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脚フェチな彼の決断2

「お光、起きたのか?」

「申し訳ありません。実は先輩殿が見えてから、目は覚めておりました」

「何だ、じゃあ寝たふりでもしてたって言うのか?」

「重ねて陳謝申し上げます。平にご容赦を」

「いや、まあ別にそこまで責めるつもりも無いが……どうしたんだよ、改まって」

「実は、総一郎殿にお願い申し上げたき議が」

 そう言ったお光の目には、病み上がりとは思えない程強い意志が感じられた。

 自然と俺も背筋が伸びる思いがする。

「お前がお願いとは珍しいな。聞けるかどうかは内容にもよるが?」

「お力を、お貸しいただきたく存じます」

 再びお光の瞳がギラリと光り、その視線に射抜かれた瞬間胸の内が熱くなる。

 俺はゆっくりと部屋に入り、椅子に腰を下ろして真直ぐにお光の目を見据える。そして、表情を引き締めて問い掛けた。

「大方の見当はついているが、念の為に確認しておこう。お光、力を貸せとはどういう事だ?」

「ご賢察の通り、彼の者どもと再度雌雄を決する所存。このまま、彼奴らに後れを取ったまま、おめおめと引き下がってはいられませぬ」

 挑むように俺の目を見つめ返しながら言ったお光からは、あの夜、光世に軽くあしらわれた敗者とは思えないような迫力を感じる。

――どこからそんな自信が沸いてくるのやら

 心の中で密かに呟いて、思わず表情が緩みそうになるのを堪えながら、改めて問い掛ける。

「力の差は明らかだ。正直俺自身、ヤツらに勝てるとは思っていない。だが、お前がそう言うのなら、勝算はあるんだろうな?」

「ございません」

「言い切ったな」

「取り繕っても詮無き事にございますゆえ。しかし、先刻の先輩殿の言を信ずるならば、決して絵空事とも思いませぬ。総一郎殿も、同じくお考えなのでは?」

 不敵な笑みを浮かべ、逆にお光が俺に問い掛けてくる。

――成程、付喪主と付喪神の間には隠し事が通用しない、か

 俺も口端を上げつつお光に応える。

「言ってくれるな。が、その通りだ。この際だから俺も本音を打ち明けておこう。お光、実は俺も思うところがあったんだ。このまま全部先輩に任せて、それで一件落着となったとして、果たしてそれが俺の本当に望んだ結末なのか、と」

「総一郎殿」

「俺も同じだよ。確かに現時点では俺達の力はアイツらに及ばないかも知れない。再戦したとしても、かなりの確率で俺達が負けるだろう。ちょっとした火遊び程度の傷じゃあ収まらない可能性だって十分ある。だが」

「だが?」

「悔しい。当然だろう? ヤツらは平気で他人の大事なモノを奪い取っていこうとするような連中だ。加えてあの男、例え付喪神とはいえ女子が闘って傷付くのを笑いながら見物していたれるようなクズと来ている。そんなヤツらに負けっ放しでいられるもんか。違うか?」

「一分の誤りもございません」

「なら、俺の方こそ頼む。お光、力を貸してくれ。桜木谷先輩から事の次第を聞いて、一旦は自分を納得させようと思ったが、お前の決意を知って俺も目が覚めた。やるぞ、お光」

「御意」

 お光はそう言うと、口をきゅっと結んで力強く頷いた。

 それを見て、俺もぐっと首を縦に振る。

 二人の意志が重なり、熱く視線を交わしていたその時だった。

「話は聞かせてもらったっ!! 人類は滅亡するッ!! パートつぅー!!」

 部屋の扉が乱暴に開け放たれた。

「……喜由、お前狙ってやってるだろ」

「ふふふ、細けぇこたぁ気にすんなって。だっていっくら待っても先輩ちゃん殿とセックルおっぱじめないし、今度はおみっちゃん殿とヤんのかと思ったらやっぱりヤんないし、アンタ何ヤってんの?」

「お前が何ヤってんだよ。こっちはお前の冗談に付き合ってる暇は無いんだよ」

「んな事はどうでもいいけど兄者、カチ込みかけんの? 良いのかい? バレたら先輩ちゃん殿怒るよ~?」

「やっぱり聞いてたか。でも先輩の事は百も承知だ。止めてもムダだぞ」

「やだなあ止める訳ないじゃん。漢がプライド賭けて勝負に出るってのにさ、それを邪魔するような無粋な女じゃないよ? アタイは」

「じゃあ助太刀でもしてくれるのか? 確かにお前がいれば百人力だろうが、悪いが今回ばかりは遠慮してもらおう」

「いやいやいや、まあホントは無理にでもついて行きたいとこなんだけど……ぶっちゃけ先輩ちゃん殿のお仲間なんかに正体バレると結構マジもんのピンチな訳よ。かの有名な金毛九尾の復活なんて、その道の連中にしてみたらビッグニュースだもん」

 ずかずかと部屋に入ってきた喜由は、堂々と俺のベッドの上であぐらをかきながら、ふひひと笑ってそう言った。

「そうか。いや、当然だよな。むしろ先輩のように俺達の事を理解してくれるケースの方が、きっと稀なんだろうし」

「そうそう。だから今回はイイ子にお留守番でござる」

「しからば喜由殿、どういった御用向きにございますか?」

「いやね、気合十分なのは分かったんだけどさ、兄者達知ってんのかな~って」

「何の話だ?」

「だから、あの二人の居場所っスよ」

 その鋭い指摘に、雷に打たれたような衝撃が駆け抜けた。ぐるりと首を回してお光を見ると、丁度向こうも俺の方に顔を向けたようで、目と目で通じ合った。

――やっべ、知らねえよ

 と。

「やっぱね。んなこったろーと思ったんスよ。ったく世話の焼ける付喪コンビだよ。ほれ」

 わざとらしく盛大に溜息をつきながら、体操ズボンの後ポケットから何やら折り畳まれた紙を取り出す喜由。

 差し出されたそれを受け取って広げてみると、ネットの地図サービスをプリントアウトしたものだった。

「喜由、これは……」

「こないだ拙者、アイツにワンパン入れてぶっ飛ばしたっしょ? こんな事もあろうかとさ、あん時返り血をちょびっといただいててね、まあどこに隠れようがお見通しって訳」

 カラープリントされたそれには、中央にしっかりとフラグが示されている。

「いや、これマジでありがたいよ。正直お前に言われるまで頭に無かったからな、肝心な事なのに。本気で助かる」

「喜由殿、それがしからも礼を申し上げます。かたじけない」

「よせやい二人とも、もっと褒めてくんな。元大妖怪様にかかればこんなん楽勝っスわww」

「はは、まったく恐れ入っ――何だこれ」

 何気なく地図の印刷された紙を裏返してみると、何やら手書きのメモが書き込まれている。成程、裏紙の再利用といったところか。

「ま、そんな訳無いのは分かってるけどな。喜由、一応聞いておこう。このメモ何だ?」

「もっちろん、この情報の対価ナリ~」

 案の定だった。打算の無い愛情など幻想に過ぎないと思い知らされる事ばかりである。溜息をつきながら、綺麗な字で書き綴られたメモを見直すと、ゲームのタイトルと思わしきものが箇条書きで並んでいる。五つまでで数えるのを止めた。

「んじゃね、あんま無理しちゃいかんですぞ? 二人とも」

 喜由は一仕事終えたかのようにスッキリした顔で、颯爽とベッドから降りながら言った。

「痛み入ります。必ずや賊どもを討ち果たし、無事戻って参ります」

「でゅふ、お気張りやすどすwww あ、そだ。ねえ、ちょっと急いだ方が良いかもよん?」

 ドアのノブに手を掛けたところで、喜由がくるりと身を翻して言った。

「どういう事だ?」

「あの二人結構追い詰めれてるっぽくてさ、そこには今さっき潜り込んだって感じなんだけどね。もう突き止められてるみたいなんだ。追っ掛ける方も割と本気出してるっぽいよ?」

「本当か?」

 その言葉を聞いて、慌てて時刻を確認する。携帯電話のデジタル表示は午後七時少し過ぎだった。

「先輩が帰って三〇分くらいか……仕事にはまだ時間があるような事を言っていた筈だが」

「予定は未定ってね。グズグズしてっと、獲物掻っ攫われっちまうぜぇ?」

「総一郎殿……!」

「よし。行くぞお光」

 それからすぐに、俺はお光を鍔に戻して部屋を飛び出した。リビングを抜ける時にオフクロが何やら喚いていたが、構ってる余裕は無かったのでシカトした。帰ってからが思いやられるが、止むを得ない。

 自転車に跨って、思い切りペダルを踏み込む。家を離れてしばらくのところで制服のままだった事を思い出したが、着替えに戻るような余裕も無かった。

 西の空はまだ辛うじて日の光を残して紫色に染まってはいるが、辺りはすっかり暗くなり、行き交う車のライトに照らされながら、ひたすら農道を走り抜ける。

 秘策も奇策も奥の手も何一つ用意出来ておらず、おまけにお光の体調も万全ではない。準備不足も甚だしいが、しかし時間をかけたところで逆転の妙案を講じる事も難しいだろう。

 だから、俺はただ覚悟と自信だけを持って決戦に臨む。空元気も元気の内だとは、桜木谷先輩も言っていたし。

 しかし、気持ちとは裏腹に悪いイメージばかりが次々と湧いてきてしまう。

 俺はその負のイメージに飲み込まれないよう、必死に気持ちを奮い立たせながら、全力でペダルを踏み続けた。


よろしくお願いします。

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