表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/169

脚フェチな彼の先輩

 数年振りの農作業による肉体的疲労と、目の前の美少女に手を出したくても出せないという蛇の生殺し状態による精神的疲労の二重苦により、今年のゴールデンウイークは散々だった。まあ今までもこれといって特別良かった年も無かったが。

 お光が現れたのがゴールデンウイークの後半初日。今年は祝日の最終日が土日につながるまとまった連休だった。本来なら休み明けで憂鬱極まりない筈の学校であるが、何故か途轍もなく待ち遠しかった。

 およそ一週間ぶりになる授業の数々はやはり面白いものではなかったが、それでも家にいるよりはよほど解放感に満ちていたような気がする。

 そんな久しぶりの授業を終えた放課後、俺はとある一室を目指して校内を歩いている。向かう先は第二相談室という需要があるのかどうだか良く分からない部屋。俺が所属する『日本史同好会』の部室である。

 古びた木製の引き戸の前に立ち、がんがんとノックをする。

「どうぞ」

 すると、どこか清涼感を覚えるような透き通ったソプラノが返ってきた。

 ガラガラと音を立てて戸を引いて部屋に入ると、中央に置かれた長テーブルの一番奥に座る、艶やかな黒髪の女生徒の姿があった。

「やあ仙洞田君。ほぼ一週間ぶりだね。そろそろ現れる頃だと思っていたよ」

 手にしていた読みかけの本を静かに閉じて、俺に向かって微笑みながら話し掛けてきたのは、一つ上の先輩にして同好会の部長であり、俺を除いた唯一の部員でもある、桜木谷樹さきや・いつき先輩だった。

「お久し振りです先輩。今日は何だかご機嫌みたいですね」

 そう答えながら机に荷物を置いて、机を挟んで対面に腰を下ろし改めて先輩の顔を見る。

 桜木谷先輩は、知的な美人である。何の変哲も無い濃い茶色の縁のメガネの奥に見える、切れ長な二重の眼。すっとした小顔に収まる形の良い顔のパーツ達。女子にしては身長が高めでスレンダーな体躯、にも関わらず出るところはきっちり出ているのが心憎い。初めて先輩に声を掛けられた時、俺はこの学校に入学した事を心の底から神に感謝したものだ。その時は。

「ふふ、分かるかい? 実は――と、おや? 日に焼けたんじゃないのかな? それにメガネも新しいね」

「ええ、前にお話しした例の親戚の田植えに駆り出されまして。おかげ様で全身が筋肉痛でヒドイもんですよ。メガネはまあ、色々とありまして」

「成程、それで超インドア派の君が日焼けをね。それは災難だったな。しかしこうして色黒になってみると、君も中々のものじゃないか」

「そうでしょうか。ありがとうございます」

「うむ。元々君は顔の造り自体は良い方だからね。細面に奥二重の鋭い目に通った鼻筋。そしてその細い銀縁メガネも理知的な雰囲気を醸し出すのに一役買っている。身長も確か一七〇は超えているんだろう? それにその痩せ型だ。クールなイケメンという表現がピッタリだ」

「…………先輩、今回は何を企んでるんですか?」

「はっはっは、いやだな君は。何も企んでなんて無いさ。何、今月号の特集が久しぶりにストライクだったもので嬉しくなってしまってね。君が来たら心にもない褒め言葉を勢いに任せて並べ立てて、ぬか喜びさせようとずっと考えていたんだよ」

 爽やかな笑みを浮かべながら、さらりと酷い事実をカミングアウトする桜木谷先輩。

「そうだったんですか。けど先輩、そういう事は本人に打ち明けては台無しです」

 しかし俺は動じない。先輩との付き合いも二年目に突入し、その性格は嫌という程思い知らされているのである。

「気にするな。君以外にはこんな事はしないから」

 先輩はそう言って、俺に向けて再び魅力的な笑みを見せた。そんな先輩に対し

――だから問題なんです

 という言葉をぐっとこらえつつ、大人な返事をする。

「……それは光栄です。ところでその特集は何だったんですか?」

「良い質問だ仙洞田君。ほら、これだよ」

 そう言うと、ずい、と手元の本を俺に突き出してくる先輩。それは先輩の愛読書である『ラ・ムー』という月刊のオカルト雑誌だった。

「久し振りのUFO特集だ。いやーMIBだのMJ12だの心躍ったよ。レギュラー連載も相変わらずの充実振りだしね」

 桜木谷樹。我が同好会の美人部長は、オカルトマニアである。

 その満面の笑みを見るたびに思い出す。一年程前、ピチピチの新入生だった頃に、突然先輩から声を掛けられたあの日を。先輩がこんなに美人じゃなかったら、間違いなく二つ返事で断っただろう。日本史同好会なんていうオタク臭い部活の勧誘なんて。そして何かの間違いで入部したとしても、翌日には退部届を出していただろう。中身が単なるオカルト同好会でしかも部員が俺を含めて二人しか居ないと知ったなら。

「……へー、それは良かったですね」

 我ながらちっとも良くなさそうな声だと思う。先輩が機嫌が良い理由を予想はしていたが、やはりその通りだった。

 そもそもあの日親戚の蔵を何故家捜ししていたか。それは他でもないこの部長様のご命令の為だ。ゴールデンウイークの話から昔親戚の田植えを手伝っていたという話になり、そこから親戚が蔵を所有しているという話につながって「じゃあ連休中に何かお宝を探して来い」という話になったというのが真相である。

 しかし当の本人はすっかりその事実を忘れている様子だ。それどころか先程の俺の気の無い返事に気を良くして、更に話を続ける始末。

「君もそう思うだろう? 今回はその道に精通している者が読めば一目で危険と判断出来るような鬼気迫る内容でね、いや~読んでいて手に汗握ったのなんて久々だったよ」

「ユーフォーですか。成程先輩が好きそうな記」

「待った。何度言えば覚えるんだ仙洞田君。ユーフォーではなくユー・エフ・オーだと教えているだろう? 正しく表現したまえよ」

「……失礼しました」

 これだからマニアは困る。

「今後は気を付けるように。で、話は戻るがね、今回の内容には黒幕であるMJ12(マジェスティック・トゥエルヴ)の在り方について新事実が発覚したという切り口でね。これが非常に危険なんだ。一読すればすぐに分かるが真実に迫り過ぎている。MIBメン・イン・ブラックの元締め程度の情報開示に留めていれば良かったものを……彼らの影響力はロスチャイルドなど足下にも及ばない程でその力を持って世界に対」

「先輩、ちょっと待って下さい」

「む、何だい? 話の途中で。これからがいいところなんだよ。そのMJ12の正体とは絶大な超能力を持った想像を絶す」

「あの、非常に興味深いお話の途中で大変恐縮なんですが、今日は折り入って先輩に相談したい事があるんです」

「相談?」

 熱弁を中断された先輩が、形の良い眉をひそめて露骨に不機嫌そうな表情を見せる。それでもその美しさが損なわれる事は無いが。

「ええ。相談、もしくは質問と言った方が良いでしょうか。実はこの連休中ずっととある出来事について考えていたんです。それもあって今日先輩に会えるのが待ち遠しくて仕方無かったんですよ」

「バ、バカな事言うんじゃないよ。ボ・ボ・ボクに会いたかったとか、一体どこでそんな歯の浮くようなセリフを覚えて来たんだい?」

 急に顔を赤くして慌てる素振りを見せる先輩。しかし――

「テンプレ反応乙です先輩」

 オカルトマニアでボクっ娘で中二病患者の疑いもある桜木谷先輩一流の演技という訳だ。一年の頃はこの演技に一々胸をときめかせたものだが、今では勝手知ったる、である。

「やれやれ、つれないなあ仙洞田君は。たまにはノってくれても良さそうなものだが?」

「空気を読むのが教科書を読むよりも苦手で申し訳ありません。本題に入ってもよろしいでしょうか?」

「可愛い後輩の相談とあっては無碍には出来ないだろう? 本来であればボクの話の腰を折ったというだけで厳重注意とするところだがね」

「恐れ入ります。では早速ですが、先輩。付喪神をご存知ですか?」

「付喪神? 無機物に魂が宿って生命活動を行うという存在の事を差すのかな?」

「まさしく。お聞きしたい事というのはその付喪神の事なんです」

「ほう。君の方から物の怪に関する話を持ち出してくるとは。これまた珍しいね。何か事情がありそうだな。よし、聞こうじゃないか」

 話を中断されて不機嫌だった先輩だが、俺の話に興味を持ったのか、椅子の背もたれに深く身体を預けていた姿勢から、ぐっと身を乗り出してきた。

「ありがとうございます。これは俺の“友人”の話なんですが……何でも付喪神に遭遇したらしいんです。で、その付喪神をどう扱ったものかという事で」

 連休明けが憂鬱ではなかった本当の理由。それは、このオカルトマニアにして自称霊感少女である桜木谷先輩に、お光の、付喪神の話を聞けるからだ。

 好きこそものの上手なれではないが、オカルト好きの先輩は霊や妖怪といった存在について、洋の東西を問わず造詣が深い。先輩なら付喪神の取り扱いに関して、何か手がかりになるような情報を教えてくれるかも知れないと踏んだ訳だ。

「何?」

 しかし、次の瞬間先輩の表情が一気に引き締まった。メガネの奥で瞳がキラリと光る。

――しまった、か?

 先輩は妙に勘が鋭いところがある。そうとは気が付かれないよう、敢えて“友人”の話としたんだが、早速看破されてしまったのだろうか。

 訪れた沈黙。俺と先輩だけが存在するこの第二相談室の空気が張り詰める。窓の向こうから聞こえてくる、金属バットがボールを叩く音がやけに良く響いてくる。

 俺は唾を飲み込んで、無意識にメガネのずれを直していた。

「君――――友達いたのか?」

「そこかよ」

「む?」

「い、いえ。何でもありません。っていうか友人くらいいますよ」

「本当か? 確か霊感がある事で言われない差別を受けてきたから他人との接触を断っている為友人はいないという言い訳をしているものの、実際には高校生にもなって霊が見えるとか痛い事を平気で抜かしている内に周囲から距離を置かれて生温かく見守られるようになったムッツリスケベが君だという事だった筈だが…………」

「どこ情報ですかそれ。確かに昔は調子に乗って霊が見える事を自慢しまくってその内痛い子認定されたものの本当にそれっぽい事が起こると今度は逆に腫れもの扱いされるようになって今日に至る、というのが真実です。勿論友人くらいいますよ」

「いいんだ仙洞田君。部活ここでは虚勢を張らなくても。ありのままの君でいても誰からも責められはしないのだから」

「先輩、そんな慈愛に満ちた眼差しを向けないで下さい。ちょっと本気で泣きそうになってきたじゃないですか」

「冗談だ。話を続けてもらおうか」

「…………では、えっと、つまり付喪神とはどんな存在で、どう接すればいいのかお知恵を拝借したいという事なんです」

「ふむ、付喪神、か………………ふふ、面白い」

 懇願する俺に対し、そう呟くとともに含みのある笑みを浮かべながら、静かに先輩は腰を上げた。そして窓際に立って、意味深に外の景色に目を向ける。

 勿体ぶる先輩をしばし黙って見ていると、不意に、つ、と俺の方に顔を向けた。

「良いだろう。付喪神について、ボクの知る限り余すところ無く教えようじゃないか。君の“ご友人”とやらにも、精々しっかりとアドヴァイスしてやるといい。さあ、事の次第を詳細に報告したまえ、仙洞田君」

 そう言って見せるその表情は、まるでこちらの思考を全て見通しているかのようだった。その顔に魅せられてぼうっとする俺の様子に、更に先輩は機嫌を良くしたらしい。そのまま窓際を離れて傍まで近付いてきたかと思うと、俺の後ろを回って右隣の椅子に手を賭けた。そのまま着席するかと見守っていると、

「よ」

 と言って、椅子をどけて机に腰を下ろした。そして、俺を挑発するかのように、目と鼻の先で脚を組んで見せる。

 ぎしりと机が軋んだ。

 膝丈より少し短いスカートから伸びる、先輩の白く滑らかでスラリとした脚に、否応無く視線を奪われる俺。しばしその絶景を凝視していると、頭の方からどこか嘲笑を含んだような声が聞こえてきた。

「さあ仙洞田君、何から聞きたい? 君の知りたい事、“何でも”尋ねたまえよ」

 ありがたい先輩の言葉だったが、それを聞いた俺はと言えば、まあ当然のように、いかがわしい内容の質問ばかりが頭に浮かんで仕方が無かったのである。


よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ