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脚フェチな彼の進化7

 その壮絶な光景は、俺の視界の先、およそ30mの距離で起こっていた。

「ぐあぁぁぁっっ!!」

 巴の声は、おでんと共有した聴覚を通さずに、ダイレクトに聞こえて来る。

 おでんの振るった上段からの斬撃は、袈裟懸けに巴の背中を切り裂いた。

 鮮血が飛び散る。

 付喪神も傷つけば血を流すという事は、お光と光世の戦いで知ってはいた。

けどこの時俺は、人が斬られるというショッキングな場面を目の当たりにしながら、そのあまりな非日常的なシーンのショックからか、「やっぱり付喪神も血を流すんだ」などと酷く客観的な事しか考えていなかった。

 巴はそのまま両膝をつき、受け身を取る素振りを全く見せないまま、ゆっくりと前のめりに倒れていった。

 一方のおでんは正眼の構えで残心を取っていたが、その様子を確認し、一度刀を振って血を払って静かに納刀する。

 幕切れは、何ともあっけないものだった。

 あれほど激しく斬り合っていたのに、最後は瞬く間の出来事だった。

 俺は半ば茫然としながら、何をどうすれば良いのか判断がつかず立ちすくんでいる。

 すると、うつ伏せの姿勢で地面に横たわっている巴の身体が、不意に淡く光り始めた。

「何、だ……あれ」

 細かい粒子状の光。それが巴の全身から緩やかに放たれている。

 俺は無意識に歩き出し、その内小走りになって二人の下へと向かっていた。

 そうしている間にも、巴の身体からは次々に光が放たれて、そして俺が辿り着くのとほぼ同時に一際強く光ったかと思ったら、急に収束した。

「……これ、って…………」

 光が消えた後、巴が横たわっていた場所には、もうその姿はどこにも見当たらない。

 代わりに、丁度真ん中辺りで2つに割れている、漆塗りの櫛が落ちていた。

「器、でしょうな」

 穴が開く程その櫛を凝視している俺に、おでんが静かに応える。

 初めて目撃した、付喪神の最期。

 いわゆる人間の“死”という概念が、付喪神にも存在するんだと言う事を、まざまざと思い知らされた気分だった。

 俺はおでんの言葉に何も返せず、ただひたする割れた櫛を見つめている。

 その内、土を踏みしめる音が近付いてくるのに気が付いた。

 顔を上げると、櫛を挟んで俺の正面に立つ大豆生田の姿があった。

 何とも気まずい雰囲気だ。

 確かにコイツは俺やお光達を狙ってきた敵だった。

 けど、いざ賊として返り討ちにしてみれば、勝利した爽快な気分も達成感も湧いてくる事は無く、他人の大事なものをいたずらに傷つけてしまったという、後悔に似た気持ちが溢れるばかりだ。

 しかし、

「あーあ……壊れちゃった………・・」

 大豆生田は、何とも感情のこもっていない声で、ポツリと呟くように言うだけだった。

 それから、しばらく沈黙が続く。

 特に落胆した様子は見られないが、それでも大豆生田はその場を動こうとしない。

 どうしたものかと思わず隣に立つおでんの方に顔を向けるが、何も言わずに黙って首を横に振られただけだった。

 仕方無く、俺から声を掛ける事にした。

「なあ、その……櫛、さ。それってお前の家の家宝か何か、なのか? 巴御前ゆかりのものなんだろ?」

 すると、地面を向いていた大豆生田が顔を上げた。

「いや……別にそんなんじゃ…………」

「は? じゃあなんなんだ?」

「……説明とか……ちょっとダルいんですけど……」

 と言いつつ渋る大豆生田を何とか宥めすかして、話を聞き出す事に。

 俺達はグラウンドにあるベンチに移動して腰を下ろした。

 そして渋々ながら、大豆生田が事情をポツポツと話し始める。

「スカウトされたんですよ…………」

 いわく、ある日突然見知らぬ少女が現れて、力を貸してほしいような事を言われたそうな。

 しかも驚いた事に、それまで大豆生田は、自分の能力について何も知らなかったとの事だった。

「まあ霊感は……そこそこ強かったし……結構才能あるらしくて……」

 そう言って、少しニヤリとした笑みを浮かべる大豆生田。

 元々オタク気質が強かった大豆生田。そんな彼女にとって、付喪主という特殊な能力を手に入れた事は、まさに魚が水を得たようなものだったらしい。

 能力ちからの使い方をその少女に教わって、グングン実力を上げたとか。

「それが丁度……入学する前の……春休みだったんですけど…………」

 大豆生田も俺と同様、能力に目覚めてからまだ日は浅かった。

 黒井さんの“素人に毛が生えた程度の術者”という評価はズバリ的中していたという事だ。

「でも……入学式の何日か前から……姿見せなくなって……先々週くらいから……また急に現れたんです………………」

 手に取った、割れている櫛に視線を落とす大豆生田。

 その時に渡されたそうだ。“計画”の協力を改めて依頼されるとともに。

 大豆生田の前に現れた少女というのは、恐らく滝夜叉姫本人かその関係者に間違い無いだろう。

横に顔を向けると、隣に座るおでんも無言で首を縦に振って応えた。

黒幕の存在を、一気に身近に感じて、俺は背筋に冷たいものが走るのを感じた。


よろしくお願いします。

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