脚フェチな彼の妹9
「ちょい待ち兄者」
身を翻してドアに向かおうとしたところで、喜由が布団をはねのけて起き上がった。
「何だ?」
「ちょっとこっち来て」
ちょいちょいと手招きする喜由。
首を捻りながらベッドの脇に移動する。
「ちょっと屈んで。むしろ跪いて、ってか膝立ちして」
「? 何するつもりだ?」
「いいから早く」
何が何やら分からないまま、渋々言う通りにする俺。
膝立ちの姿勢になると、丁度目線がベッドに座る喜由の胸辺りになる。
「あんまパイオツ見んな。目ぇつぶって」
「見たくて見てるんじゃないっての。何なんだよまったく」
イラつきながらも、それでも言う事を聞いてまぶたを閉じた。
すると、そっと頭を包み込まれる感覚があった。
――喜由の手か?
そう思った直後だった。
額に、何やら暖かく柔らかいものが触れた。
「おい!? お前何してんだ!?」
「うっさい!! こっちだって死ぬ程恥ずいんだ!! デカい声出すな!!」
どうやら俺は、喜由におでこにチューされたらしい。
慌てて目を開けると、耳まで真っ赤になって涙目になっている喜由の姿が目に入った。
「何でいきな――」
その時、頭に違和感を覚えた。
俺は言葉を途中で止めて、恐る恐る両手を頭に伸ばす。
すると、
「え、これ……何? 何なの!?」
ふさふさとした毛に包まれた、柔らかい突起物の手応え」
「ほほう、これは…………」
「似合う、と申し上げれば良いのでしょうか」
耳、だった。
多分狐の。
「どうせ先輩ちゃん殿達の目はごまかせないんだから、3号を見つけやすいように拙者の力をちょこっと植えつけたんでござる」
真っ赤な顔をして横を向いたまま、喜由が言った。
こんなに照れている喜由を見るのは初めてかも知れない。
そんな事を思いながらも、どうにも慣れないその物体を触り続ける。
「お前さ、言えよ最初に。ビックリするじゃないか」
「だって言ったら何か恥ずかしくて出来そうになかったからさ……」
「そんなもんか? でもこれなら思ったより早く見つけ出せそうだ。助かった。じゃあ行ってくる」
「あ、ねえ兄者」
「ん? まだ何かあるのか?」
今度こそ、と思ったところでまたの足止め。
「あー、いいや別に。うん、何でもない」
「おい気になるじゃないかその言い方。そこまで言いかけて何だよそれ」
「別にホント大した事じゃないんだけど……ちょっと思ったんだ。どうせほら、兄者って将来的にフェチこじらせて高齢童貞んなって一生独身じゃん?」
「何の話か知らんが大層失礼な未来予想図だな、おい」
「そしたらさ、拙者が兄者の子供、産んだげるよ」
「何だって?」
「妹としてさ、兄へのせめてもの恩返しでござる。だから安心してこれからもフェチでいていーよ」
相変わらず赤い顔のままで、上目遣いに喜由が言う。
これも珍しく茶化したりおちょくろうとしている雰囲気ではない。
成程、と思った。
恐らく喜由なりの気遣いのつもりなんだろう。
「余計なお世話だよ。そんなアホな事言ってないで、さっさと2号と一緒に寝てこい。果報は寝て待て、だ」
「総一郎殿…………」
「まあそんなところじゃろうの」
「は~あ、やっぱり兄者は兄者だよ、まったく」
「? 何だお前ら。まあ良い。喜由、行く前に霊力もらっていくぞ」
何故かぶーたれた表情の喜由をよそに、俺はその頭に手を置いて霊力を回収した。
俺とおそろいの耳をぴょこんと生やした姿になる喜由。
「じゃ、今度こそ行ってくる。あ、オヤジとオフクロ、適当に誤魔化してくれ」
「もうやったよ。今頃グッスリ夢の中でござる」
「サンキュ」
俺が短く礼を言うと、喜由はさっさと俺の布団の中に潜り込んでしまった。
自分の部屋で寝ろと言ったんだが……
結局喜由には何も言わず、俺はお光と光世の顕現を一旦解除してリュックに詰め込んで部屋を後にした。
リビングに出ると、ソファでオヤジとオフクロが並んで寝ている。
多分起こしても起きないんだろうとは思ったが、忍び足でリビングを抜け、そのまま家を出た。
ガレージから自転車を出して跨ったところで、ふと気が付いた。
「そう言えばこれどうするかな。このままじゃ目立つよな……」
頭に生えたケモ耳をわさわさ触る。
どうやら耳にも神経が通っているらしく、それなりに障ると感覚が伝わってくる。
「男子高校生の狐耳とか誰が得するんだよ…………」
深々と溜息をつく。
帽子を被ろうにも窮屈になりそうだったし、俺は諦めてそのまま自転車のペダルを踏み込んだ。
よろしくお願いします。




