脚フェチな彼の遭遇6
「主殿、その者は?」
油断無く敵の方に構えを取りながら、背中越しに問い掛けてくる光世。
「話しただろ? 例の黒井さんだよ」
「成程、件の御仁か……」
「って良いのか? 話なんかしてて」
「構わぬ。ほれ、賊どももこちらに気が付いたようじゃ」
光世の答えに連中の様子を伺うと、確かに一旦戦闘が中断されたような空気になっている。
振り下ろした薙刀を緩慢な動きで担ぎ上げる巴と、そんな相方をよそに眉を吊り上げながらツカツカと近付いてくるピンクの姿が見えた。
「ちょっと!! アンタ誰よ!! ってゆーかどうやってここに入ってきたのよ!?」
何度目かの煙を吐き出した黒井さんに、目の前までやってきたピンクがビシリと右手で指差しながら言った。
「お? 何だい可愛らしいお嬢ちゃん。俺は単なる通りすがりのナイスガイだ。ちなみに好きなプリキュアはファイブのキュアアクア。よろしくな」
「ふん!! 邪道ね!! プリキュアといえば無印のブラック一択しか認めないわ!!」
再びビシリと右手で黒井さんを指差しながら、ピンクが言い放った。
それどころじゃないのに、お前は何を言っているんだ、そう思ってしまった。
「その歳でファースト原理主義とは恐れ入るけど、若いんだからもっと視野を広げた方が良いな。シリーズそれぞれに特色や良さがあって例えば」
「黒井さん。黒井さん、ご高説はまたの機会にお聞きするんで取り敢えず話を進めて下さい」
「おお、すまんすまん。じゃ、お嬢ちゃん。この二人は俺の知り合いでね、悪いんだけどここはちょっと退いてもらえねえかな?」
「いきなりあたしっちの結界に入り込んだ上に勝手な事言ってくれるじゃない!! 巴!! 構わないわ!! このオジサンもやっちゃっ」
「緋紗子!!」
ピンクの言葉を遮って、巴が慌てた様子で駆けつけた。
「緋紗子、ここは退くぜ!!」
「はあ!? 何ですって!?」
「良いから!! 時間切れだぜ!!」
「時間切れ!? ちょっとどう言――」
ピンクが言い終わらない内に、巴がその小柄な身体を抱え上げると、あっという間に公園の植え込みを飛び越えて去って行った。
急展開の連続に、しばし呆然として立ち尽くす俺。
「フェチ男君」
黒井さんにそう呼ばれてハッと我に返った。
「あ、黒井さん。あの連中何だったんですか? って言うかあの格好で走り回ってるんじゃさぞかし騒がれるんじゃ……」
「ははっ、心配ご無用だろうな。一応隠遁の術らしきものは使ってたみたいだし」
「そうですか……ってそれどころじゃないですよ。何が何だかさっぱり分かりません。黒井さん、これはどういう事なんですか?」
「まあそう慌てなさんなって。折角だから行きつけの店でコーヒーでも飲みながら、ゆっくり話そうぜ? 光世ちゃん、で良いんだよな? 悪ぃけどちょっと付き合ってくれねえかな?」
「構わぬよ。儂も事の成り行きを知りたい故な」
「決まりだな。そこに車止めてあるから。あ、光世ちゃんはさっきのジャージに戻ってくれるか?」
公園脇に止めてある、中々に年季の入った小型の車を指差しながら黒井さんが言った。
仕方無く、キツネに摘ままれたような思いのまま黒井さんの車に乗り込む。
失礼ながらあまり乗り心地の良くない車(ミニ何とかという外車らしい)に揺られる事10分少々。俺達は黒井さんの行きつけの店に到着した。
「……マックって言って下さいよ」
何の事は無い。国道沿いのファストフード店だった。
「いやホント行きつけなんだって。バイトの子とか顔見知りだし、いつもコーヒーだけ頼んで結構な時間居座るけど、みんな俺に挨拶しに来てくれるんだぜ?」
それは遠回りに帰れって言われてるんじゃ、と喉まで出かかった言葉を飲み込んで、俺達は2階席に腰を落ち着けた。
「さて、と。災難だったなフェチ男君。昨日の今日でもう襲われたとか」
「全くですよ。一時はどうなる事かと……そう言えば礼が遅れました。助けていただいてありがとうございました。あとこの上着も」
切り傷だらけの腕を晒すのもちょっとな、という黒井さんの配慮から、車に乗せてあった黒のジャケットを貸してもらっている。
「いいっていいって。そんなにかしこまる必要は無いさ。メガネまで用意出来なかったのは悪かったけど」
黒井さんは肩をすくめてそう言うと、コーヒーを一口すすった。
ちなみにさっきの巴の技の影響で、俺のメガネは左のレンズにヒビが入ってしまっている。
「そこまで図々しくなるつもりはありません。お気遣いだけで結構です」
店内は休日の学生と思わしき客で賑わっている。
土曜の午前中に来た事が無かったから中々に新鮮だ。
「して、黒井殿、よろしいか。あの者どもをご存知なのか?」
「まあね」
「え、本当ですか? 一体何者なんですか?」
「まあ落ち着けってフェチ男君。正確にはあの二人組のバックを知ってる、ってとこなんだ」
「バック、ですか?」
「黒幕って言えば良いのかな?」
「成程。彼奴らは単なる先駆けに過ぎぬ、という訳か」
「そんなとこかな。んで俺が現れたから退散したんだ」
「でもあのピンク頭、確か緋紗子とか呼ばれてた付喪主は良く分かってなかったみたいですけど」
「恐らく素人に毛が生えた程度の術者なんだろうな。俺の御守りにも気が付かなかったくらいだからな」
そう言いながら、黒井さんがテーブルの下を指差した。
ハッとして俺は足首に目をやる。そう言えばそのミサンガがあったんだ。
「結局あんまり役に立たなくてすまない。そういう事もあるかと思って様子を見に来て正解だったよ。んじゃボチボチ話を始めようか」
そう言いながら、黒井さんは胸ポケットからタバコを取り出した。
けどとの直後、通りがかった店員に
「禁煙です」
と、やや冷たい口調で注意されていた。
よろしくお願いします。




