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脚フェチな彼のバイト

 翌朝。

 と言うより、あれから数時間後。

 朝のHR。

「正源司小次郎っス!! よろしくお願いします!!」

 こちとら寝不足で頭痛までしてるくらいだというのに、やけに威勢の良い挨拶の声が教室に響き渡る。

 そして続く歓迎の拍手や声。

 何がどう間違ったのか、昨夜真剣勝負を繰り広げた相手である正源司が、我が学び舎の学友として再登場した次第である。

「よろしくな!! 義兄貴アニキ!!」

 しかもよりによって隣の席になる始末。

 鬱陶しい事この上ない。

 それから始まった拷問に等しい時間は午前中いっぱい続いた。

 授業が始まるまでの短い時間にも人だかりが出来上がり、休み時間にも人だかりが出来上がり、ようやく昼休みに至って解放された。

「いやーこの学校可愛いコ多いんだな、おい!! 転校してきて良かったー!! 大当たりだぜ!!」

 と思いきや、唯一の憩いの空間である日本史同好会の部室にまでついて来やがった。

「何なんだよ、何で俺に付き纏うんだ」

「そう冷てえ事言うなって義兄貴。俺様達の間じゃねえか」

「ふふ、君達すっかり打ち解けたようだね」

 長机に隣り合って座る俺と正源司。

 その正面に着席している桜木谷先輩が、微笑ましげに言った。

「そんな訳ないじゃないですか…………」

 深々と溜息をつきながら答える。

 昨夜、というより本日未明だったが面倒だから昨夜で良いか。

 昨夜、突然何を思ったか、今隣でガツガツとデカい弁当を貪っているこの男が、喜由にプロポーズをしやがった。

『九尾ってこんなマブい女だったのかよ!! 惚れた!! マジで惚れた!! 頼む!! 俺何でも言う事きくから結婚してくれ!!』

 俺が間髪入れず正源司の頭を引っ叩いたのは言うまでもあるまい。

『俺が悪かった!! いくら指令だからってこんなイイ女を始末しようとしてたなんて……俺はとんだ大馬鹿野郎だ!! 許してくれ仙洞田!! いや……お義兄様!!』

 そのままもの凄い勢いで土下座してみせた。

 俺が間髪入れず正源司の頭をもう一発引っ叩いたのは言うまでもあるまい。

「いやー辞令で転校してきた先で、まさか将来の嫁に出会うとはなー。運命ってあるんだなー、マジで」

 それからずっとこの調子だ。

 いい加減ツッコむのも嫌になってきた。

『妹君、ひょっとして何か正源司君に……』

『いやいやいやいや、何もしてねーっスよ!! 何この人!! 仕方無いけど!! 喜由たそ激マブだから仕方無いけど!!』

 当初は喜由の妖術を懸念した先輩だったが、どうやら検討違いだったらしい。

 真実正源司は、素の状態で喜由に一目惚れしたのである。

「しかもこれからは“チーム”だ! 運命って凄えよな! 義兄貴!」

「だから“あにき”はやめろって。俺はお前みたいなガラの悪そうな弟を持った覚えは無いし今後も持つ予定だって無い」

「かーっ、つれねーなー! わーったよ、じゃあ総一郎ってとこで妥協しといてやるぜ」

 最初から割と話しやすい相手だとは思っていたが、ここまで馴れ馴れしいとは思わなかった。

 仕方無かったとはいえ、こんなヤツと組む事になるとは。

 半ば正源司を無視しつつ弁当の卵焼きに箸を伸ばす。

 そしてもぐもぐとその卵焼きを食べながら昨夜の事を思い返してみた――

『よし、正源司君を黙らせたところで改めて今後の話をしよう』

 異能で正源司を黙らせた先輩は、少し表情を引き締めて切り出した。

『仙洞田君、さっきも言ったが妹君の追討命令は一旦白紙になった。理由も伝えた通りだ。但し、これには条件がある』

 先輩のそのセリフは、ある程度予想出来たものだった。

 当然だろう。

 伝説級の大妖怪が、無条件で解放される訳が無い。

『何、無理難題を押し付けようって事は無い。至ってシンプルさ。仙洞田君、君には妹君共々ボク達の組織に所属してもらおう。それが条件だ』

 先輩がズバリ提示した喜由解放の条件。

 それは他でも無い。俺と喜由が、先輩達の組織の一員となる事だった。

『悪く無いとは思うが。それに珍しい事じゃ無くてね。強力な能力の使い手は、それだけ貴重な即戦力に成り得る。前例だってそれなりにあるんだ』

 勿論可能な限りリスクが排除されているケースに限るが、先輩はそう続けた。

 白面金毛九尾の狐。

 敵に回せば厄介な事この上無い存在であるが、味方にすれば、その強大無比な妖力は何物にも代え難い切り札になる。

 そんな損得勘定だろう。

『特に妹君の場合、仙洞田君の付喪神でもあるしリスクも極めて少ないだろうという判断だ。勿論上層部の総意、という訳でも無いとは思うが。身近に置いておけは常時監視が可能という理由も当然ある事だろうし』

 溜息と共に先輩が言った。

 いかにも考えられそうな理由に、俺も深く共感した。

 まあそんな訳で、あれよあれよという間に俺も秘密組織の一員となってしまった次第。

「当分の間はボクや正源司君のサポートとして働いてもらう事になるだろうね。そう難しく考える事は無いさ」

「……だと良いんですけど」

「心配すんなって。ぶっちゃけ昨日みてえな大捕り物なんてまずほとんどねえから。やってみっと分かるとは思うけど、マジでつまんねえ事案ばっかだぜ?」

「正源司君の言う通りだ。月に1件あるか無いかだよ、大物案件は」

「まあでも喜由たその1件はかなり特殊だったけどな。正直あそこまでデカいヤマは俺様も初めてだったしな」

「本当か? どうでも良いが喜由たそってお前……」

「昨夜片付いたからまだ良かったけどな。ホントだったら今夜あたりにも本部の精鋭部隊が派遣されてくる予定だったんだ。そうなったらまず手遅れだったな」

「本部の、精鋭………………」

 正源司の話を聞いて、心底ゾッとした。

 無理を承知で昨夜の内に動いておいて、本当に良かった。

 一歩間違えれば取り返しのつかない事になっていただろう。

「そんな大事件はそうそう無いって話さ。まあ詳しくは改めて黒井さんから話してもらうけどね」

「そう言えば先輩、1つお聞きしたいんですが」

「何だい?」

「そもそもその“組織”ですけど……俺、全然知らされてないんですが…………」

 何やら大層な集まりだという程度の認識は持っているが、それ以外には何も知らない。

 例えば、その組織の名称なんかも、だ。


よろしくお願いします。

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