脚フェチな彼の進化2
その日の放課後。
『今日の部活は休みにしよう。流石に放課後までは持たないよ』
昼休みに先輩からそう言われていたので、今日はオフになった。
先輩は授業が終わると早々に下校したらしい。
HRが終わって帰り支度をしながら携帯電話をチェックすると、
『もう限界だ』
と、一言だけメールが届いていた。
今日は早く帰れるし、早速家で特訓に励もう。
そう思いながらいそいそと駐輪場に向かうと、俺の自転車の近くに誰かが佇んでいた。
「……?」
背中を向けて立っている女子。
小柄で、うなじが見えるくらいで切りそろえられた黒髪。おかっぱ、ではなくボブとかいうヘアスタイルだった筈だ。後ろ姿だけではあるが、その姿に見覚えは無い。パッと見新しそうな制服だし、ひょっとすると一年生なのか?
「参ったな…………」
そんな見知らぬ女子の後ろ姿を見て、俺ポツリとこぼしていた。
――告白、か。
俺としてはあまり目立ちたくないし、こんな人目につくところで待ち構えなくても良いのに。
幸いにして、今丁度周りには誰もいないが、せめて手紙か何かで人気の無い場所に呼び出して欲しかった。
まあしかし、彼女を責める事は出来ない、か。
恋する乙女とは時に周りを見失うとも言うしな。
ともあれ。どうするか、だ。
流石に初めての経験だ。緊張している事実は否めない。
ただ、現状俺はそこまで恋愛に興味を持っていない。
勿論女性には興味津々だ。性的な意味で。
見たところ平均的な脚みたいだし、それだけで俺を虜にする程の魅力は感じない。好き放題に出来るかと思うと、それはそれでそそられるものはあるものの。
だが勇気を振り絞ってこの場に臨んでいる彼女に対し、あまり不誠実な態度は見せられないし。
どうする? ここは一旦気が付かれないように退散して様子を――
「あの……さっきから待ちくたびれてて……早くしてもらいたいんですけど…………」
あれこれ考えていると、その女子はくるりと振り向いて、俯き加減で言ってきた。
ぼそぼそとした話し声なのに、やけに良く聞こえてくる。
ホント、良く聞こえるな。まだ10mくらいは離れてるのに。
ここに至ってようやく気が付いた。
――静か過ぎる。
誰もいないという事に加えて、物音一つも聞こえてくる事が無い。そろそろ各部活も活動が始まってくる頃合いなのに、グラウンドや体育館の運動部の掛け声も、吹奏楽部の楽器の音も。
まるであの時と同じ。
初めてお光に襲撃された、あの時と。
俺はその事を思い出し、背筋にゾクリと冷たいものが走るのを感じた。
「本当は……面倒で嫌だったんですけど……どうしても……もう一回行け……って……」
ゆらりと歩き出した一年生と思わしき女子は、寝起きかと思うくらい低いテンションで語り続ける。
と、そこでまたしても気が付いた。
――もう一回?
まさか。そう思いながら、俺はゴクリと唾を飲み込んで問い掛けた。
「お前ひょっとして……この間の付喪主、なのか?」
その言葉に、女子がピタリと足を止めて顔を上げた。
何の変哲も無い黒くて縁の厚いメガネをかけている。前髪がメガネの半分くらいまでかかっていて、その表情が読めない。スカートの長さも膝がしっかり隠れる程長く、きちんとベストを着用して校章とクラスバッジも付けている。典型的な、マジメ系激インドア派女子といった風貌だ。先日のあのアホ丸出しでうざいくらいテンションの高かった美少女とは、とても同一人物とは思えない。
「ええ……まあ……そうですけど……何か……?」
「何かってお前……どうでもいいけどこの学校の生徒だったのか?」
「あれ……言ってませんでしたっけ……?」
「いや、初耳だ。一年か?」
「はい……1年3組の……大豆生田緋紗子です…………」
「お、おお、そ、っか。俺は、まあ知ってるんだろうが、2-2の仙洞田総一郎だ」
自己紹介されるとは思ってなく、少々戸惑ってしまった。
しかし、まさか賊が同じ学校の生徒だったとは。迂闊にも程があるだろう、俺。いつから狙われていたんだろう。
ただ、俺はともかくとして、先輩の目も欺かれていた事にある。となると、コイツ、ひょっとしたら結構な実力者なのかも知れない。あの時のアホな言動は、演技だった可能性も考えられる。
もしそうだとしたら、かなり状況は悪い。
「待ち伏せしてたって事は、目的は一つなんだろうが……一応聞いておこう。俺に何の用だ?」
「えっと……まあこの間と同じですけど……先輩の持ってる付喪神……下さい……」
当然そうだろう。思ったとおりの返事だった。
やなこった。
やっとステップアップの糸口がつかめてこれからって時なんだし、何よりあいつらは俺の家族だ。トレーディングカードで被ったカードじゃない。ホイホイくれてやる訳ないだろ。
けど、今はまだ準備が整って無い。やり合うのは分が悪い。幸いにして今日のヤツはテンションがこれだ。ちょっとダッシュして逃げ出せば、多分追っては来ないだろう。
三十六計逃げるに如かず、だ。
そう考えて、ジリ、と少し後ずさった時だった。
「この期に及んで往生際が悪い。御身も付喪主なれば覚悟召されよ」
凛とした声が背後から聞こえて来た。
慌てて振り返ると、前に立つ緋紗子と同じくらい離れた校門近くに、色鮮やかな橙色の鎧直垂に甲冑を着込んだ勇ましい女武者の姿があった。
「誰だよ」
思わずそうツッコんでしまったが、間違い無く巴御前だ。何というか教科書通りの出で立ちである。前回のアレは何だったのか。
「おい大豆生田、一つ聞きたいんだが。こないだはお前の付喪神、あんな感じじゃなかったよな?」
こんな場面なのに、聞かずにはいられない。
「……ああ……こう見えてあたしっち……割とオタク系で……密かにコスプレとか趣味だったりして……コスしてる時はそれなりに……テンション上がってるんですけど……普段はそうでも無くて……そんな時に巴を呼ぶと……あんな感じなんです…………」
どうみてもオタクにしか見えねえよ、とは言わなかった。
しかし、知らなかった事実だが、付喪神の顕現した姿とは、付喪主の精神状態に大きく左右されるもののようだ。
ただ、巴御前に関しては、むしろこっちの方が正解だろう。こないだよりも断然強そうじゃないか。テンション下がって強くなるなんて聞いた事無いぞ。何なんだ一体。
「さあ、付喪神を渡されよ」
その声に再び振り返ると、巴が薙刀の切っ先を俺に向けていた。
前後を挟まれた状態。
巴のすぐ向こうには校門があるが、とても突破出来そうには無い。左手にはフェンス、右手には校舎の壁。後ろの大豆生田のところからなら突破出来なくも無いんだろうけど、巴から逃げおおせられるとも思えない。
当然、お光も光世も顕現させていない。一応鍔も刀もバッグに入ってはいるが。
脇や背中に嫌な汗が流れるのを感じながら、それでも敵に焦りを見せないように、俺は必死でポーカーフェイスをキープしていた。
よろしくお願いします。




