脚フェチな彼の妹5
時計の針は9時を回った。
本当なら、今頃喜由と2人でゲームに勤しんでいる頃だ。
が、
とんでもないイレギュラーの為、敢え無く計画は中止となっている。
俺は溜息をつきながら、学習机の椅子の背もたれに身体を預けた。ギシリと軋む音が部屋に響く。
視線の先、俺のベッドの上には、ペタンと座り込んだチビ喜由の姿がある。
現在ヤツは、喜由の残した源氏パイをサクサクと食べ続けていた。
背中まで伸びた茶色の髪はボサボサで、しかも服装が、薄汚れたクリーム色の布をスッポリと被っただけのようなワンピースみたいなもんだから、どっかの難民キャンプの子供みたいにも見える。
お光と光世は色々とカオスになりそうだから顕現させていない。
もっとも光世の方は自分で人型になる事も可能なんだが、空気を読んだのか姿を見せていなかった。
「本体、まだ足りない。もっとないの?」
源氏パイの残りをあっという間に平らげて、まだ足りないと催促するチビ喜由。
「ちょい待ち。何か探してくる」
隣に腰掛けていた本家喜由が、そう言いながら腰を上げて部屋を出て行った。
取り残される俺とチビ。
微妙な空気が流れる。
何を話したものかと考えていると、ふと視線を感じたので顔を上げた。
すると、チビ喜由が俺を値踏みするかのようにジロジロと見ている。
俺と目が合っても逸らそうとしない。
気まずさがアップしたような気持ちになったが、ここで先に目を逸らしたら負けのような気がして、俺も負けじとチビ喜由をジロジロと見てやる。
そのまま睨み合っていると、
「何やってんのアンタら」
喜由が戻って来た。
手にしている平皿には、手のひら大のおにぎりが3つ乗っている。
「ほれ、お食べ」
そのままベッドに座るチビ喜由に手渡した。
「……なあ喜由。そろそろ説明が欲しいんだが」
ガツガツとおにぎりにかじりついているチビに視線を向けたまま問い掛けた。
「説明って言われてもねい……取り敢えず、これ、拙者の片割れ」
「まあそうだろうな。さっきからそいつ、お前の事“本体”とか呼んでるし。で? 何で急にその片割れが現れたんだ?」
「それがねえ、拙者にも良く分かんないんでござる…………」
床に座り込んであぐらをかいている喜由が、溜息まじりに返事をする。
何とも歯切れの悪い事だ。
いつのもように、ふざけて答えをはぐらかしているような雰囲気じゃない。
こんな喜由は珍しい。と言うより、初めて見るかも知れない。
だったら――
「なあ喜由の片割れ、お前はどこから来たんだ?」
俺から話しを切り出す事にした。
早くも最後のおにぎりを口にしているチビ喜由に、ストレートに疑問をぶつける。
「おはあま」
「食べてからで良い」
「んむ」
もぐもぐと健気に咀嚼を続けるチビ喜由。
その様は、在りし日の喜由の姿そのままだ。
見ているだけで癒される思いである。
「岡山」
「いきなり返事か」
「ね、いつ封印解けたの?」
「知らない。気が付いたら外にいた」
「外、ねえ……どこの外だ?」
「寺」
「あのさ、もうちょっとこう、前後に分かりやすい説明入れるとかしてくれないか?」
「良いよ兄者。その辺は拙者が説明するから」
チビ喜由の代わりに、本体の喜由が返事を寄越した。
「ほら、こないだ拙者が初めて狐っ娘ヴァージョン見せた時に、魂魄が分割されたって言ったっしょ? 元々拙者が封印されてた殺生石ってさ、坊さんにカチ割られて3つにバラけた内の1つだったの。んで、この子は残り2つの内の1つから出て来たってワケ。だよね?」
「うん」
「そう言えばそんな事も言ってたか……なら、その1つがあったのが、岡山だったって事か?」
「そ。んで寺ってのは、石を割った坊さんが開いた寺だね」
「ふむ、じゃあ誰かがその封印を解いたんだな?」
「それは拙者にも…………」
俺達は揃ってチビ喜由に視線を向けた。
視線を向けられた当人は、きょとんとした表情で俺と喜由を交互に見ている。
「なあ、何か分かる事は無いのか? どんな小さな事でも良いんだ」
「んん~~~~~~~…………分かんない。土に埋められてずっと寝てたんだけど……静かで暗くて割かし暑くも寒くもなくて快適だったのに、何か急に明るくなったなって思ったら、外にいた」
何とも要領を得ない話だが、本人にもそういった記憶は無いようだ。
しかし、それからポツポツとではあるが、チビ喜由はこれまでのいきさつを話してくれた。
まとめてみると、急に表の世界で目を覚ましたものの、自分が何処に居るのか何処に行けば良いのかさっぱり分からず、取り敢えず寺に居るのはヤバそうだったから逃げ出したらしい。
そのまま行く宛の無かったチビ喜由は、人目につく場所をうろつくのは危険だと考えて、人里離れた山奥に逃げ込んだとか。そこで自給自足のワイルドライフを送っていたそうだ。
こんなに小さいのに、たった一人でサバイバル生活を生き抜いてきた、という事である。
俺はチビ喜由のこれまでの苦労を想像して、溢れそうになる涙をこらえるのに精一杯だった。
よろしくお願いします。




