脚フェチな彼のリベンジ7
そして、感情の赴くままに動こうとしたその時、
「あっはははははははは! あーっははははははははははは!!」
けたたましい桜木谷先輩の笑い声が響き渡った。
「は? 何だこのねーちゃん急に。切羽詰っておかしくなったのか?」
「先、輩……?」
篠宮のみならず、俺まで呆気に取られてしまった。背後に控える二人の付喪神も言葉を失っているようだ。
「はははははは、は~。いや、すまんすまん。その男の負けフラグっぷりがあまりに清々しかったものでつい、ね。良いよ、うん。実に良い。昨今の悪役はどうも今イチなのが多いからね。最後には結局いいヤツでした、なんて正直興醒めじゃないか? そういうのが無くてホッとしたよ。しかも小者臭が漂っているのがまた素晴らしい」
「……舐めてんのかテメェ」
「心外だな、褒めてるのさ。同情の余地が一片も無いなんて理想的だからね。遠慮呵責無く成敗出来るというものだよ」
そう言い切った先輩の顔は、さっき見せていた悔しそうな表情がウソのように、実に晴々として自信に満ちたものだった。
「所詮はチンピラ程度の器だったという事だ。最後の手段に人質を取るなんて、三流どころか四流・五流の手口だからね。あんまりみっともないから正直気の毒に思ってしまった程さ」
「オーケー。どういうつもりか知らんがどうでもいい。取り敢えず後悔しとけや」
篠宮の声のトーンが変わった。それは、凍りつきそうな声だった。
――終わった
その声を聞いた俺の率直な感想だ。
そして、反射的にきつく目を閉じたと同時、
「ピタッ」
という先輩の声が聞こえて、ナイフの動く気配が止まった。
それからしばらく、俺はぎゅっと目を閉じたまま固まっていたが、その瞬間が訪れる様子は一向に感じられない。その内、先輩の呼び掛ける声が聞こえてきた。
「全く、君も大概ムチャな事をする男だな、仙洞田君。今のは相当危なかったぞ? ほら、もう大丈夫。そのまま静かに身体を動かしてみたまえ。まずはナイフを下ろすんだ。心配する事は無いから」
「で、も、先輩」
「ふふっ、やれやれだな。度胸があるんだか無いんだか……」
やれやれ、とでも言いたげに無造作な足取りで先輩が近付いてきたかと思ったら、さっさと首筋のナイフをどかし、俺の顔を少しひんやりするその白い両手で挟みながら口を開いた。
「ほら、これならどうだい? 安心しただろう?」
子供をあやすような笑顔を見せる先輩。最初は冷たく感じた先輩の手だったが、そっと頬から離されると、その温もりが遠ざかっていくのが分かった。
そのしなやかな指先に見惚れてしまったが、すぐに我に返り、慌ててその場を離れて振り返った。するとそこには、何の真似かナイフをおかしな体勢で構えたままで、身じろぎ一つせずに突っ立っている篠宮の姿があった。
「これは……」
「動きを止めただけさ。とは言っても中々に神経を使う芸なんだよ? やり過ぎると呼吸や心臓の鼓動まで止めてしまうからね」
事も無げに先輩が言ってのける。その得意気な声に思わず先輩の方を見ると、お茶目にウインクを見せるクールビューティーが見えた。
「成程。そこもと、言霊遣いかよ」
光世のその言葉で思い出した。そう言えば、喜由も先輩の事をそう呼んでいた。だとしたら、突然篠宮がマネキンのように固まったのも、先輩が何らかの術を使っての事だろう。
――しかし
と思う。
「こんなにあっさりと片付くようなら、応援を呼ぶ必要なんて無かったんじゃないんですか?」
「まあ、そうだな。これでもボクは結構優秀な能力者だからね。この程度の小悪党なんて寝ながらでも一捻りさ」
意外な程あっさりと俺の素朴な疑問を認める先輩。
「え。じゃあどうして……?」
「応援かい? 呼んでないが?」
「は?」
「ふふ、どうした? 何が何だか分からない、という顔じゃないか」
「え、いや、だって……いや訳分かりませんよ」
「そうかな? 少し考えれば分かりそうなものだがね。常々言っていた筈だよ、ボクのバイト先は慢性的な人手不足だと。言えばすぐに五人も六人も応援に駆けつけてもらえるような環境だったら、毎日でも部活が出来るというものさ」
「………………はあ」
「それにね、本当に君の身が危険に晒される可能性があるとしたら、ボクは全力で止めるよ。この男のように、ね。勝算があったからこそ君に任せたんだ」
次から次へと理解不能な言葉が続けられる。俺はすっかり混乱し、頭の中がグルグル回って思考がまとまらない。気のせいか、視界もグラつき始めた。
「じゃ、じゃあ先輩、さっきの、戦いの前に聞いたあの話は一体どういう……いや、そもそも先輩はどこから知ってたんですか? 俺とお光の事とか妹の事とか、それにこの二人の事と……か、あ……?」
視界の揺れは気のせいではなかった。足下の地面が消えてしまったような浮遊感を覚え、一気に身体が傾くのが分かった。
「総一郎殿!!」
「小僧!!」
お光の悲鳴のような声と、何故か光世の声まで聞こえたと同時に、俺の身体が華奢な腕に受け止められる。
薄れ始めた視界の中に、慈愛に満ちた笑みを見せる先輩の顔が見えた。
「これ以上話を続けるのは無理だ。少々頑張り過ぎたようだからね。ゆっくり休みなさい」
しかし、聖母の如き微笑みを見せつつも、その瞳が妖しく揺れる。
「今は全てを知るには時期尚早でもあるしね。何、焦る事は無い。これからじっくりと、君を“本物”に仕立ててあげよう。その時にでも知ればいい話さ。それに――」
意識の暗転と共に、先輩の声も遠のいていく。
「謎が多い女程美しいものさ。覚えておくといいぞ? 仙洞田君」
その言葉を最後に、俺の意識はぷっつりと途絶えた。
よろしくお願いします。




