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脚フェチな彼の特訓

 母親から厳しい教育的指導を受けた翌日。全身に残る鈍い痛みを引きずったまま学校に行った。お蔭で一日授業に身が入る事も無く終わってしまった。桜木谷先輩のバイトの都合で不定期に行われる部活も、幸いにも今日は休みだった為、放課後になった現在、一人でよちよちと自転車を漕いで帰宅中という訳である。

 これで中々に根がマジメな俺は、結構授業は聞く方だし予習復習も欠かさない。休み時間も次の授業の用意に余念が無い周到振りだ。だから授業に専念出来なかった事が少々悔やまれる。べ、別に友達がいないから教科書でも読んで暇潰ししてるって訳じゃないんだからねっ!

 と意味も無くツンデレっぽく自虐してみたところで我が家に到着。マイ鍵でドアを開け、玄関のスニーカーで先に妹が帰宅している事を確認。いつものルーティンをこなし、小さく溜息をついた。

 昨日は酷い目に遭ったが、お光の件は幸運だったと言えよう。結局妹だけに留まらず、両親にまでお光の事がバレてしまったが、その原因となった妹の迫真の演技で事無きを得たのだ。

「おみっちゃんは悪くないんだよ? ただこの世に未練を残して成仏しきれないだけの可哀相ななの。お願い。喜由、いい子にするから、おみっちゃんを家の子にしてあげて? ね? いいでしょ?」

 まるで泣き芸で一躍スターダムに上り詰めた子役タレントばりに、涙を流しながら喜由が見せたそれは、両親の心をいとも容易く撃ち抜いた。オヤジもオフクロも泣いてたなあ。冷静に聞けば「拾ってきた捨て犬じゃねんだから」ってツッコミを入れたくなるし、そもそも「霊って(笑)」って話なのに。まあ実は全部知りつつ俺も泣いてたんだけど。

 妹は昔からこういうのが上手い。どんなに荒唐無稽な話でも、ヤツが語ればすべては真実に早変わりする。真実のみを語る俺にとっては相容れないものではあるが、ある種の才能だと認めてもいる。

 そんな回想をしながら階段を上がって自室のドアを開けると、テーブルの上のノートパソコンに齧り付いている付喪神の姿があった。

「おい、何勝手に他人のパソコン使ってるんだ」

「お帰りなさいませ総一郎殿」

 俺の言葉に的外れな返事を、しかも画面から全く視線を動かさずに寄越すお光。何を熱心にと覗いてみると、どこぞのニュースサイトを見ているようだ。骨董品アンティークのクセにパソコンでネットサーフィンとは片腹痛い。

「お前さあ、挨拶くらい人の顔を見て言ったらどうなんだ」

「おお、これはご無礼を。しかしながら総一郎殿、世も変わったものでございますなあ。この場にいながらにして全国津々浦々の出来事を、まるで己が見聞きしてきたかのように知る事が出来るとは」

「まあな。今やネット無くして生活は成り立たないくらい浸透してるからな」

「しかし物騒になったものでございます。ご覧なさいませ。あちらこちらで争いや盗みが横行している有様。それがしが刀として振るわれていたころは、ここまで荒んではおりませんでしたが……これなぞはこの地より程近い場所での“にゅうす”ではございませんか?」

「んん? ああ、蔵岡な。隣の市ではあるな。リサイクルショップに泥棒、ね……」

「由々しき事にございます。今宵よりは、それがしが寝ずの番にて仙洞田家をお守り致しましょう」

「俺が寝てる間は元の姿だろお前」

 自分が何者なのか忘れているらしい。

 やれやれと溜息をついた時、はたと気が付いた。ある重要な疑問に。

「それよりもおい、それどうやって使ってるんだ?」

「どうやって、と申されましても……昨夜あれから喜由殿のご寝所にてご指南いただいた次第にございましたが」

「そうじゃなくてだな、パスワードかけといた筈なんだが?」

 つまりはそういう事である。俺の個人情報の塊(主にエロ関係)とも言える代物だ。第三者がおいそれと中身を見る事が出来ないよう、きっちりとパスワードをかけている。しかも月に二回はパスを変えている程徹底している。

「おお、ぱすわーど。それならば喜由殿にお教えいただいたので問題ございませんでした」

「ちょっと待て、喜由が?」

「いかにも」

「バカな………………」

 衝撃の事実を突き付けられた。一瞬信じられないという思いが頭を掠めたが、すぐにアイツなら十分あり得ると思い直した。

 まあいい。所詮パソコンの中身はフェイクだ。俺の嗜好を十二分に満足させる本命は、ベッドの下にある収納スペース最深部に隠した、2TBの外付けHDDの中だからな!

「しかし寝台の下に隠されたあの小箱の中身はいかがでございましょう。それがしにはいささか理解し難いものにございました。女人の足の爪先や足裏ばかり並べて何が嬉しいのやら……」

「やっぱりね!! 当然こういうオチなんだよね!!」

 お約束は鉄板だった。

 喜由、お前この恨み必ず晴らすからな。“お友達の足ガン見するのやめる条約”は今この瞬間破棄されたと思え!

「……まったく。まあいいだろう、どうせお前には俺の恥ずかしいところは筒抜けなんだろう? 今更お宝を見られたところで動じる程俺は小さくない」

「堂々とするのも正しいとは思えませぬが……」

「さあ、そんな事はどうでもいい。早速特訓だ」

「特訓?」

「おう。昨日はバタバタして結局何も出来なかったが、付喪主として力を発揮出来るよう訓練しようと思ってな」

「おお、左様にございますか。ならばお供するのにやぶさかではございません。で、それがしは何をすればよろしいでしょうか」

「そうだな……取り敢えず着替えるまで待ってくれ」

 一先ずお光を待機させ、さっさと制服を脱ぎ捨てる。そして部屋着のジャージを着込んで着替え完了。男の身支度なんぞ時間をかけてするものじゃあない。それが俺のポリシーだ。

「そう言えばお前、男が目の前で服を脱いでもきゃあともへいとも言わないな」

「おぼろげながら、かつてのそれがしの持ち主が男であったような覚えがあります。それででしょう」

 成程、それでか。

「よし、じゃあやるか」

「御意。ではまず何を?」

「そうだな。脱げ」

「斬るぞ?」

「待て、時に落ち着け。鯉口を切るな」

 躊躇せず、ちゃきりと音を鳴らして俺を威嚇するお光。俺に対する態度が日を追うごとに酷くなっていくような気がする。

「冗談だ、物騒なヤツめ。そのまま俺に向かって立ってるだけでいい。じゃあ行く――って待て待て待て! 抜刀するな!!」

「涼しい顔で手を伸ばして何を今更。着衣のまま事に及ぼうとは見下げ果てた根性にございますな。何、苦しまれぬよう一太刀にて終わらせますゆえ」

「だから待てと言ってるんだ!! お前を人の姿にする時は鍔を手に持つだろう!? だから元に戻す時もそうした方がいいんじゃないかと思ったんだよ!! 別に着衣性交しようってんじゃない!! したいけど!!」

「む、左様にございましたか。本音が垣間見えたのが気掛かりではございますが、ここは一先ず水に流しましょう」

「やれやれ…………」

 大きく溜息を一つ。どっと疲れた。

 っつーか刀抜くの早ええよお前。

「じゃあしばらくじっとしててくれよ?」

 気を取り直して、両手をお光の両肩に置いた。お光は一瞬身を固くしたようだったものの、今度はおとなしくしている。

 お光の肩は、イヤが応にも彼女が女性であるという事を認識させるものだった。温かくて、思ったよりずっと細く、小さい。俺の掌にすっぽりと収まってしまう程だ。

 むくむくとやましい気持ちが湧き上がってくるのを、ぶんぶんと頭を振って必死に抑えつけて堪える。

「いかがされた?」

「い、いや、何でもない」

 いかんいかん。

 ぎゅっと目を閉じて、頭の中で強くイメージする。

 元の姿――刀の鍔。今、目の前にいる美少女の真実。

 元に戻るとはどんな感じだろう?

 そのプロセスは?

 いや、逆に考えよう。鍔から人の姿に変わる時はどうだ? 何度か見ているあのエフェクト。鍔が光に包まれて、お光が現れるあの一連の流れ。あれを逆回しにすればいいんじゃないか?

 目を閉じたまま、もう一度イメージする。今俺が両肩に手を置いている少女が光に包まれて、そして、その光が収まれば鍔に変化している。そんなイメージ。

 そしてもう一つ。今度は俺の能力のイメージ。例えば、ありがちだけど、全身をオーラのようなもやもやした光が包んでいるような感じ。それが俺の力を具現化したものとする。桜木谷先輩に話を聞いてから、何となくそんなものだろうと想像していたイメージ。

 お、何かイイ感じ。上手く表現は出来ないし、そんな経験した事もないが、何となく感じるものがある。

――いける

 と。

 このまま力を両手に集中させてお光に注ぎ込

「話は聞かせてもらったっ!! 人類は滅亡するッ!!」

 もうとした瞬間だった。部屋のドアが乱暴に開けられると共に、けたたましい喜由の声が響き渡った。

「おいいいいい!! お前何邪魔してくれてんだよおおおおおお!! 今めっちゃ!! んめっっっっちゃイイとこだったのによおおおおおおおお!!」

「いやー、いっくら待っても兄者ってばセックルおっぱじめないからさー、思わず乱入しちゃったナリー」

「おっぱじめねーよ!! 今それどこじゃねーし、してーけど出来ねーしよ!!」

「まあまあ落ち着くでござる。って、あれ? 何だやっぱりそのつもりだったナリ? ちゃっかりおみっちゃん殿の肩に手ぇかけちゃったりしてさ。あ、アタイの事は気にしなくても無問題だから。さあさあ続けてちょうだいませそ?」

「いや、お前ホント黙ってて? 今本気で取り込み中だから」

「冗談でござるよ冗談。挨拶代りの軽いポリネシアンジョークでござる。んで? 上手くいったのかしらん?」

 ひらひらと手を振りながら、一ミリも悪びれた様子を見せず部屋に乗り込んできた喜由。そのまま俺達の横をすり抜けて、どすんとベッドの上であぐらをかいて座り込んだ。相も変わらず体操服着やがって。毎度の事ながら何でそんなに一杯体操服持ってるんだよ。

「お前が来なければ円満解決した筈なんだ。って、お前俺達が何しようとしてたのか知ってるのか?」

「ふふん、お前仙洞田家の壁の薄さ舐めんなよ? 兄者が夜な夜なパソコン見ながら“ぬふぅ”だの“アッー”だの言いながら億単位の小さな分身虐殺してんのだってスカッとまるっとお見通しなんだぜぃ?」

「え……マジ? いや確かにお前の気持ち悪い笑い声は時たま聞こえてくるが、そこまでじゃないかと思ってたんだが…………」

「そんなんぎっちり気ぃつけてるに決まってんじゃん。いくら何でも身内にシャドウセクロス筒抜けなんて自決もんだっつの」

「おいちょっと待て。何お前、お前もその……してる、のか?」

「してるしてるw もー朝から晩までズッボズボ。今ドキJCの新常識でござるよw」

「お……!? ひ、ひょっとしてお前……け、経験者、とか、い、言わない、よな……?」

「膜なんて飾りですww エロい人にはそれが分からんのですwwwwww」

「ぬおおおおおおおおああああああああああ!?」

 背後から鈍器のようなもので激しく後頭部を殴打されたような衝撃を感じた。目の前が真っ白になって意識が刈り取られるような感覚。俺は床に両の手足をついてガックリとうな垂れた。

「さて、嘘八百並べてスッキリしたところで、改めてどうだったの?」

 しかし喜由、激しく打ちのめされた俺を軽くあしらう。

「おい! どっちなんだよ!! ウソだったのかよ!! ってかホントにウソだよな!? お前はまだ穢れを知らない、無垢で愛らしいあの日の妹のままなんだよな!?」

「あーはいはいそーですよ。挨拶代りの軽いインドネシアンジョークじゃない。もー兄者ったらこの手のジョークが通じないんだから……って、だからそんなマジ泣きしなくても……」

「だ、って、おま、お前、が、お、おまえ」

 激しく安堵した。何だかんだ言っても俺は妹が可愛くて仕方ない。それはもう眼の中に入れても痛くないレベルで。親と同レベルの愛情を注いでいる自信はある。何せ月々の小遣いとお年玉を与えているくらいだし。妹に対して肉親の愛情を惜しみなく注ぐ事をシスコンと称するなら、俺は甘んじてそれを受け容れてやろうじゃないか。

「いやそこまで言われるとぶっちゃけキモいでござる」

「お前俺がいい事言ってるんだからそこは目をつぶれよ。ってか心読むのやめろ」

「どうでもいいから早く話進めて欲しいナリー」

 あぐらの両足を上げて、そのままぺちぺちと鳴らしながらふざけた口調で俺を責める喜由。何とも人を小馬鹿にした態度だが、俺は腹立たしく思うよりも残念に思う。

 これが赤の他人だったなら、と。

 喜由の足は色・形・肌の質感等どれを取っても絶品なのだ。しかし妹というだけで魅力は激減。ちなみに俺は基本靴下やストッキングなんかを履いた脚(足)派なんだが、裸足とていける口だ。そして裸足は英語でベアフットという。明日に使えないムダ知識でした。

 閑話休題。

「誰のせいだと思ってるんだよ……いや、もう少しで何とかなりそうだったんだけど、お前の邪魔で中断したんだっての」

「ですが総一郎殿、その、何と申しましょうか。身体が何やら熱を帯びたような感覚がございました」

「え、ホント?」

「まさしく」

 ショックから回復した俺は、涙と鼻水と涎をティッシュで拭いながら、コクリと頷くお光を見つめる。どうやらこの試みは、一発目からビンゴだったらしい。

「よし、じゃあもう一度やってみよう」

「ちょい待ち兄者。拙者から一つアドヴァイスがあるでござる」

「アドヴァイス? お前にそんなの出来るのか?」

「ふふん、今ドキJCをバカにしてもらっちゃあ困るねい。伊達にニコラとかピチレモン愛読してるんじゃないんだぜ?」

「それローティーン向けのファッション誌じゃなかったか?」

「ポイントは言葉」

「言葉?」

 俺のツッコミをスルーして、喜由が自信満々な笑みを見せていた。

「そう。兄者、言霊って聞いた事ないでござるか?」

「言霊………………」

 モロにあった。しかもつい最近。他でもない。あの時、あの部屋で、桜木谷先輩から。

 確か――

『そうそう。例えば呪文のようにして、言葉として声に出してみるのも効果的かも知れないな。中二病とか言って結構バカにされがちだけどね、ああいうのは案外効き目があったりするんだよ。具体的な言葉にする事でより強くイメージを定着させる事が出来るんだ。“言霊”って聞いた事ないかい? あれはね、プラシーボ効果というものにも見られるように、実は霊的なモノではなくリアルに存在するものなんだよ? っておい、また君は……だから匂いを、あ、しまった! コラ!! 勝手に拾うな!! あ、ダメ!! サンダルの匂い嗅ぐのもやめろ!! やめ、返してええええええええ!!』

 こうだった筈だ。しかし、あの時俺を蹴り飛ばそうとして、先輩の校内履きのサンダルが脱げたのは僥倖だった。サンダルの温もりと仄かに嗅ぎ取れた先輩の汗の匂いのメモリー。そのおかげで先輩の言葉が鮮明に蘇ってきた。むう、これは画期的な暗記法じゃないか? そうだ、将来これを“足の匂い記憶術”として広く世に知らしめれば、数多の受験生の強力な武器になるのではないだろうか。よし、早速今度の部活で先輩に報告して、記憶術の確立に一肌脱いでいただくとしよう。

「ふむん。その心底気色悪い思い出し笑い。何やら心当たりがあるようでござるなあ」

「あ、ああ。そう言えば学校の先輩から聞いていたんだった。成程な。確かに言葉として発すれば、俺は勿論お光も意識しやすくなるかも知れない」

「されば総一郎殿、物は試し。早速もう一度」

「よし」

 という訳で二度目のトライ。今度はさっきの感覚が残っているから、もっとスムーズに行く筈だ。

 再びお光の華奢な肩に手を置いて目を閉じる。そして深呼吸。俺の力がお光から戻ってくるイメージ。ヤツが光に包まれて元の姿に戻る。俺の言葉と共に――

「戻れ、お光」

 シンプルな言葉。静かに、しかし、力を込めて。

 次の瞬間、目蓋の上から差す光を感じ、そして、両手にあった温もりが消えた。

「あ!」

 そして聞こえてきた、喜由の短いながらも驚きに染まった声。

 慌てて目を開けると、そこにお光の姿は無かった。

「出来、た……?」

 足下に目を向けると、床にころりと鍔が転がっている。

「兄者、やったね」

「お、おう。でも何と言うか、案外あっけないものだな。もっとこう、昂揚感に包まれるとか、達成感で満たされるとかがあるかと思ったんだが……湧き上がって来ないんだ」

「そんなもんじゃないの? じゃあ次は鍔をおみっちゃんにしてみようよ」

「それは簡単だろ。手に持つだけでいいんだから」

「違う違う。意識して変化させるの。要するに、付喪主として自分の意志で能力を行使して、付喪神を顕現させるって意味」

「そういう事か。確かにな。意図的に呼び出せるようになれば、無闇にお光を他人の目に晒す危険も少なくなるな」

「そういう事でござる。それこそ何か条件付けしてみれば? 呪文唱えるとかさ。ひゅーカッコいい! ボクの考えた召喚の呪文!」

「お前バカにしてるだろ」

「やだなあ、あったり前じゃん!」

 そう言って、喜由はふひひと笑う。

「まったく……まあいい。お前の言う呪文云々は置いとくとして、しかし言葉にするという行為に効果があるのは実証済みだ。正直何かしらの言葉を使用するのはいささか恥ずかしくもあるが、その内慣れるだろう」

 桜木谷先輩だったら、嬉々として呪文とか考えるだろうが。あの人好きだからなあ。ちょっと相談してみようかとも考えたが、世にも痛々しい呪文を考えていただけそうなのは間違いないのでやめる事にした。

「取り敢えず……っと」

 床に転がる鍔を拾おうと少し屈んだところで動きを止める。

「どったの? 兄者」

「いや、このまま触れればこれまでと同じだ、と思ってな」

 そして姿勢を直して目を閉じ、再び深呼吸。そしてイメージする。さっきの応用だ。力の奔流を、身体の内側に留めるイメージだ。身体を覆うオーラ状の力が、動画の巻き戻しのように身体の中に取り込まれていくような、そんな感じ。

 イメージの中で、力が完全に抑えられてところで、屈んで鍔に手を伸ばす。少しの躊躇の後、思い切って手に取った。

「おお……」

「やるじゃん」

 掌の上に、古びた刀の鍔が乗っている。こうして間近にして見るのは、実は初めてかも知れない。実に精緻で手の込んだ意匠となっている。名だたる名刀だったというのも、こうして見ると真実味を帯びてくる。

「さ、兄者。やってみてよ」

「……よし」

 鍔を掌に乗せたまま、今度はそれをじっと見つめつつ深呼吸。そして、さっきのお光を鍔に戻したあの感覚を、そっくりそのまま逆回転させる。イメージがはっきりしたところで、再び言葉を紡いだ。

「出ろ、お光」

 閃光が走った。思わず目を閉じると、それと同時にふわりとした風のようなものを感じた。

「お見事にございます。総一郎殿」

 その声に閉じていた目蓋を持ち上げると、にこやかに微笑む剣道着の美少女が佇んでいた。およそその容姿には似つかわしくない、刀の鍔の眼帯で左眼を覆って。

「アイパッチ、と称すそうでございますよ?」

「ちょっとした達成感が台無しだよこの野郎」

「よし、これで一件落着だね。あー長かった。ではおみっちゃん殿、拙者の部屋で昨夜の続きでござる。ささ、早く早く」

「し、しばらく。まだ総一郎殿のお許しを」

「いいからいいから~」

「おい喜由、お光の言う通りまだ話は終わ」

 と言いかけたところで、喜由は戸惑うお光を連れて部屋から出て行ってしまった。

 やれやれ、と溜息を一つ。

 だが、まあいいだろう。手応えは十分だ。この調子ならもう大丈夫だろう。

 しかし、これではっきりした。俺が付喪主であるという事と、お光が俺の能力で具現化した付喪神であるという事が。

 お光が人の姿になっている時のあの倦怠感や疲労感も、最近はだいぶ慣れたのか、ほとんど感じなくなってきた。これから少しずつ訓練していけば、その内お光以外にも、何か他のモノを付喪神にする事も可能になるかも知れない。

「いやしかし、これで俺も“能力者”というやつになったのか? はは、桜木谷先輩の事も。もう笑えないな」

 ゴロリとベッドに転がりながら、そう呟いて自嘲する。ただ、やはりどこか浮ついた気持ちでいたのは間違い無い。色々なモノを付喪神に変えて、あれこれ使役する自分の姿を、暢気にボンヤリと想像していたのだから。

 能力者になるという事の本当の意味を、知らないままで。


よろしくお願いします。

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