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脚フェチな彼の進化25

 戦闘開始からものの数分で、あっけなくピンチに陥った俺。

 2メートル程の距離を置いた正面で、ぐっと腰を落としていつでも攻撃に移れる構えを見せている安居院。

 その迫力に気圧されるように、無意識の内に俺はじりじりと距離をあけ始めている。

 まともにやりあえば到底敵う事の無い相手だ。そんな事は最初から分かっていた。

 正道で行っても話にはならない、かと言って外道はダメだ。こいつらと同じ穴の貉に堕ちてしまう。

 だから俺に残されたのは、邪道だけ。

 正々堂々と正面切って肉弾戦を挑んでくる安居院に対して、

――やるしか……ない!

 俺が選んだ奥の手。

「あっ! コラ待て!!」

 くるりと身体を反転させて、痛む右膝に鞭を打って一気に地面を蹴る。

「待てるか! よ!」

 走り出してから脚の痛みが想像以上だった事に気が付いたが、今は素直に痛がっている暇も無い。

 公園のなだらかな上りの小路こみちをひたすら駆け上がる。

 全力で走ってはいるが、しかし、後ろから猛然と足音が近づいてきていた。

――メチャクチャ速いぞ!?

 痛みで速さが鈍っていで十分な走りが出来ていない事を差っ引いても、聞こえてくる安居院の足音は尋常じゃない速さだ。

 どんな回転してるんだと思わず振り返って確かめたくなるくらいで。

 俺が16ビートで走っているとしたら、安居院は64ビートくらいは出ていそうだ。

「くっ!」

 その時、不意に足音が途切れた。

 反射的に俺は左に身をかわす。

 次の瞬間、俺の身体のすぐ真横を一陣の風が通り過ぎた。

 想像した通り安居院が俺の背に向けて跳び蹴りを仕掛けていたのである。

 着地した安居院のスニーカーが舗装された小路と擦れる音を聞きながら、俺はその姿を見ようともせず一目散に回れ右をして今駆けてきた道を引き返す。

「逃げられないよー」

 背中越しに安居院の声が聞こえてくるが、勿論返事をしている余裕なんて無い。

 しかし、向こうは余裕があるんだろう。俺を追いかけてくる足音はまだ聞こえてこない。いつでも追いつける自信があるという事だろう。

――だったら今の内に

 そのままさっきまで居た芝生広場の横を走り抜けようとした時だった。

「ぁがっ!?」

 腰の辺りに強い衝撃を受けて、俺は逆「く」の字のような体勢になりながら吹き飛ばされ、そのまま芝生の上に叩き付けられた。

 辛うじて受け身は取れたものの、顔面を芝生に打ち付けてメガネが飛ばされてしまう。

「だから、逃げられないって」

 さく、さく、とゆっくりと芝生を踏む音が聞こえてくる。

「う、ぐ………………」

 俺は這うようにして身体を起こし、そして吹き飛んだメガネに右手を伸ばす。

 震える手で何とかメガネをつかんで掛け直し、そして痛みと疲労で満身創痍の身体を必死で持ち上げて立ち上がった。

 が、

「ごっ……ぁ………………」

 振り向いた瞬間、安居院のボディーブローが鳩尾のすぐ下辺りに突き刺さった。

 俺はゆっくりと崩れ落ちるように膝をつき、そのまま再び四つん這いの姿勢になる。

 大典太を受け取る期待と興奮で晩御飯が食べられなかった事がせめてもの救いだったのかも知れない。

 胃の中をぶちまける事は無く、だらしなく開いた口からは涎と胃液が垂れ流されるだけだった。

「逃げるんだったらもっと最初から準備してなきゃ。もう戦ってる間合いで背中向けるなんて、殺してくれって言ってるようなもんだよ?」

 呆れたように安居院が言ってるが、返事をする気力さえ失くしている状態だった。

 しかし、俺は今にも飛びそうな意識を繋ぎながら、必死で右手を伸ばす。

「この期に及んでまだ逃げようとする根性だけは認めるけどさ」

 一つ二つと赤ん坊が這うよりもゆっくりと、しかし、足掻くように俺は這った。

 きっと安居院は、ずるずると少しずつ遠ざかる俺を、恐らく憐れむような眼で見ている事だろう。

「でもいくら何でも男らしくないよー? やっぱり引き際は――」

 こらえきれなくなったのか、ため息交じりで安居院が言葉を続けたその時、伸ばした俺の左手が”それ”をつかんだ。

 刹那、俺は残っていたありったけの力と気力を振り絞って左手に取ったそれを握り締め、ありったけの霊力を開放させる。

「ちっ!!」

 安居院の舌打ちと同時だった。

「顕現しろ!! 大典太の鞘!!」

 俺が手にした大典太の”鞘”が光に包まれる。

 闇を切り裂くような閃光が迸り、そしてすぐに消えた。

 光で焼かれた目で視界がぼやけてはいるが、しかしはっきりと見えている。

 俺の目の前で安居院から庇うように立っているその後ろ姿が。

 特機の戦闘服のような、しかしその模様は迷彩。

 まるで、というか…………

「士長殿!! お身体大事はございませんか!?」

 何か自衛隊っぽい恰好をしたのが立っていた。

「あ、ああ、何と、か……」

 徐々に意識と視界がはっきりしてくる。

 俺はふらつきながらも何とか立ち上がった。

 すると、目の前に立つ付喪神が、随分と小柄だという事に気が付く。

「お前……付喪神、だよ、な? 俺が顕現させた」

 自分で顕現させてきながらなんだが、どことなく不信感を持ちつつ尋ねてみた。

「はっ!! 小官は士長殿に顕現していただいた付喪神であります!! この生命に変えても御身をお守りする所存であります!!」

「いや、そんなに声張り上げなくてもこの距離なら十分聞こえるから……」

 無駄に声が大きかった。

 しかし、その声は可愛らしい女子そのものである。

 目の前では依然として安居院が油断無く構えを見せているにも関わらず、俺は自分が顕現した付喪神の顔を見ようと、隣に立ってひょいとその横顔を窺った。

よろしくお願いします。

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