脚フェチな彼のライバル10
「まずは総一郎殿から離れてもらおうか」
デルタを一刀のもとに斬り捨てた三厳は、そのまま俺の下に駆けつけて、その切っ先を正源司に突きつけた。
「……っち、わーったよ」
忌々しげな正源司の声が聞こえて、続けて身体から重みが消えて腕の自由が戻った。
「起き上がれるか? 総一郎殿」
「ああ、助かった」
俺はゆっくりと立ち上がって、身体についた芝生を払う。
三厳はその間も俺の隣で正眼の構えを崩さす、正源司を牽制し続けていた。
「メガネ~」
その隙に解放された3号が駆け寄って来た。
「大丈夫か?」
「うん。死ぬかと思ったけど」
それはそうだろう。俺でさえもうダメかと思ったくらいだ。
けど、まだ気は抜けない。
「さて、こっからどうするつもりだ? 認めたくはねーが、てめーらの勝ちだ」
まだ正源司の目から、光は失われていない。
そして、その理由も見当はついている。
「けど逃げられねーよ。分かってんだろ?」
「…………」
やはり、思った通りだ。
例えここを切り抜けたとしても、追手がいなくなる訳じゃない。
間違い無く先輩も動いてくるだろうし。
何より――
「総一郎殿、如何された」
「メガネ顔悪い」
「顔色、な。大丈夫、だ」
俺の霊力が、そろそろ限界だからだ。
「無理すんな。その様子じゃあ立ってんのもキツいんだろ? バレバレだぜ」
「うる、さい。まだ、い、ける」
「そうかよ。ま、好きにすりゃ良いさ。いつぶっ倒れるか見ものだな」
「言って、ろ」
悔しいが、ヤツの指摘は的を射ている。
挑発的な正源司の言葉にも、満足に言い返せない。
時間は残されていない。
問題は山積みだが、悩むのは後回しにしよう。
今はここを離れるのが最優先だ。
「三厳」
「如何する」
「ここを脱出する。アイツの眠らせろ」
「御意」
三厳が俺の言葉に従って、一歩踏み出した時だった。
無音だった芝生広場に、遠くから甲高い排気音が聞こえて来た。
――まさか
俺は反射的に音の方に振り向いた。
「そのまさか、だ。ここは一応結界の中だからな、まず外の音は聞こえてこねえ。けど、聞こえたろ?」
その正源司の言葉に反応する余裕は、今の俺には無かった。
聞き覚えのあるエグゾーストは、こうしている間にもどんどん近づいてくる。
「総一郎殿!」
グラリと傾いた身体を三厳に支えられた。
「王手飛車取りだな。ボチボチ到着だ。強いぜ? 今来るヤツは。」
とっくにご存知だ。
しかしそのセリフは、荒い息にしかならなかった。
そして、ブオン、と一際大きく音が響き、マフラーの音が止まった。
ザクザクと芝生を踏みしめる音が近づいてくる。
淡い月明かりに照らされて、艶やかな黒髪が一層美しく映えて見えていた。
「妙なところで会うものだが……随分苦しそうだな、仙洞田君」
「先、輩」
「どうやらボクとの約束を破ってしまったようだね」
正源司の向かって右隣に立ったのは、桜木谷先輩に他ならなかった。
「まずは同化を解除した方が良い。話はそれからだ」
先輩は極めて真面目な様子で俺に促してきた。
しかし、
「まさか解除の方法を知らないんじゃないだろうね?」
そのまさかだった。
「おいおいマジか? そんなヤツに負けたのかよ、俺様」
「正源司君、冗談を言っている場合じゃない。だったら仙洞田君、顕現を解除するんだ。早く。このままじゃ生命に関わるぞ」
「でも………………」
「でもも何もあるか。心配するな、まずは話し合うつもりだから。誓うよ。だから早く。ボクを信じろ」
先輩は一歩踏み出してそう言った。
正直先輩が一番油断のならない相手なんだが、しかし、俺ももう限界だった。
「三厳……」
「致し方無かろう、総一郎殿」
俺を肩で支える三厳は、まっすぐに先輩を見据えながら答えた。
迷いの無いその言葉に、俺も観念させざるを得なかった。
「もどれ、三厳」
俺は三厳の支えから身体を起こして、静かに言った。
すぐに三厳の身体は光に包まれて、俺の手の中に鍔と懐刀が戻る。
忸怩たる思いではあるが、しかし、全身の疲労感と倦怠感は嘘のように無くなり、俺は無意識の内に大きく溜め息をついていた。
しかし、息をついている余裕は無い。
もう第2ラウンドは始まっている。
「メガネ……」
張り詰めた空気を感じ取ったのか、3号が不安そうな声で俺を呼びながら右足にしがみついてきた。
俺は先輩から目を逸らさないまま、3号の頭をそっと撫でてやる。
「随分なつかれたもんだな。ボクなんてどれだけ宥め透かしてもつれなくされたのに」
「先輩、回りくどい真似は止めましょう。流石の俺でも事の重大さは認識しているつもりです」
「……分かった。なら単刀直入に言おう。その子を渡せ、仙洞田君」
俺の言葉に、先輩は表情から笑みを消して言い放った。
よろしくお願いします。




