脚フェチな彼の妹7
『まあ焦っても仕方無いじゃん。取り敢えずルーティンをこなしちゃうでござる』
喜由のその一言で、取り敢えず俺達は“日常生活”のノルマを果たしてしまう事にした。
一旦話し合いはお開きにして、俺も喜由も学校の課題を済ませて皆で晩飯を食べる。
そして入浴やゲームなんかもしつつ、午後10時を回ったところで再び俺の部屋に集合した。
眠いと言い出した2号を光世に任せて、俺と喜由、そしてお光の3人で打ち合わせを開始する。
「とは言ってみたものの、先輩達にマークされてるんだ、動きようが無い」
「確かに。先輩殿は勿論、あの黒井殿にまで警戒されているとなると……」
「なあ喜由、何か分かる事って無いのか? ピンポイントな居場所じゃなくても、大体この辺に居そうだな、とか」
「探そうと思ったらいくらでも探せるんだけどね。でもそうなると、拙者だけじゃなくて、他にも情報漏れちゃう事になっちゃうんでござる」
「どういう事だ?」
「今この家って拙者が施した結界の中にあるんだけどね? これってのが、中に居るケモ耳モードの拙者とか2号の妖力が外に漏れないようにするものなの。例えて言うと、中からの電波が外に出ないようにシャットダウンしてるっていう状態」
「ふん、成程」
「んでその副作用ってんじゃないけど、中から外に出ないようにすると、外から中に入ってくるのも全部遮断する事になっちゃうんだ。どっちか片っぽだけってのが無理なんだよね」
「つまり、残りの片割れ殿から何らかの報せが発せられていたとしても、この場に居ては知る事が敵わぬ、との事にございますか?」
「そんなとこ」
喜由の説明に、一応納得は出来た。
しかし、ここで大きな矛盾に気付く。
「じゃあ学校行ってる間とかはどうなんだ? 結界の外だろう? 日中はサインを出さないという訳でもあるまい」
「良いとこ気が付いたね兄者君。そうなんだ。その筈なんだけど、今んとこその気配が無いんでござる。だからあ、ちょっと、うーんどうなんだろうって思ってるとこ」
ベッドの上であぐらをかいて腕組みをしながら、寝巻き用体操服を着た喜由が首を捻っている。
どうやら事態は喜由の予想も超えているようだ。
先輩が追いかけていた妖は、2号ではなく最後の分身・3号(命名・喜由)。
そしてその3号も近くまで来ている。にも関わらず、本体である喜由も動向を掴む事が出来ない。2号はいとも簡単に俺達の下に辿り着いたというのに。
「ラッキーだったんだろうね。先輩ちゃん殿達の目が3号に向いてたから、2号にまで気が回らなかったんだよ」
「じゃあ何か? 3号は先輩達を警戒して、助けを呼ぼうにも呼べなくなってるって事なのか?」
「多分そうなんだろうね。だから、このまま家でちんとしてても見つかんないよ」
「では如何致しますか?」
「こっちから動くより手は無いだろう。しかし……」
「そ。ここで話は最初に戻るんでござる。もし拙者が3号を探そうと思ってあちこち動き回ったり何かの術でも使おうって事になると」
「当然先輩達に感づかれる、か」
「そーなんだよねー。あーあ、めんどくせー」
喜由は大きく溜息をつきながら、そのまま布団の上にゴロリと横になった。
「しかし……今こうしている間にも、片割れ殿がどこかで震えているやも知れません。そう考えると、それがしとしては居ても立ってもおられぬ思いにございます……!」
お光はそう言うと、端正な顔を歪めながら膝の上に置いた両拳を握り締めた。
沈痛な面持ち。
気持ちは痛い程分かる。
俺も思いは同じだ。
自分を付け狙う連中から身を隠して、見慣れぬ土地で孤独な夜を過ごす。どれだけ辛い事だろう。
しかも、恐らく2号と同じような背格好の筈。
そんな天使な喜由が、一人寂しい思いをしているかと考えると、胸が張り裂けそうになる。
恐らく喜由だってそうだろう。
自分の分身だ。心配しない訳が無い。でも、だからといってそう簡単に行動も出来ないジレンマ。やり場の無い怒りと焦りが募っている事だろう。
その割に、こうして大きく構えているような様子を見せているが、強がりの裏返しに他ならない筈。
だとすれば、兄として、俺のすべき事はただ一つ。
「俺が探し出す」
椅子から立ち上がって、俺は2人に向かって静かに言った。
床で正座をしているお光は、そんな俺に意志の宿った目で応えている。
そして喜由は、
「んな事すれば先輩ちゃん殿怒るよー? 無理しない方が良いって絶対」
ゴロリと壁の方に寝返って顔を見せないようにして、そう言った。
「先輩に起こられるなんて百も承知だ。でもそんな事、気にしてる場合か? 妹の一大事じゃないか。ここで兄である俺が動かないでどうする。お前が心配する事じゃない。お光、力を貸してくれ」
「是非も無し。全霊を尽くす所存にございます」
視線をお光に移すと、俺を見上げながら力強く頷いて見せた。
「まあ止めはしないけど……ねえ兄者、もし3号が見つかったらどうするの?」
壁を向いたまま喜由が聞いてきた。
「どうするって、そりゃ連れて帰るだろう?」
「じゃなくてさ、拙者だよ。多分戻ると思うよ? 九尾に。良いの?」
「良いも何も、戻りたくはないのか? お前は」
「…………そんな事……無い……と、思う……………………」
すっきりしない返事だった。
やはり今後の生活を案じているんだろう。
どれほどの葛藤なのか、俺にその全てを理解出来るとは思っていない。
けれど、少しくらいは、その悩みを背負ってやれるとは思っている。
いつもより小さく見える喜由の背中を見つめながら、俺は話し掛けた。
よろしくお願いします。




