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脚フェチな彼の敵3

――しかし

 だとしたら、だ。滝夜叉姫も随分と回りくどい事をするものだと思う。

 にわか仕込みの大豆生田を仕掛けてくるぐらいだったら、最初から自分が出向いてきた方が、まあそんな事になっていれば俺にとっては悪夢そのものだが、かなり高い確率で目的は達成出来ただろう。

俺が大豆生田に輪をかけた素人だからと、高をくくっていたという事か?

 いや、そこまで隙があるような輩とも思えないし……

「我が主」

 あれこれと考えていると、不意におでんの声が聞こえて来た。

 顔を上げてみると、おでんは既にベンチから少し離れたところで、腰の刀に手を掛けつつ辺りを見渡して警戒している様子が見える。

「何してんだ? 急に」

 俺も立ち上がっておでんのそばに移動した。

「静か過ぎるとは思われぬか?」

「静か過ぎ……?」

 そう言われてみれば、確かに静かではある。

 けど、

「あれだろ? まだ大豆生田の結界の中だからじゃないのか? なあ、大豆生田」

 という事だろう。

 しかし、俺に話を振られた大豆生田は、ふるふると首を横に振った。

「……ぶっちゃけ今日は……あたしっち……何もしてないんですけど……」

「は? 何だそれ。だって駐輪場で待ち伏せしてた時からここら一帯が結界内だっただろ?」

「あれは……巴の術だったから…………」

 そう言って、手元の櫛に目を落とす大豆生田。

「おでん」

 俺は思わずおでんを呼んでいた。

 緊張が一気に高まる。

 何も聞こえてこない、静寂が支配する世界。

 その耳が痛くなるくらいの静けさが、俺の心臓の鼓動をどんどん早くする。

 おでんに習って辺りを見渡してみるが、怪しい影はどこにも見当たらない。

――おでんの杞憂じゃないのか?

 そう思った矢先だった。

「やられちゃったね、緋紗子」

 不意に、聞き覚えの無い声が聞こえて来た。

俺とおでんは同時に声の方向に振り向く。

 すると、つい今しがたまで俺が腰を下ろしていたベンチのスペースに、いつの間にか、セーラー服姿の女子が座っていた。しかもこの時期に冬服で。

「お――」

「何者か」

 お前は誰だ、俺がそう言おうとする前に、おでんが抜刀して戦闘態勢を取りながら問い質していた。

「人に誰何するのに刀を向けるとか、随分と不躾だこと」

 対してその女子は、涼しい表情で何事も無いかのように応える。

 病的に白い肌と血のように紅い唇がひどく印象的なその女子は、むしろ“お嬢ちゃん”と言った方が良いくらいの、せいぜい小学校の高学年程度の背格好である。

 けど、作り物のように整ったその顔にあどけなさは無く、それどころか大人の女性のような妖艶さが漂ってすらいる。切れ長で睫の長い、少し吊り上った目で見つめられれば、それだけで虜にされてしまいそうだ。

 直感した。

――こいつだ

 と。

「戯れもそこまでにするが良い。応えよ」

「ふふ。とっくにご存知なんでしょう? 知ってて尋ねるなんて、良い性格しているものね。まあ構わないけど」

 そう言って、静かにベンチから立ち上がる。

 膝の辺りまで伸びた異様に長い黒髪が、ゆらゆらと風に揺られるように蠢いている。

 立ち上がっても、やっぱり印象通り身長は低かった。

 けど、こっちを見上げるような身長差にも関わらず、明らかに俺はその視線に圧倒されている。

 俺の右隣で刀を構えているおでんも、その独特の迫力を警戒したのか、更に引き締まった表情になった。

「じゃあ一応自己紹介ね? 初めまして、貴方達が滝夜叉姫と呼んでいる者です」

 にいっと口端を上げて、小首を傾げて見せる滝夜叉姫。

 その様はぞっとするくらいに、綺麗だった。

 俺は金縛りにでもあったかのように、その笑顔に釘付けになる。

「いやね、そんなに緊張し」

 そんな俺の様子を可笑しそうに目を細めた滝夜叉姫だったが、そこから先の言葉は続かなかった。

 一瞬の出来事。

 人の域を遥かに超えた速さで、おでんが滝夜叉姫を右肩辺りから袈裟懸けに一刀両断していたのである。

 ずるり、と、滝夜叉姫の身体が斜めにずり落ちていく。

 美し過ぎる、と称しても大袈裟では無いその顔に笑みを浮かべたままで。

 しかし、夥しい流血や臓物が零れ落ちるという事は無かった。

 その断面は黒一色に塗り固められていて、粘土か何かで作られている物のようだ。

 俺はあまりの急展開について行けず、ただただその様子を見つめているだけ。

 やがて滝夜叉姫の胴体が地面に落ちて、そしてそのまま巴御前のように光の粒となって静かに消えて行った。

 おでんは静かに刀を一振りし、そして流れるような動作で納刀する。

 ぱちん、という鍔鳴の音で俺は我に返った。

「お、おいお前…………やった、のか?」

「惡・即・斬。躊躇う必要なぞありますまい」

「るろ剣も読んでたのかよ」

 一気に力が抜けてしまった。

「本当に礼儀がなってないのね。だから武士もののふは嫌いなの」

 しかしその声で、一瞬にして緩んだ空気は掻き消えた。

 泡を食って声の出所に視線を向けると、おでんに斬り捨てられた滝夜叉姫が、再びベンチの大豆生田の隣に座り、眉を顰めながらこっちを睨んでいる姿があった。

 その光景に俺は勿論、流石のおでんも言葉を失っていた。


よろしくお願いします。

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