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脚フェチな彼の進化14

「あ、仙洞田君、もう来てたんだ」

「わざわざ来ていただいてすみません」

 事務所に入ってきた古井さんは、俺の姿を認めるとどこかホッとしたような笑みを浮かべ声をかけてきた。

「変わらんの、殺助君や」

「えー? これで結構落ち着いたんだけどなぁ」

 続いて黒井さん、小柄な老人。

 古井さんのお爺さんだろう。

 が――

「黒井さん、ひょっとしてお知り合いなんですか?」

 親しげに言葉を交わす2人を見て、自然と言葉が口をついて出ていた。

「ん? ああ、仕事の関係でな。さあ2人とも座って座って。今茶ぁでも出しますんで」

「あ、お、お構いなく」

「ワシゃ茶より泡立つ麦茶の方が良い」

「お爺ちゃん!」

「はっはっは。んなこったろうと思って用意してありますよ」

 もう、と少しむくれた顔で向かいのソファに腰を下ろす古井さん。

 今日はシックなノースリーブのワンピース姿である。

 夏の日差しとは無縁であるかのような白い肌が、非常によく映えている。

「そうカリカリするなってりっちゃん。ワシと殺助君の仲じゃ」

 良く分からない言い訳をしながらお爺さんも腰を下ろす。

 緑色のポロシャツの裾をベージュの綿パンにきっちりとインしているおい爺さんは、背丈は古井さんとあまり変わらないくらい。頭の方は随分と涼しげで、前の方から大分上がっている感じで残る髪も大部分が白にそまっている。

 痩せ型で少し腰も曲がり、顔にも相応の年輪が刻まれているが、垂れ気味で柔和に見えるその双眸は、しかしまだまだ現役の職人である事を物語るように生気にみなぎっているように見えた。

「はいよ師匠、ラガーで良かったよな?」

「おうそれそれ。悪いの」

「もう……すみません、黒井さん」

「いやいや、全然気にしなくて良いから。昔っからこんなんだったし。はいお嬢さんにも」

「あ、すみません」

 古井さんの前にグラスに入ったお茶を置いた黒井さん。

 そのまま瓶ビールの栓を開けて、良く冷えていそうなグラスに静かに中身を注いでいく。

「んじゃ俺もご相伴に預かって」

 続いて自分のグラスにも注いだ。

「じゃあ折角なんで、乾杯」

「んむ、乾杯」

「え、あ、か、乾杯…………」

「……乾杯」

 訳の分からない内に乾杯となり、取り敢えず俺達4人はグラスを合わせた。

「っかー! たまらんのう。やっぱり昼間っから飲む酒は格別じゃ」

「いやー仰る通り。何でこんな美味いかなー」

「黒井さん、黒井さん。気持ちは凄く分かりますけど話を進めて下さいよ」

「あん? ああ、ああ、そうだった。いや悪ぃ悪ぃ。今日あんまり暑くってさ」

「そうじゃそうじゃ。坊主、お前さんも大人になりゃよう分かるわ」

「はあ…………」

「ちょっとお爺ちゃん。恥ずかしいからやめてよ」

「何じゃりっちゃん、何にも恥ずかしい事なんぞありゃせんわ」

「はっはっは、師匠。取り敢えず先に話だけ済ませちまいましょう。んでそれからゆっくり飲みゃ良いんだから」

「む? そうか? 仕方無いのう……」

 不満げな表情を見せながら、手にしたグラスをぐっと一気に傾けた古井老人。

「んじゃ今更だけど顔合わせだ。フェチ男君、こちら刀匠の古井白空ふるいはくくうさんだ。仕事の関係で俺が若い頃からちょくちょく世話んなっててな、フェチ男君がそのお嬢さんに鍛冶を頼んだって聞いた時にはビックリしたぜ」

「そう、だったんですか……」

「師匠。こっちがこないだ話をした例の付喪主、仙洞田総一郎君。フェチ男君って呼んでやってくれ」

 初対面の人に、この人は何を言っているんだ。

「おお、そうか。よろしくのフォチ男君とやら」

「よ、よろしくお願いします」

 右手をシュタっと上げて快活な笑みを見せた白空さん。

 しかし自らフォじゃなくてフェですよ、と言い直す気にはなれずそのままスルーする事にした。

「そうだ仙洞田君。先に返しておくね」

 古井さんが思い出したように、バッグを膝に置いて中を探り出した。

 そして紫の袱紗ふくさと懐刀を取り出して俺に手渡してくる。

「ありがとうございます」

 2つを受け取った俺は、そのままテーブルの上にそっと置いた。

「見事なもんじゃった。鍔も刀も。のうフォチ男君」

「あ、ありがとう、ございます」

 違和感がどうしても拭えない。

「確かにこの逸品なら、元の姿に戻したいと思うのも無理は無い」

「お願い出来ますでしょうか」

「無論じゃとも。かの柳生十兵衛殿の刀、この古井白空の鍛冶師人生の集大成として、全身全霊で蘇らせてみせよう」

「おお、何て頼もしい」

「してフォチ男君、ヒヒイロカネは?」

「ああ、待って下さい」

 俺は床に置いたリュックを持ち上げて、そしてテーブルに乗せて口を開ける。

「……っと。はい、こちら、です」

 新聞で包まれたその塊をリュックから取り出し、テーブルに傷が付かないようそっと置いた。

 そのままガサガサと新聞を開くと、黒色のヒヒイロカネが姿を現した。

「これが、ヒヒイロカネ………………」

 その歪な漆黒の塊を目にした古井さんは、伏し目がちだった目を思い切り見開いて、食い入るように見入っている。

「ふむ、久方ぶりに目にするが……間違い無いの。ヒヒイロカネじゃ」

「え、白空さん、ご覧になった事、あるんですか? ヒヒイロカネ」

「うむ。もう15年程前になるがの。しかし、生きている間によもや2度もこの希少なかねに出会えるとは思わなんだわ。縁、というやつかのう…………」

 そう言いながら、腕組みをして目を細める白空さん。

「ひょっとして、その時も、刀を?」

「その通りじゃ。あの時打ったのは菊一文字じゃった」

「菊一文字……?」

 何とも奇遇な話に茫然としてしまいそうになった俺だが、聞き覚えのあるフレーズを耳にして、すぐに現実に引き戻された。




 

 

よろしくお願いします。

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