脚フェチな彼の災難
「ここが、凄惨な犯行の舞台となった現場です。あの日、犯人はこの場所で、全身を縄で縛られ全く抵抗出来ない状態にされた被害者達に、凶器である刃渡り三〇センチ以上にも及ぶサバイバルナイフを、次々と突き立てていったのです」
ワイドショーレポーター風に実況してみました。
部室で先輩に置いてけぼりをくらった後、程なくして俺も学校を出た。そして部長命令に従って、件の心霊スポットへと足を運んで現在に至る。
指定された場所に到着してみると、これがまた何の変哲も無い、到底心霊現象なんかが起こり得ないような、ありふれた公園だった。
「と言うより、モロに地元な訳なんだが………………」
ぶっちゃけ近所の公園だった。
現在時刻は午後五時二二分。天気は良く、空はまだ明るい。しかし、公園で遊ぶ子供達の影は見当たらない。そんな人気の無い公園に一人、ブランコに腰を下ろしてふっと息をつく。自分がまだ小学生の頃には、この公園で良く同級生と遊びまくったものだが。
べ、別にウソ言ってるんじゃないからねっ! 小学生の頃はまだホントに友達とかいたんだからっ!
「ふっ、虚しい…………」
ツンデレ風にボケてみたら、何だか酷く惨めな気持ちになってしまった。
しかし冷静に考えてみたら、これ誰もいなくて良かったよな。仮に今目の前で女子児童が遊んでたりしたらお前、即通報されるぞこんなの。いや、こんな平日の夕方に公園でメガネかけたムッツリそうな感じのする男子高校生が一人でブランコに乗ってるとか、それだけで通報ものじゃないのか? 何やってんだ俺。
いかんいかん。気を取り直して先輩から預かったメモでも見直してみよう。
「やっぱり間違いないよな……」
メガネをくい、と直して学ランの胸ポケットからメモを取り出して広げる。ちなみに我が県立十高等学校は、女子はブレザータイプの制服になっているものの、男子は未だに古き佳き学ランである。流石に今時ビーバップなボンタン狩り上等な出で立ちの気合いが入った生徒は皆無だが。
さておき、メモに記された場所は、間違い無くこの公園だった。
ってゆーか「仙洞田君ちの最寄り公園」とバッチリ書かれている。先輩が何故俺の家を知っていたのかはナゾである。
古びたブランコから立ち上がって、改めてグルリと周囲を見渡してみる。どこもおかしい場所なんて無い。遊具もブランコにシーソー、砂場に滑り台と至って平凡なラインナップ。後はゲートボール用のちょっとした空きスペースがある程度のホントにありふれた公園だ。強いて特徴があるとすれば、不動明王の小さなお堂が隣接しているくらいか。
勿論、ここで事故が起こった事も無ければ自殺者が出たという話も聞いた事は無い。つまり、霊的な何かが集まるような特殊な場所である筈が無いんだ。
「ふむ……」
再びブランコに座り、手元のメモに目を落とす。
『●ここ一か月の間に数件の目撃談。いずれも不気味な人の影のようなもの●何者かが意図的に心霊現象を起こしている? ●コックリさん等の召喚遊びが原因か? ●(上記に関連)悪魔召喚の儀式の影響? ●UFOとの交信の可能性?』
先輩の性格を表すかのような細やかで丁寧な美しい文字が、ルーズリーフに横書きの箇条書きで書き連ねられている。
真偽の程は定かではないが、まあもし本当に超常現象が起こっているとしたら、先輩の予想したいずれかだろう。個人的にはコックリさんとかその辺りがクサい気がするが。
ただ、今のところこれといった気配は無い。仮に真実であったとしても、あちこち移動するタイプなのかも知れない。それか、まだ日が残っているから現れないか。
「まあ証拠は必要だからな」
こんなに家から近場だと、どんな言い訳をしたところで、サボった事は明白だ。
俺は緩慢に立ち上がって、カバンからデジカメを取り出した。そしてそのまま公園のあちこちを撮影して回る。
「これって更に挙動不審なんじゃ……」
一応遊具の全ては勿論、公園の周囲の植え込みやゲートボール場等、敷地内は大体網羅出来た筈だ。最後にお不動さんの辺りにレンズを向けて、数枚ほどシャッターを切ったところで一息ついた。撮影枚数、占めて五二枚。割と頑張った。
念の為撮影した画像を確認してみるが、これといって怪しいものは見当たらなかった。
「一番怪しいのは俺自身か」
そんな詮無い事を呟きながら、カメラをカバンに戻す。その後携帯電話を取り出してディスプレイ表示で時刻を確認すると、午後五時五六分だった。
本格的に通報される前に退散しよう。これだけ撮れば十分だろう。
「しかしホント誰も来ないもんだ。まったく、最近の子供はたるんどるな」
などとふざけてほざきながら歩き出して、公園の入り口辺りに差し掛かったところで、ようやく気が付いた。
――静か過ぎる
いくら何でも異常だった。住宅街とはいえ、一本向こうの道路は旧国道でそれなりに車通りもあるし、何より公園のすぐ近くには線路があって、ローカル線の電車が一五分に一本の割合で走っている。筈だった。
「何で今日は走ってないんだ……?」
まるで、この公園だけスッポリと丸ごと隔離されている、そんな感覚。それにさっきまで夕日で茜色だった空が、気のせいでは無く血のような赤黒い色に染まっている。不意に、いつか先輩に聞いた言葉が頭を過った。
『夕暮れ時を黄昏時というだろう? あれは“誰そ彼れ”が語源とも言われてね、まあ薄暗くなって良く顔形が分からなくなる頃という意味合いなんだ。“逢魔が刻”とはまさにこの事だよ。人と人では無いモノの区別がつかなくなる、言わば妖しいモノに逢いやすい時分だという事だね。君も精々気を付けたまえよ? 暗くならなくても、その手の連中は存在するのだから』
そして、事の異常さを認識したと同時、背筋を氷で撫でられるような気配に襲われた。
「!?」
声を出す事すらままならなかった。
反射的に振り返ると、数メートル程先、公園の中央付近のゲートボール場に、明らかに異質な物体を確認した。
影――先輩のメモにあったが、確かにそう形容する以外に言葉が見当たらない。俺と同じくらい、大体身長が一七〇センチ前後の人が、頭から黒いマントかローブのようなものを被っているような姿。これでそのマント状のものが白ければ、肝試しなんかのシーツを被ったお化け役に見えない事もないだろう。
但し今の場合、そんな可能性は皆無だ。何せその身体の輪郭は陽炎のようにゆらゆらと揺れて、どう考えてもシーツなんかを被っているようには見えない。何より、これまで遭遇してきたどんな霊的なモノも比較にならない程、本能的に危険を感じているのだから。
【み――た。――け――。――つ――た】
少しずつ距離を縮めてくる影。何やらブツブツと呟いているらしい。酷く低い、老人のようなしゃがれた声が聞こえてくる。
人間は危機的状況に陥った時、通常よりも脳の情報処理速度が増す為、目に映るものがスローモーションに見えるようになると聞いた事がある。今の俺がまさにその状態なのかも知れない。数メートル先の影が近付いてくる速さは、非常にゆっくりとしたものに見えている。
しかし、逆に思考は冴え渡り、自分でも驚く程冷静に状況を分析している。ただ、身体は全くの逆だが。
恐怖のあまり全身は硬直しガタガタと震えが止まらないし、喉はカラカラに渇いていて満足に声を出す事も出来ずにいる。
そんな状態にも関わらず、無意識の内にそれを手に取っていたのは、俺の生物としての生存本能が、俺自身に力を振り絞らせた賜物だったのだろう。
右の手に必要以上に力を込めて、ガッチリと握り締める。そして、掠れる声で、呻くように言った。
「出、ろ。お、お光」
次の瞬間、視界が眩い光で白く染まった。
安堵。
その光を全身に浴びながら覚えた感覚は、その一言に尽きた。情けない話であるが、正直泣きそうなくらいホッとした。
そして、その背中越しに彼女の声が聞こえたと同時に全身の緊張が解かれ、無様ではあるが、俺は膝から地面に崩れ落ちたのである。
「総一郎殿、ご安心を。この場はそれがしがお引き受け致します」
膝立ちになった俺の目の前。小柄で華奢な、剣道着に身を包んだ少女の背中。今はその背中が、とても大きく、頼もしく見えて仕方が無かった。
よろしくお願いします。