内庁管轄になる」
「え、警察じゃないんですか?」
「まさしく。犯罪の取り締まりや予防といったいわゆる警察活動を実施する組織ではあるものの、そのルーツをたどれば平安の昔に存在した陰陽寮にまで辿り着く事が出来る組織だ。権力の移ろいにより、時に朝廷時に幕府とその母体は変遷を重ねてきたが、武家政権の終焉と共に、最終的には元鞘とも言える朝廷に帰属する事となった。そう言った経緯で宮内庁の管轄であり、更に言えば皇帝陛下直轄の組織と称しても過言では無い」
「皇帝陛下の…………」
我が国の象徴であらせられる皇帝陛下の直轄。
これ以上無いであろう権威があったとは。
予想外のスケールの大きさに、俺は言葉を失くしてしまう。
「だからこそ迂闊に存在を明かす訳にはいかないんだ。例え触りの部分だけを話す場合にだって、細心の注意を払う必要がある。故のフェイクを織り交ぜた説明だったんだよ」
「成程……」
俺は溜息をつきながら、パイプ椅子の背もたれに背中を預けた。
先輩も一息ついたのか、用意してあったペットのお茶の蓋を開けて口元に運んだ。
「だから、なんだろうな。警察とは仲悪ぃんだ、俺ら。やたらと敵視されてんだぜ?」
少しの沈黙の後、正源司が言った。
「そうなのか……って、え、ちょっと待てよ。警察は特機の存在を認識してるって事なのか?」
「あくまで限られた範囲ではあるがね。勿論地方警察のいわゆる“お巡りさん”程度の警察官には知らされていないよ。大体は警視正以上、つまり国家公務員とされるエリートクラスの警察官くらいだね」
「では、そのエリート達に嫌われている、と」
「まあよ。そのエリート様はお偉いさんだから本来なら現場で俺らと顔を合わせる事もねえんだけどな、でもまあどっかからかそういう情報を嗅ぎつける連中ってのは居てよ。そういうのがうるせえんだ」
「向こうにしてみれば縄張りを荒らされるように感じるんだろうね。異能や怪異の絡んだ犯罪なんて自分達には手に負えないものではあるが、それでも本来自分達の仕事を他人が堂々と横取りしていくんだから」
「けどそれは仕方の無いことでは?」
「その通り。でもね、そんな素直には認められないプライドがあるんだよ。些末な事だと思うんだけれど」
そう言って、溜息をつく先輩。
プライド。
先輩はそう言った。
しかし俺は、警察のエリート達の気持ちを理解出来る。
自分の力が及ばない時、他人がその領域に易々と達しているのを目の当たりにしたとすれば、心中穏やかで居られる筈が無い。
忸怩たる思いを抱くのも当然だ。
事実、俺もこれまでの戦いの中でそんな思いをずっとしてきた。
自分にもっと力があれば、と。
持たざる者の悩み、というヤツだ。
よろしくお願いします。




