脚フェチな彼の進化19
不意に聞こえて来たその声に、その場にいた全員が一斉に反応した。
いつの間に現れていたのか、声の主は、何の違和感も無いように自然な雰囲気で俺達の近くに立っている。
そして、俺はその姿を見て、驚くよりも戸惑いを感じていた。
「…………安居院、さん……?」
そこに居たのは、水ヶ島で出会った付喪主、スポーツ系美少女・安居院香織、その人だったからだ。
滝夜叉姫を追って遠く帝都から福乃井まで駆けつけてきたという、俺達の所属する組織とはまた別の組織に所属しているいわゆる退魔師である彼女が、何故か唐突に現れたのである。
「あ、覚えててくれたんだ。久し振りだねえ、仙洞田君」
しかし彼女は、動揺する俺を歯牙にもかけず、まるで久し振りに会ったクラスメイトに話し掛けるように、屈託の無い笑みを見せ佇んでいる。
「あ、ああ、うん、久し振り……って、何で安居院さんが、ここに?」
「いやさ、大典太が復活するって話を風の噂に聞いてどうしても見てみたくって」
「え、大典太、を?」
「うん。それでしょ? 流石、ヒヒイロカネを使ってしかも当代きっての名工・古井白空さんの作だけあって、もう雰囲気からして違うよね」
うっとりしたような表情を浮かべながら、俺の持つ刀に熱視線を送る安居院。
しかし、その様子に俺は何故か違和感を覚える。
そして、それは俺だけでは無かった。
「話の最中邪魔するぜ。今総一郎がアンタの事”安居院”って呼んでたけど、間違いねえか?」
静かに俺の右に並ぶように立った正源司が、声に警戒の色を滲ませながら問い掛ける。
「そうだけど? それが何か?」
「そうか……じゃあもう一つ聞くが”同業者”だよな? アンタ」
「正源司?」
思わず右隣の正源司の顔を見上げる。
いつものおちゃらけた雰囲気は皆無で、まるで敵と対峙しているかのように鋭い目で安居院を見据えていた。
「まあね。じゃないとヒヒイロカネとか言わないでしょ?」
対する安居院はあくまで自然体で、正源司の咎めるような問い掛けにも、ちょこんと首を傾げながら何事も無いように答えている。
「なあどうし」
「総一郎」
俺の言葉を正源司が鋭く発した声で制した。
「古井さん達、早いとこ帰しとけ」
「え?」
「いいから。早く」
「………………」
何がなんだか分からないまま、しかし、有無を言わせない正源司の凄みに気圧されながら、俺は回れ右をして、
「――!?」
そして、動けなくなった。
「? どうした、そうい――」
続いて、正源司も。
振り返った先には、茫然自失といった様子で棒立ちになっている古井さんと白空さん。
そして、その背後に居る、漆黒のセーラー服に身を包んだ、色白の少女。
「こんばんは。お元気そうでなによりね」
病的に白い肌と血のように紅い唇がひどく印象的な、せいぜい小学校の高学年程度の背格好。しかし、作り物のように整ったその顔にあどけなさは無く、それどころか大人の女性のような妖艶さが漂わせている、まさに人外の美貌を持った人外の存在。
「滝夜叉――姫」
滝夜叉姫が、忽然と姿を現していた。
俺達を見下すような笑みを浮かべながら、1歩・2歩と静かに近付いてくる。
何かされた訳でも無いのに、その姿を見ただけで、俺は思わず仰け反りそうになっていた。
「て、めえ……爺さん達に、何しやがった」
正源司が気丈に言い放つ。
が、それでも俺と同様に相当なプレッシャーを感じているらしい。
眼光するどい正源司ではあったが、こめかみからは幾筋もの汗が流れている。
「そんなに心配しなくても大丈夫よ。2人をどうこうしようなんて思っていないもの。まだまだこれから役に立ってもらわないといけないから」
黒井さん達の前に歩み出た滝夜叉姫は、そう言うと、スっと左手を2人に向けて持ち上げた。
すると、
「じゃあ納品も済んだし、そろそろお邪魔するね。お友達とごゆっくり」
「ではの、黒井君にもよろしく伝えといてくれ」
目の前の異変などまるで眼中に無いようにして、ごくごく普通に挨拶をして黒井さん達がこの場を去って行った。
――どうなってるんだ……?
滝夜叉姫の姿も、全く見えていないような様子だ。
「実際に見えてないのよ。あなたとお友達以外の姿が。勿論声も聞こえていない」
俺の思考を読んだかのような滝夜叉姫のセリフ。
「大丈夫よ。このままあの2人は何事も無く家まで帰って行くだけだから。取り敢えず、今日のところはあなたに、というよりその刀に用事があるから、ね」
一度黒井さん達の方を見送った滝夜叉姫が、再び俺に視線を向けた。
「刀、だと?」
「そう。いよいよ本来の力を取り戻したのね、大典太光世。長らく待った甲斐があったというものだわ」
「どういう意味だ」
「そういう意味だけど? 知ってるんでしょう? 私が何をしているのか」
「五剣の蒐集……だ」
「ご名答。本当ならもっと早く大典太も手に入れる事が出来たんだけど……でも、不完全な状態だったでしょう? だから、あなたに預けておいて、元の姿に戻してくれるのを待ってたのよ」
街灯のLEDの光を浴びて、滝夜叉姫の肌が一層青白く見える。毒々しいまでの深紅の瞳と唇が際立って、見ているだけでも魂がすり減っていくような錯覚に見舞われていた。
「総一郎を泳がせてた、とでも言うつもりか?」
正源司がそう言った直後だった。
「ってかそれ以外に無いでしょ?」
背後から風を感じたと同時に安居院の声が耳元で聞こえ、そして、
「あっ!?」
抵抗する間もなく、大典太を奪われていた。
よろしくお願いします。




