脚フェチな彼のライバル
この近辺で日中でも人が余り寄りつかないような場所。
田んぼが広がる典型的な片田舎な自宅周辺ではあるが、意外とそんな場所は少ない。
勿論夜ともなれば人通りもほとんどなくなるし、歩道に街灯が設置されていないところだってある。しかし日中でも、となるとこれで中々ありそうで無いのである。
そんな中で、まず思い当った場所。
それが“圓山”だ。
自宅から自転車ならすぐの距離にある古墳時代の円墳とかで、住宅街の中にあるこんもりとした山。
とは言っても標高は全然低く、せいぜい2・30mくらいのものだろう。
てっぺんには市の配水施設があったり山の中に神社なんかもあったりするが、普段はほとんど誰も寄り付かない。
昔は子供達にとって格好の遊び場だったらしいけど、俺が小学校の頃には既に立ち入り禁止場所に指定されていた事もあって、近所にありながらも実際に山の中に入った事は無い。
まあ夏休みなんかには、昆虫採集でこっそり圓山に行く連中も珍しくは無かったけど。
しかし、今はまだカブトムシやクワガタのシーズンではない。
祭りとか地域のイベントなんかも無い筈だ。
鬱蒼と木が生い茂っていて猿も住んでいる、なんていう噂まである場所。
身を隠すにはうってつけだろう。
「でも俺が思いつくくらいだからな……」
恐らく先輩達も既にマークしているだろう。
果たしてそんな場所に逃げ込むだろうか。
確かに身を隠すには丁度良いロケーションではあるが、所詮住宅街にポツンと存在しているだけの場所。
取り囲まれたりすれば、たちまち袋の鼠状態になってしまうだろう。
登山口、という訳では無いが、山の中の神社に続く階段の下に到着した俺は、真っ暗な階段の先を見上げながらそんな事を考えていた。
「しまった、灯りを持って来なかったな……」
懐中電灯も何も用意していない事に気が付いた俺は、思わずそう呟いていた。
視界に広がる木立の奥は、想像以上に暗そうだ。
まともに歩くのも難しいかも知れない。
と、その時、頭の上の物体を思い出した。
――気配なんかを察知出来る……のか?
半信半疑ではあったが、俺はサドルに跨ったまま目を閉じて、喜由とおそろいの狐耳に意識を集中させた。
神経が研ぎ澄まされていく感覚。
周りの音が遠のいていき、自分がまるで世界から切り離された場所に居るかのような、そんな気持ちにすらなってくる。
そんな時だった。
『あ……お…………た』
俺はハッとして目を開き、辺りを見回した。
微かにではあるが、確かに聞こえた。
幼い子供の声が。
しかし――
「ここじゃ、ない?」
確証がある訳じゃない。
けど、圓山の中から聞こえて来た感じでは無かった。
どこか、もっと遠い場所。
俺はもう一度目を閉じて神経を集中させる。
「あっち……か…………?」
東の方向に違和感を覚えた。
口では言い表せないが、何か引っ掛かるものがある。
――迷ってる暇は無い、か
一瞬躊躇したものの、俺はペダルに足をかけて漕ぎ出した。
圓山町内を通り過ぎると、再び農道に入り街灯も無くなる。
幸い今日は雲も無く月が出ている。
月明かりを浴びながら、俺はひたすらペダルを漕いで東を目指す。
行先は東山。
自転車なら20分もあれば到着出来るだろうか。
圓山とは違い古墳では無い。
高さが180m位で、山頂付近には夜景が望める展望台がある公園も整備されていて、ふもとの方には屋内プール施設もある運動公園や、山腹にはゴミ焼却場なんかもある。
そしてついでに、規模の大きな墓地なんかもあったりする。
結構噂される心霊スポットでもあるのだ。
実は圓山の前に思い当ってはいたが、そのせいで後回しにしていたのは内緒だ。
農道をひた走り、我が母校・大西中学校を横目に通り過ぎて更に東へ。
少し息が上がってきたところで、目の間に黒々とした山の威容が広がってくる。
緊張しながらそのまま自転車を走らせ、いよいよ山道の上り坂に差し掛かった。
月明かりがあるとは言っても、所詮気休め程度にしかならない暗い山道。
流石に不気味だ。
本格的にビビッて来た俺は、自転車を停めて迷わずお光と光世を喚び出した。
「正直お前達をこんなに心強く感じたのは初めてかも知れない」
黒装束に身を包む2人の剣士を前に、俺は安堵の溜息を漏らす。
「まあ斯様な人気の無い山道です。無理もございません」
「しかし本音を申さばもう少々男らしくあって欲しいものじゃ」
「姉上、総一郎殿にそこまで望むは酷というもの。察して差し上げるべきかと」
「まさしくじゃな。そこもとの申す通りよ」
なかなかの言われようである。
「…………まあ良い。取り敢えず上の公園まで行ってみよう。何となく上の方が怪しい気がする」
「怪しい気配と言えば、もっと向こうからもそれらしき気配が……」
「おいやめろ。あっちの方には墓地があるんだ。そんな事言うな」
「付喪神を従えておきながら何を今更。魑魅魍魎の一匹や二匹物の数でもあるまいに」
「お前らはまた別なんだよ。怖いものは怖いんだ」
そんな事を話しながら、自転車を引きつつ山道を登る。
虫の鳴き声がうるさいくらいに響いている。
目的地が近付くにつれて、自然と無言になっていた。
そして。俺の中の怖いという感情も、いつの間にか緊張へと切り替わっていた。
よろしくお願いします。




