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脚フェチな彼の進化6

 大典太光世。

 その名前を呼んだ瞬間、

「うわっ!?」

 激しい風が巻き起こり、そのすぐ後に耳をつんざく爆発音が轟いた。

「うおおおおおおおおおおおおお!?」

 俺は思わず頭を抱えてその場にしゃがみ込む。

 しかし、幸いにもそれきり何も起こる事は無く、静寂が戻って来た。

 恐る恐る目を開けると、右手に持った刀を天に向けて振り上げている、雄々しい剣士の後ろ姿が見えた。

「大事はござらぬか、我が主よ」

 俺の無事を問い掛けてきた凛とした声は、お光のものでも光世のものでも無い。

 確かに女性のものではあるが、ハスキーで落ち着き払った声だった。

「お、おお。大丈夫だ……って、お前、お光と光世が融合した付喪神、だよな……?」

 それ以外の何者でも無い筈なのに、俺はそんなマヌケな質問をしていた。

「いかにも。それがし、大典太光世の付喪神に相違ございませぬ」

 チラリと振り向いて見せた顔は、光世を更に大人っぽくした端正な造りで、綺麗なお姉さんという言葉がピッタリなものだった。お光が高校生になって光世になり、更に大きくなって社会人になった、みたいな感じだろうか。眼帯はお光と同じ左眼だが。

 この間顕現したあの黒装束を身に纏い、立派な剣士となった、ええと――

「何て呼んだら良いんだ?」

「お光と光世、あわせてゴテンクスとでも」

 そう言えば喜由がふざけてそんな事を言っていたような気がする。それにお光も光世も喜由のドラゴンボール全巻を毎日ヘヴィローテーションしてたんだった。

 だったら……

「よし、お前は“おでん”と呼んでやろう」

「えっ」

「最初に言ったと思うが? お“おでん”たみつよ、だろ?」

「いやそれはいくらな」

「おい、こんな事話してる場合か。見ろ」

 何か言いたげな“おでん”だったが、悠長に会話をしている時もない。

 巴がゆっくりとこちらに向かって歩いてきている。

「やれやれ……では後程改めて」

 おでんは何か諦めたような表情を見せて、そして回れ右をして歩き出した。

 しっかりとした足取り。

 その背中からは、緊張や恐れなんかは感じられない。ついさっまで苦戦していた事が、まるで無かったかのような雰囲気だ。

 そのまま両者は歩き続けて、またグラウンドの中央で相対する。

 俺はおでんの聴覚と視覚に、感覚をシンクロさせた。

『気に喰わぬな。まるでもう身どもに勝ったような顔をしておる』

『左様か。これは無礼をした。次からは顔に出さぬようにせねば』

 ピシリ、と空気が軋む音が聞こえた気がする。

 巴は薄く笑みを浮かべているが、目はまったく笑っていない。

 2人を取り巻く空間が、瞬く間に緊張で満たされる。

 そこからは、どちらも言葉を発する事は無かった。

 その内、おでんは腰の得物に手を伸ばしつつ、じり、じり、と、少しずつ右にすり足で動き始めた。

対する巴も静かに薙刀の切っ先を持ち上げて、巴に合わせるように右に動き始める。

 先の取り合い始まっていた。

 2人の間は、およそ2mの距離がある。刀の、おでんのまあには少し遠い。

 その間合いにのまま、静かに円回転を続けるおでんと巴。

 張り詰めた空気は、今にもはじけそうなくらいに飽和しつつある。

 そして、どちらともなく足を止めた。

 おでんは重心を低くして柄を握っている。抜刀の構えか。

 巴は薙刀の刃を後ろに引いて構える、脇構え。

 端から見ているだけの俺でさえ、呼吸するのを忘れるくらいの緊張。

 息苦しさに、たまらず肺に溜まっていた空気を吐き出した、その時だった。

 同時に2人が動く。

 しかし。

 おでんは神速の早さで一気に刀を抜き始めるが、明らかに刃が届く距離じゃない。

 対する巴は、間合いの利を活かして、勢いよく薙刀を振り回そうとしていた。

――どういうつもりだ!?

 そして刹那の後、2人の白刃は交錯する。

 キン、という音が響いた。

 おでんは抜刀から逆袈裟に斬り上げた刀を振り抜いた姿勢で止まっている。

 巴も、薙刀を振り抜いた体勢で止まっていた。

「何が、起こった………………?」

 おでんの目からは、巴の険しい表情しか伺う事が出来ない。

 その時、睨み合う2人の間に何かが落ちてきた。

 グラウンドの土に突き刺さったそれは、折れた刃先だった。

 まさか、そう思って巴の顔から視線を移動させる。

 すると、振り抜いた薙刀の刃の部分が、半分よりも短くなっていた。

『柳生の剣に、斬れぬものは無い』

 静かにそう言うと、おでんは止めを刺すべく刀を大上段に持ち上げた。

『小癪な!!』

 巴はそれを迎え撃つべく薙刀を握り直し、折れた刃先で鋭い突きを放った。

 しかし、

『なっ!?』

 その突きは、虚しく空を切った。

 大上段に刀を構えたおでんは、既に巴の背後に立っている。

――西江水

 おでんは、この土壇場で今日初めて見せた。

 恐らく、巴の頭にはこの技の存在が消えていた事だろう。俺もすっかり忘れていた。

 がら空きとなった巴の背中。

 おでんは、躊躇する事無く、それに向けてまっすぐに刀を振り下ろした。


よろしくお願いします。

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