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脚フェチな彼の進化21

「平家の小娘風情が人んちの庭で随分はしゃいでんじゃねーの? あーん?」

 のっけから喧嘩腰の喜由。

 敵の大将を前にしても全く怯む様子を見せていない。

 情けない話、正直なところ今の今まで滝夜叉姫のオーラに圧倒されていた。

 しかし喜由の乱入で、一気に嫌な空気は霧散した。

「……っち、狐…………」

 そして、これまで余裕の表情を見せていた滝夜叉姫も、喜由に対して露骨に嫌悪の眼差しを向けている。

「あちゃー、一番ヤなのが出てきちゃったよ。どうする? 滝ちゃん」

 滝夜叉姫の隣に立つ安居院も、おどけたセリフとは裏腹に、表情を引き締めていた。

「どうもこうも無いわ。少し面倒な事にはなったけれど、それでもこの程度の事態、想定の範囲内よ」

「まあそうかも知れないけどさあ……」

 安居院が喜由の方に視線を向ける。

「アタシこれでも慎重派だからさ、危ない橋は渡りたくない訳よ。九尾なんて大物、悪いけどアタシはパスさせてもらうから」

「平気よ。最初から香織にやらせる気なんて無いし、それに」

 言葉を途中で止めた滝夜叉姫。

 再び余裕の笑みを浮かべながら、射貫くような視線を喜由に向ける。

「丁度良い機会だわ。いずれ避けては通れない壁だったんだもの。ここで一気に片を付ければ一石二鳥だし、ね」

 挑発的な言葉で締めながら、滝夜叉姫がすっと目を細めた。

――強気。こりゃ喜由が黙って無いな。

 そう思った次の瞬間だった。

「ちっ!!」

 喜由が派手に舌打ちしながら急に振り返った。

「ぐはっ!?」

 と同時に、思い切り俺に体当たりをかましてくる。

 思わぬ不意打ちに成す術なく吹き飛ばされる俺。

 盛大に尻餅をつきながらも、辛うじて地面を転がる事態は避けられた。

「おい!! 急に何す――」

 いくらなんでも理不尽な行動を見せた喜由を怒鳴りつけてやろうとしたと同時だった。

「何だこりゃ!?」

 正源司が叫ぶように驚きの声を上げる。

 さっきまで俺が立っていた場所の地面が、まるで真っ黒なペンキでも撒かれたかのように、漆黒の影に支配されていたのである。

 突然の展開に、俺は思わず言葉を失った。

「一人逃がしちゃったわね。まあ良いわ。香織、あれくらいならあなた一人でも大丈夫でしょう?」

「あはは、聞くだけ野暮ってもんだよ」

「じゃあ先に戻っていてちょうだい。少し時間がかかると思うから、何なら先に帰っていても構わないわ」

「分かった。適当に待っとくから」

 滝夜叉姫と安居院が何事も無いかのように話している間にも、その場に立つ滝夜叉姫は勿論、喜由と正源司も足元の影にずぶずぶと飲み込まれていく。

「クっソ……! 動けねえぞ、これ……!!」

「喜由!! 正源司!!」

「来るな兄者!!」

 駆けだそうとしたタイミングで喜由に止められる。

「こっちは拙者達で何とかするから、おみっちゃん達を取り返して!!」

「けど!」

「デモもストも無い!! た、頼んだんだからねっ!!」

「任せたぞ総い――」

 でもじゃなくてけどって言ったんだけど、という前に喜由と正源司は完全に影に沈んで姿を消した。

 そして、地面を覆っていた影も煙のように消え去った。

「さーてと。じゃ、アタシはこれで」

「待て」

 素知らぬ顔で踵を返した安居院に、背後から声をかける。

「刀、置いて行ってもらおうか」

 すると、安居院は振り返らずに答えた。

「本気で言ってる? それ」

「冗談に聞こえたか?」

「良いの?」

 そう言いながら、ようやく振り返った安居院。

「見た感じ得物、持ってないように見えるけど?」

「この場から賊を見逃す理由にはならない」

「ふーん……案外男らしいんだね。意外かも」

「余計な会話をするつもりは無い。刀を返してもらおう」

「はい分かりました、なんて言うと思う?」

「…………」

「言っとくけど、アタシ、どんな相手だろうと手加減とかしないタイプだから」

 そう言って、安居院はそのまま右足を引いて半身の構えを見せる。そして、背負っていた竹刀袋を油断無く肩から降ろした。

 それを見ながら、俺も同じように腰を落としていつでも飛び出せるように体勢を整えた。

 彼我の距離はおよそ5メートル。

 しかし、丸腰のこちらに対し安居院は用意も十分。迂闊に仕掛ける訳にはいかない。

 俺は後の先を取る為に、安居院の動きに集中する。

 あらかじめ滝夜叉姫が周囲に結界を張っていたのかも知れない。

 張り詰めた空気の中、聞こえてくる音といえば自分の心音だけ。

 まるでここら一帯が周囲から隔絶されているような感覚だった。

「あ、良い事思いついた」

 その時、安居院が不意に口を開いた。

「せっかくだから、こっち使ってみよう」

 一度は口を開けかけた竹刀袋を再び担ぎなおし、俺に見せつけるようにして、大典太両手で水平に持ち上げる。

 そして、ゆっくりと鞘から引き抜いた。

「うわあ………………」

「これは………………」

 LEDに照らされて、白銀の刀身が暗闇に浮かび上がるようにして全容を現した。

 その圧倒的なまでの美しさに、刀を手にしている安居院は勿論、俺まで緊張の糸が切れて、感嘆の声を漏らしていた。

 緩やかな弧を描く一点の曇りも見えない刃はまるで濡れているかのようで、波打つ白い刃文は霧を纏っているようにも見える。恐らく目にした者全てが息を呑むのは間違いが無い、魂が揺さぶられる程の美。この瞬間だけは、すべてを忘れて大典太の美しさに我を忘れて酔い痴れていた。

「ヤバいヤバい。これは持ってかれるわ」

 安居院のつぶやくような声で我に返る。

 すると、俺よりも数瞬先に覚醒していたのか、安居院が俺に切っ先を向けていた。

「さて。じゃあ覚悟は良いかな? 記念すべき大典太の最初の顕現、しっかり見ててね?」

 そして、笑みを消してすっと息を吸う安居院。

 一瞬で表情を引き締めて、柄を握る右手にぐっと力を込める。

「安居院香織の名に従い、顕現せよ! 大典太光世!!」

 外界から遮断された公園に、高らかに宣言するような安居院の声が響き渡った。

よろしくお願いします。

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