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脚フェチな彼の敵2

「そもそも平将門の復活ってのは、悪党どものある意味“定番”のテーマなんだよ。これまでも色んな連中が色んなやり方で封印を解こうとしてきた。まあ当然そういうのはみーんな阻止されてはきたんだけどさ」

 コーヒーを飲もうとして空になっていた事に気が付いた黒井さんは、テーブルに戻しながら言った。

「洋の東西を問わず様々な術式が試されてきたもんだから、対応策ってのも相応のものが出来上がっててさ、これからチャレンジしようってんなら、まあこれまでに無かった斬新な方法が必要なんだよ」

「それが五剣と関係していると?」

「そうそう。察しが良いねえフェチ男君。そこで滝夜叉姫が目を付けたのが、自分と同じ、付喪神を利用する方法だ。そしてその器として五剣を選んだらしいんだよ」

「何故じゃ? 力を秘めた器なぞ、他にもいくらでもあろうに」

「これは推測なんだけど、多分最初から五剣にしようって思ってたんじゃなくて、五剣を手に入れたからこれにしようって決めたんだろうな」

「じゃあ滝夜叉姫は五剣を既に手に入れているんですか?」

「一振りだけね。数珠丸っていう宝剣だ」

「数珠丸?」

 初耳だった。

 っていうか刀の名前か?

「かつて日蓮が所有してたらしい。日本史で習ったろ? 法華宗の開祖。相当破天荒な坊さんだったらしくてさ、錫杖の代わりに刀を持ち歩いてたとか。んでその刀が数珠丸だってさ」

「そんな大層なもの、どうやって手に入れたんでしょう」

「経緯までは不明。敵さんもさるものでさ、なかなか尻尾つかめないんだよ。ここまでの情報を揃えるのにも10年近くの時間がかかってるんだ」

「10年ですか……」

 俺はすっかり冷めたコーヒーをすすりながら、呟くように言った。

 10年前といえば、俺はまだ小学生にもなっていなかったころだ。

その頃から既に敵は動いていたのか。

「しかし、今一つ締まらぬ話じゃ。大層な題目を掲げながら、それ程の時をかけても五剣の内一振りしか手にしておらぬとは」

「お、鋭いねえ。実はそうなんだ。本当に力を秘めた刀ってのは、やっぱりそうそう簡単には転がってなくてね。厳重に封印されたりとか、相応の持ち主に守られてたりとかするケースがほとんどだからな。フェチ男君の場合は相当レアなケースなんだぜ?」

「そうだったんですか……でも、少し思ったんですが、例え敵がその目的を果たしたとしても、黒井さんなら何とでも出来るんじゃないんですか? 先輩からお聞きしました。MJ12のお一人だと」

「はっはーん、もう聞いてたのか。まあその指摘通りではあるが……けど、俺が表だって事を構えるような真似はしない。と、言うよりも出来ない」

「どうしてですか?」

「暗黙の了解っていうか紳士協定っていうか、そんなとこ。あるんだよ、俺達の間に。下々の争いには関与しないってのがさ」

「矛盾しておるな。ならば貴殿の立場はどう説明するのじゃ? なにがしとやらの組織を率い下々に大いに関わっておるではないか」

「いやいや、率いるってのは流石にオーバーだよ。でも、まあまったくその通りだ。正直言ってみたら特例みたいなもんさ。ギリギリのグレーゾーン。自業自得でもあるんだけど」

「自業自得?」

「そう言う事。ま、その話はまた追々な。つまりだ、俺が直接手を出せないから、今後フェチ男君自身に頑張ってもらわないとダメだって事さ。別に滝夜叉姫を倒せ、ってまでは言うつもりは無い。ただ降りかかる火の粉を振り払ってくれれば良い」

「大典太光世を渡すな、と」

「うん。滝夜叉姫の目的は五剣の付喪神を揃えて“融合”させた上で自分の主に“憑依”させる事。そうして得た力を持って封印を“切り裂こう”って魂胆だ」

「切り裂く?」

「こじ開けようとしてるんだよ。力任せにね。だからタチが悪い。何でも無理やりってのは良くないんだ。必ずどこかで歪みが生じる。そして結果的に大きな災禍につながってしまう」

「風が吹けば、というやつじゃな」

 黒井さんの話に、光世が同調し頷いた。

 バタフライ・エフェクトとも言っただろうか。

 ほんの小さな切っ掛けが、巡り巡ってとんでもなく巨大な結果を引き起こす、とうヤツだ。

「昨日から色んな話をいっぺんに詰め込んですまない。けど状況はここにきて急に動き出してね。フェチ男君には何とか頑張ってもらいたいんだ」

「いえ、黒井さんに気を遣っていただく事はありません。むしろ何も知らなかった俺に色々と教えていただいて、しかも危ないところを助けてもいただいているんです。感謝する事しかありませんよ」

「そう言ってもらえるとありがたいけどね。俺達としても出来る限りのサポートはするつもりだ。けど、最後はやっぱりフェチ男君の力次第になる。少しでも早く能力をモノにしてくれ」

 それまでどこか飄々とした雰囲気の黒井さんだったが、そのせりふを言った時の目は、思わずこっちまで身が引き締まりそうになるくらい真剣なものだった。

 俺は姿勢を正して、ゆっくりと首を縦に振って応えた。

「さて、と。んじゃボチボチ出ようか。良い時間になっちまった」

「あ、ホントだ」

 店の壁掛け時計を見ると、もう12時近くになっている。

「帰りも送るよ。あの公園までで良いかな?」

「ありがとうございます。それで十分です」

 そう言いながら席を立とうとした時、光世が口を開いた。

「黒井殿。一つお聞きしたい」

「お、何だい? 光世ちゃん」

 上げかけた腰を止めて黒井さんが答える。

「あの付喪神、正体をご存知か?」

 光世の言葉にハッとした。

 大きな敵の存在にすっかり気を取られていたが、俺達には、まず目先の脅威が残されていたんだ。

「ああ、肝心な事を忘れてたな。知ってるよ。付喪主の方は知らないんだけどね。あの付喪神は」

 腰を落ち着ける事無く、すっと立ち上がって黒井さんが言った。

「巴御前だよ。源平合戦の」


よろしくお願いします。

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