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脚フェチな彼の面談3

「……やれやれ、ではお言葉に甘えようか。仙洞田君、ほら、座って待つとしよう」

 先輩に促され、客用のソファに腰を下ろす。

俺も先輩も何となく無言のまま、黒井さんの戻りを待った。

手持無沙汰になった俺は、ぐるりと事務所の中を見渡した。

まあこれといって変わったところは無い。別に会社の事務所の何たるかを知っている訳でも無いが、それでも“普通”の事務所なんだろう、という印象だ。

ふと、部屋の一番奥まったところにある本棚に目が留まった。何やら随分と古びた装丁の本が見当たる。

「先輩。あの本棚の本、随分年季が入っているように見えるんですけど……古文書か何かかな? 読んだ事あります?」

「ん? ああ、あれか。いや、読んでいないな。と言うより、読めない、と言った方が正しいかな?」

「読めない? ああ、洋書ですか。特にフランス語の原書なんか読めませんもんね。俺も一度で良いからソドム百二十日を原書のまま読んで生の迫力を味わってみたいと思ってるんですよ」

「ソドムって君は……いや、そういう訳ではなくてね。あれは全部禁書なんだ」

「禁書、ですか?」

「そう。読んだら死ぬよ」

「……冗談ですよね?」

「それが冗談じゃないんだよ。きみの 言ったのは上から2段目の真ん中辺りにある2冊の事だろう?」

「ああ、そうです」

「あれはグリモワール、いわゆる魔術書や魔導書と称される書物の一種でね。確か呪いに関する内容のものと悪魔召喚に関する内容のものだったと思う」

「マジですか……え、タイトルは何ていうんですか?」

「教えてもらってないんだよ。タイトルそのものにも言霊が宿っていて、その名を口にしただけでも危険な代物らしいんでね」

「メチャクチャ危険じゃないですか。いや、そんな危険物、無造作に本棚に置いといて良いんですか?」

「良いんだよ。そこには結界が張ってあるからね」

 俺の質問に、丁度事務所に戻って来た黒井さんが、パーテーションの向こうから答えてくれた。

「お待たせ、っと。はいよ、粗茶ですが」

 シンプルなデザインの湯呑を俺と先輩の前に置きながら、向かいのソファに腰を下ろす黒井さん。自分には専用の湯呑だろう。寿司屋なんかに置いてありそうなゴツいサイズの湯呑を手にしている。黒字に白の梵字がびっしりと書かれている柄には触れないでおこう。

「さて、落ち着いたところで改めて自己紹介しておこう。俺はここの責任者、黒井殺助。歳は永遠の22歳で好きなプリキュアはフレッシュのキュアパインだ。ま、一つよろしく」

 爽やかな笑みを見せながら、すっと右手を差し出してくる黒井さん。

 時が、止まった。

 何と答えるべきか。ボケたのかマジなのか。非常に判断に迷う自己紹介だ。

 しかし俺は、一瞬の思考の後、差し出された右手を握り返しながら毅然と言い放った。

よこたて高校2年2組出席番号8番仙洞田総一郎せんどうだ・そういちろう16歳です。好きなプリキュアはSSスプラッシュスターのイーグレット、趣味は読書などを少々」

 俺の手を握る黒井さんの逞しい右手が、ピクリと反応した。

「ほう…………?」

 すっと目を細め、口端を持ち上げる黒井さん。“こやつやりおるわ”とでも言いたげな表情である。どうやら俺の自己紹介は正解だったようだ。

「では所長、お話の方をお願いします」

「サキちゃん、ここはもう少し俺達のやり取りに触れておこうよ」

「プリキュアは鑑賞していませんので」

「いやそういうんじゃなくてね……」

 握手していた手を放しながら、寂しげな表情で先輩を見る黒井さん。

 ここでの普段のやり取りが目に浮かぶような光景だ。

「まあいいや。別に堅苦しい話をしようってんじゃないから、茶でもすすりながらボチボチいこう。ほら、源氏パイ喰う? ウチの娘が好きなんだ、これ」

「へえお嬢さんがですか。ありがとうございます。いただきます」

 テーブルの上のガラスの器には、こんもりと源氏パイが用意されている。

「さーて早速だけど、今日来てもらったのは他でもない。ちょっと伝えておきたい事がいくつかあってね」

「俺に、ですか?」

「そう。君に、だよ。フェチ君」

「フェ……それ、何ですか?」

「や、脚フェチなんだろ? ニックネームだよ」

「そう、ですか……」

 出鼻をくじかれた気分だった。

 初対面の人からいきなりニックネームで呼ばれるとは思わなかった。

 何となく緊張していた自分がバカだったような気がする。

「まあそんな事より、だ。まずは君自身の能力について改めて知ってもらいたいと思う」

「俺の……付喪主の、ですか?」

「そう。ほとんど知らないんだろ?」

「ええ、ご指摘の通りです。もしかして、黒井さんも、ですか?」

「いんや、俺は付喪主じゃあ無いんだ。けどまあそれなりに知識はあってね。あ、タバコ、吸っていいかな?」

「え? ああ、どうぞ」

「すまんね」

 そう言うと、黒井さんは胸ポケットのケースからタバコを一本取り出して口に咥え、ズボンのポケットから出したオイルライターで火を点けた。


よろしくお願いします。

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