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脚フェチな彼の進化3

「あの……このままじゃ埒開かないですよ……もう諦めた方が良いと思いますけど……」

 身動きが取れず、そして何も言えないまま突っ立っている俺に、大豆生田が言った。

 悔しいが、これと言った妙案が浮かばない。

 諦めたらそこで試合終了ですよ、とは良く聞くフレーズだけど、実際そういう状況に陥ってみると、そう簡単には口に出来ないセリフだと身に染みて感じる。

「さあ」

 巴が一歩前に踏み出す。

 女だてらに源平合戦で名を馳せた猛将。素手で敵の首を捻じ切ってしまう怪力の持ち主。負け戦でも果敢に戦いぬいて、最後は生きたまま戦場を後にして歴史から姿を消した、源氏方の女武者。

 源氏――?

 その時、ふと思いついた。

「お前達の要求は分かった。しかし、俺としてもはいそうですか、と素直に応じる訳にもいかない。そこで提案だ。ここは一つ、正々堂々と決着をつけようじゃないか」

「……? どういう事ですか……?」

「他でもない。お互いの付喪神で雌雄を決しようっていうんだ。俺の付喪神は侍で、そしてお前の付喪神は源氏の武将。武士として、きっちりとした形で勝負を決めさせたい。どうだ?」

 確か源平合戦では、戦場で名乗りを上げてから一騎打ちで勝負を決めるという、ちょっとした儀式的な戦いがあったと聞いいた事がある。

 巴御前はまさにその時代を生きた武将だ。だったらこの誘いには、必ず乗ってくる筈だ。

「いや……遠慮します……勝負とか興味無いし……ぶっちゃけ早く帰りたいですし……」

 しかし大豆生田、俺の提案をあっさり却下。

 なら直接巴の方に聞いてやる。

「なあ、貴方は木曽義仲に使えていた女武者・巴御前の化身なんだろう? こんな非力な小僧を脅して獲物を巻き上げるなんて、随分とケチな真似だと、そう思わないのか?」

 我ながらあからさまな挑発だ。分の悪い賭けだと言わざるを得ない。しかし、今これ以上に手は考えつかない。

 俺の申出に対し、巴は沈黙を保ったまま、真直ぐに俺を見据えている。

 沈黙が続く。

 バクバクと心臓が高鳴りっぱなしの中、ゴクリと唾を飲み込んだその時だった。

「いかにも。身どもは常勝朝日将軍・源義仲様が忠臣。源氏の武士もののふとして、そなたの言は聞き捨てならぬ。力を示せと申さば望むところよ」

 良し、乗った。

 心の中でガッツポーズを決めつつ、務めてポーカーフェイスを見せ続ける俺。

 再び脇から汗が流れるのを感じながら、大豆生田の方に顔を向けた。

「だ、そうだが? 文句無いよな?」

 そう言った俺に対して大豆生田は、上目遣いでジロリとこちらを睨みつけて、やがて観念したよういに深々と溜息をついた。

「…………まあ良いですけど……早く終わらせますよ…………?」

 いかにも渋々、という大豆生田だが、何とかこの場は乗り切った。

 こうなったら俺も腹を括るしか無い。

 逃げを考えるのはヤメだ。

 勝つ。

 ただそれだけを考えよう。

 そのまま俺達は校門を出て、学校の目の前にあるグラウンドに移動する事にした。

 学校の目の前にありながら、実は市が管轄する公共施設だというジュニアグラウンド。主に野球なんかに使うらしく、だだっ広い空間が広がっている。一度に四試合が可能だとかで、十高校の校庭と同じくらいの面積がある。

 付喪神のバトルにはうってつけの場所だ。

 俺達はそのグラウンドの中央辺りで向き合って立った。

「勝負を受けてくれて礼を言う。流石は伝説の武人だな」

「世辞は無用。さあ、付喪神を呼び出されるが良い」

 いかにもな俺の御世辞だったが、やっぱりそんな事はお見通しだったようだ。

 俺は巴の言葉にコクリと頷いて返し、そしてバッグから鍔と懐刀を取り出した。

「え……もしかして……二人とも……ですか……?」

「そのつもだが、何か問題あるか? そっちは平家物語に出てくる英雄じゃないか。これくらいのハンデがあっても当然だろう」

「無論構わぬ。元より戦場においては数の優劣なぞ一々嘆いてはおられぬ。むしろ劣勢の中でこそ、身どもの真価を発揮出来ようというもの」

 ふんとはなを鳴らしながら、巴が自信満々に答えた。

 あながちホラでも無いんだと思う。木曽義仲の最期の戦いの時なんかは、本当に劣勢だったんだろうけど、それでも生き延びてるんだから。

 俺は気を引き締めて、改めて両手に持った“器”を握り締めた。

 二人から少し離れたところまで移動して、両腕を水平に突き出す。

 右手に鍔、左手に懐刀。

 静かに目を閉じて、そして深呼吸をする。

――生半可な力じゃ通用しない相手だ。出来るだけ、強い力を!

 そう念じながら、グッと腹に力を込めて、そしてイメージ。

「来い! お光! 光世!」

 次の瞬間、瞼の上からの光と、吹き抜ける風を感じる。

 目を開けると、目の前には二人の女剣士の後ろ姿が見えている。

 お馴染みの剣道着姿のお光と、

「やっぱり………………」

 ミニマムサイズの光世の姿が。

 今現在、これまでと同じ分量だけ喜由に霊力を供給している。つまり、お光や光世に十分なエネルギーを配分する事が出来ない状態という訳だ。

 先日の千葉真一ヴァージョンのお光と光世だったら、恐らく相手が本来の巴御前だったとしても、負ける事は無いだろう。

 しかし現実には、この不完全な状態で戦いに臨まざるを得ない。

「あの……先輩……ひょっとして……ふざけてます…………?」

 明らかにチビ光世に視線を向けながら、大豆生田が言った。

 その右隣に立っている巴も、不服そうな表情を浮かべている。

「ふざけてなんかいない。これが“今の俺”のベストだ。侮らない方が良い」

 虚勢を張った訳じゃない。

 偽らざる俺の本音。

 勝算が無い訳でも無いから。

「侮る? 戯言を。戦場において敵を侮るなど愚の骨頂。身どもはいささかも手を緩めるつもりなど無いぞ」

 巴はそう言って右手で大豆生田を制しつつ、前に歩み出る。

「緋紗子、離れておれ」

 振り返らずに巴が言うと、大豆生田は返事もせずにくるりと踵を返して、とことこと歩き出した。

「さ、あるじどのも」

「総一郎殿、お願い致します」

「……すまん。頼んだぞ、二人とも」

 チラリとこちらを振り返ったお光と光世。短く言葉を交わして、そのまま俺も早足でその場を離れた。


よろしくお願いします。

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