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脚フェチな彼の妹11

 気が付けば、月もだいぶ西に傾いている。

 深夜、というりも未明と言った方が良い時間帯になっているんだろう。

 流石に瞼が重くなってきているが、しかし何となくすぐに帰ろうという気にはなっていない。

 恐らく純粋な興味からだろう。

 喜由が、白面金毛九尾の狐が、元の姿に戻るという事への。

「さ、おいでお前達」

 そう言って、喜由が芝生に膝立ちの姿勢になり両手を広げた。

「ほんたいー」

「ほんたーい」

 2号と3号がててっと駆け寄って喜由に抱き付いた。

「久し振りだね、3号。元気だった?」

「元気だったけど石の下に封印されてたー」

「あたしもいっしょー」

 何と言うか。

 実に悲壮感の無い口調で結構な事をさらりと言ってのける2号と3号。

 感動の場面の筈なんだが。

「そっか、1人で寂しかった?」

「それなりにー」

「そこそこはー」

「だよね。ゴメンね、迎えに行けなくて。っていうかホントはね、ずっと迎えに行かないでおこうかなって思ってたんだ」

 しかし、その喜由の一言で場の空気が少し引き締まった感じがした。

「2人にはホントに悪いなって思ってるんだけどね、あたしはほら、1人じゃなかったでしょ? 娘にとことんゲロ甘な父者が居て、キツい事言ったりするけど基本娘にゲロ甘な母者が居て、学校には友達だってたくさん居てさ。あと結構どうでも良い感じだけど脚フェチでムッツリな上にロリ疑惑のあるシスコンのメガネも居たっけ」

お約束は鉄板だった。

「最初はね、適当な時期見計らって元に戻ろうと思ってたんだ。でもね、初めて“家族”っていうの実感して、あたし、このままの方が良いかなって思うようになったの。昔みたいに好き放題はっちゃけて贅沢三昧してた頃よりも、何かずっと居心地良くってさ」

 優しく2号と3号を抱き締めたまま喜由が続ける。

「手離したくなくて。だから、人間としてここで果てようって。2人には本当に申し訳ないって思ったけど」

「何となく気が付いてたー」

「それとなく分かってたー」

「だよね。自分だもんね。でも、2号が会いに来てくれて、思ったんだ。やっぱり元に戻んなきゃ、って。だってずっと1人なんて寂しいもんね。家族の暖かさ知らないままなんてもったいないもんね」

 静かに語る喜由の様子に、俺達は誰も口を開こうとしなかった。

 何も言うべきでは無いと理解していたから。

「だから、戻ろう? 随分またせちゃったけど、もう大丈夫だよ。これからはずっと一緒だからね」

「ずっといっしょー」

「これからずっとー」

 自分達を両手に抱える喜由に、2号と3号がひしとしがみつく。

 互いに強く抱き合っている3人の光景に、俺達が言葉を失くしていると、その内3人が光に包まれ始めた。

 ぼう、と闇の中に浮かび上がるように。

 そしてその周りを、ホタルのような光が無数にくるくると舞うように飛び交っている。

 次第に輝きを増していく、喜由達を包む光。

 とうとう直視できないくらいの輝きが放たれて、堪らず瞼を閉じた時だった。

「うっ!?」

 一陣の風が吹き抜けた。

 それと同時に瞼を焼く光が無くなった事を悟り慌てて目を開けると、そこにはただ1人だけとなった喜由が、西に傾いた月明かりの柔らかな灯りの下に佇んでいた。

「……喜、由。2号と3号……は……?」

 まるで眠っているように目を閉じている喜由に、俺は恐る恐る尋ねる。

「ここにいるよ」

 そう言った喜由は目を開けて俺に顔を向けながら、そっと右手を自分の胸においた。

「by青山テルマ」

「バーロー、色々と台無しだよ」

「ふひひっ、照れ隠しさっ!」

「とうとう戻ってしまったか………………」

 いつもの調子の喜由とのやり取りでいくらか空気が和んだかと思ったら、先輩が呟くようにポツリと言った。

 しかし――

「とは言うものの、そんなに変わったようにも見えませんけど」

 むしろ全く変わっていない、と言っても良いかも知れない。

 学校指定の体操服姿だし。

「何言ってやがんでい。ほれ見ろ、このふっさふさでもっさもさの尻尾ズを」

 俺の指摘を受けた喜由が、ムッとしながら尻を向けてきた。

 端から数えてみると、確かに9本の立派な毛並みをした尻尾がある。

 ゆらゆらと揺れているそれは、喜由の姿をすっぽりと覆い隠してしまうくらいだ。

「椅子に座るの大変なんだぜ?」

「いやそれは知らんが……でもその他にはこれと言ってビックリするような変わったところ、見当たらないじゃないか」

「乳も少しデカくなってるけど?」

「そういうんじゃなくてだな……」

 元々乳にはそこまで興味も無いし。

 それは置いておくとしても、正直劇的な変化が起こるものだと、不謹慎ながら多少なりともワクワクしていたんだが。

「仙洞田君、君にはまだ分からないかも知れないが……白面金毛九尾、これ程のものとは思わなかったよ」

 先輩が、いつになく真剣な表情を見せながら話し始めた。

「別人、と言っても差し支えないレヴェルだ。正直今すぐにでもこの場から逃げ出したいくらいさ」

「え…………そんなに、ですか?」

「それでも相当に抑えているんだろう? 妹君」

「ふひひっ、買い被り過ぎだって先輩ちゃん殿。拙者は単なる人畜無害のケモ耳JC喜由たそでござる~」

「……敵わないな。しかし、これが伝説の大妖怪の………………」

 どことなく顔色が悪くなっているようにも見える先輩に対し、あくまでもいつも通りのテンションで応えている喜由。

 俺には至って普段通りの妹にしか見えないが、まだまだ俺の修行が足りないという事だろうか。

 と、その時ふと思い出した。

「おい、正源司。さっきからやけに静かだが……やっぱりお前もこの事は知らなかったのか?」

 俺の呼び掛けに、先輩と喜由も反応して、3人の視線が正源司に集まる。

 その当人は、未だ口をあんぐりと開けたまま喜由を見つめて微動だにしていなかった。

「おい、正源司? どうしたんだ? ……先輩?」

「いやボクも分からないが……確かに黒井さんからの指示は正源司君にも秘密にしていた事だ。驚いても止む無しではあるんだけどね。でもここまで驚くとは予想していなかった」

「おーいツンツン頭の新顔君殿、生きてるかーい? 息してたらヘイとかグーとか言ってみるでござるー」

 正源司の目の前に移動した喜由が、顔の前に右手をかざしひらひら動かして意識を確かめている。

 と、

「うおっち」

 やおら、正源司がその喜由の右手を両手でがっしと握り締めた。

 そして、

「えーっと。何ぞ? これ」

「け…………」

「け?」

「け、け……結婚してくれっっ!!」

 とんでもない事を抜かしやがった。


よろしくお願いします。

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