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脚フェチな彼の妹10

 月明かりに照らされた喜由の艶やかな茶色の髪。

 から生えている狐耳がピクリと動く。

 視線を下に移すとフサフサとした3本の尻尾があった。

 狐モードのまま突然姿を現した喜由に、俺はただ茫然とその後ろ姿を見ている事しか出来ないでいる。

「3ごーう」

 聞き覚えのある声に振り向くと、2号が駆け寄ってくるのが見えた。

「あ、2ごーう」

「おい喜由、2号も連れて来たのか?」

「うん。感動のご対面に1人だけ仲間外れとか切ないっしょ?」

「いや、そうかも知れんが……っていうか何しに来たんだよ。何の為に俺がお前達を置いて3号を探しに出たと思ってるんだ?」

 わざわざ自分達を狙っている敵の前に揃って姿を見せるなんて、自殺行為としか言いようが無い。

「そういきり立つなって。取り敢えず先輩ちゃん殿と話してからな。ほらよ、ついでにメガネだ。拾っといてやったぜ?」

 詰め寄ろうとする俺をあしらいながら、喜由がひょいと俺にメガネをかけた。

「この場面で全員揃い踏みとはね。まさかとは思うが……妹君。“自首”でもしてくれるのかな?」

「う~ん、近いかも」

「はあ!? おい喜由! お前どういうつもりなんだよ!!」

「まあまあ、時に落ち着けって兄者。挨拶代りのミクロネシアンジョークでござる。んじゃボチボチネタばらしといきますが、先輩ちゃん殿」

「ふふ、そうだね」

「立ち話もなんだけど、特に座るとこも無いからみんな立ち話で勘弁な?」

「ネタばらし?」

「そ。ちなみにほれ、もう身体動くでそ?」

 そう言うと喜由は振り向いて、ふひひ、と笑って見せた。

「――!」

 喜由に指摘されてようやく気が付く。

 その突然の出現にすっかり混乱して忘れていたが、俺は先輩の異能で拘束されていたんだった。

 しかし、気が付けば普通に身体を動かす事が出来ている。

 困惑したまま先輩の様子を窺うと、さっきまでの冷徹な雰囲気はすっかり無くなり、いつも学校で見ている先輩の表情に戻っていた。

 隣の正源司は何も知らされていないのか、俺達の方をバカみたいに口を開けっ放しにして見つめている。

「夜も更けた。手短に済ませようじゃないか、妹君」

「ういうい。んじゃざっくり言うとね、許された」

「は?」

「妹君の言う通りだ。九尾の追跡は解除された」

「解除……て、事は、もう………………?」

「ああ。ボクと仙洞田君が戦う必要は無い、という事さ」

 先輩の補足を聞いて、俺は全身の力が抜けて膝から崩れた。

「おいおい兄者、しっかりするでござる」

「大丈夫? おにーに」

「泣くなよメガネ」

 視界が悪くなったと思ったら、自分でも気が付かない内に涙を流していたらしい。

 喜由達に指摘されてようやく気が付いた。

「ふふ、気が抜けたみたいだね。よほど張り詰めていたようだ。まったく、君はとんだシスコンなんだな」

 さっきまでとは打って変わって柔らかな笑みを浮かべながら、先輩はポケットからハンケチを取り出しつつ俺の方に歩いてきた。

 差し出された白いハンケチを受け取り、メガネを外して涙を拭う。

 ハンケチから香る爽やかな柑橘系の匂いを嗅いで、少し落ち着きが戻って来た。

「お見苦しいところを見せてしまってすみません。喜由も悪かったな。ホッとしたら急に、な」

「何、気にする事は無いよ。それより事の次第を話そう。あっけない幕切れで君としては少々拍子抜けかも知れないが――」

 それから先輩が詳細を教えてくれた。

 結論から言えば、黒井さんの意向による決定との事だった。

「正確には黒井さんの奥さんの、だけどね」

 この世界に君臨する12の王、マジェスティックトゥエルヴ(MJ12)。その序列第四位“絶対強者”である黒井殺助。その妻たる女性がタダ者である筈が無い。

 そう予想はしていた。

 しかし、事実は俺の想像を遥かに超えていた。

「MJ12序列第三位“超越の魔女”、それが黒井さんの奥さんだ。っと、その様子だと初耳のようだな。教えていなかったか」

 初耳です。

 そして数字からすると黒井さんをも上回るその超大物と、何故か喜由が知り合いだった訳で。

「前に言った事無かったけ? 古い知り合いの黒井さんがどうとかって」

 喜由はそう言うものの、覚えがあるような無いような。

 兎に角その魔女に、喜由がSOSを出したらしい。

「最初に会ったのは背拙者がバリバリ封印されてた時だからもう何百年も前なんだけどさ、それから割と気が合って話とか結構してたんだ。ほら、こちとら封印されて暇で暇でしょーがなかったから。話し相手が出来て丁度良かったっていうか」

 黒井さんの奥さんは元々外国の出との事だが、ひょんな事からこの国に移住してきたらしく、全国津々浦々を見て回っている時に、喜由と出会ったとか。

「そんなすげー魔女ならすぐこっから出してよ、って頼んだんだけどねい……」

 その内出られるから、と言って直接助ける事はしてくれなかったそうだ。

「黒井さんの奥さんは、別名“全知の魔女”とも言われている。詳しくは分からないが、この世における森羅万象の過去・現在・未来の全ての事象を知る事が出来るらしいんだ。故に“全知”であり、人を“超越”した存在という訳さ」

 既に俺の常識の範疇を超えた話になっていたが、要するに、その魔女が喜由のピンチを知って、夫である黒井さんに口利きをしてくれた。

 というのが今回の顛末のようである。

「ホントに困ったら報せろっては言われてたんだ。でも最後に話したのも凄い前だったし連絡先も分からなかったかし、何となく頼りづらくってさ。まあこんな事になるんだったら最初から言っときゃ良かったんだけど」

 助けを求めていながら連絡先が分からないという矛盾。

 てっきり何か特殊な魔法的な力を駆使したのかとも思っていたが、

「こないだラインで友達追加されてさ、名前がそれっぽかったから承認してみたら本人だったでござる」

 結構今っぽい展開だった。

「ただボクとしては約束を破った仙洞田君にお灸を据えたくてね。妹君と打ち合わせて少し驚かせてやったんだ。いつの間に、だって? ああ、言い忘れてたんだが、ここまでは妹君達と一緒に来たんだ。ボクが迎えにいったんだよ」

 これには流石の俺も苦笑い。

 しかし、結果として喜由の無事は確保されて、先輩と対立する必要も無くなった事は紛れも無い事実だ。

 その事を改めて認識して、俺は大きく溜息をついた。


よろしくお願いします。

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