脚フェチな彼の進化13
桜木谷先輩と正源司の3人で特訓した翌々日の午後、俺は黒井さんの事務所を訪れていた。
「よう、ご苦労だったなフェチ男君。ちゃんと持ってきたか?」
「はい。これです」
ヒヒイロカネの原石を携えて。
俺は黒井さんに促されるままソファに腰を下ろした。
ただいつもと違って、今日は黒井さんの対面ではなく隣に。
「…………ふーん、何かしたのかい? フェチ男君。サキちゃん達と」
「! 分かりますか?」
「まあな。これでも俺、割と凄いから。ほらよ」
「あ、ありがとうございます」
先に座っていた俺の左隣に、ペットボトルのお茶を置きながら腰を下ろした黒井さん。
何やら俺の顔を見つめているなと思っていたら、藪から棒に指摘された。
「いやね、何か今日は違って腰が引けてるなー、って思ってね。まるで……俺にビビッてるみたいな?」
「……!」
流石の鋭さだ。
素直にそう思った。
まさに黒井さんの指摘通り、俺はそのあまりの強烈な”力”を目の当たりにして、完全に気圧されている。
黒井さんの力に当てられている、と言っても良いかも知れない。
早速特訓の成果が出ている証拠でもあるとも言えるが。
とにかく、これまでは全く感じる事の出来なかった黒井さんの力。それを、文字通り肌で感じている今。
正直黒井さんの凄さというものを、俺は実の所良く理解してはいなかった。
いくら他人の口からその存在の脅威、MJ12の伝説的な逸話の数々を聞かされても、どこか物語の中の出来事のようにしか思えなかったからだ。
けど、今は違う。
超常の力を感知出来るようになった今は。
「大人の階段登ったな、フェチ男君」
「何でちょっと意味深な言い方なんですか」
「まあ冗談はおいといて、でも、うん。男子三日会わざれば刮目して見よ、とは良くいったもんだ」
「? どういう意味ですか?」
「本気で頑張ってるヤツの成長のスピードは凄い、って意味さ」
「へえ……故事ですか?」
「クロコダインの言葉だよ。ダイの大冒険っての読んだ事あるかい?」
「何ですか? それ」
「いや、知らないなら良いんだ。ジェネレーションギャップってやつか……」
何故か少しがっかりした様子を見せた黒井さん。
俺は首を捻りながらペットボトルを手に取って口に運んだ。
「変化としてはそこまで大きくはないかも知れないけど、恐らく劇的に変わってる筈だ」
気を取り直したのか、黒井さんは少し真面目な表情で言葉をつづけた。
「どういう意味ですか?」
「能力の話さ。例えるなら……軽自動車のエンジンをランボルギーニLP750-4・スーパーヴェローチェのエンジンに乗せ換えた、って感じかな?」
「ちょっと例えが良く分からないんですけど……」
とにかくパワーアップした、という事なんだろう。
黒井さん程の実力者に褒められると、何とも面映ゆい思いがするものである。
「でも、正直信じられない気持ちもあります。特別な事は何もしてないのに、昨夜数時間程霊力の使い方を教えられただけで、そこまで急激に強くなるものなんでしょうか」
「はは。まあ俄かには信じがたいものもあるだろうな。けどあるんだよ。割と珍しく無く、ね。スイッチを切り替えるみたいに、ホントいきなりな感じで。悟空だってあれだろ? スーパーサイヤ人に目覚めただけで戦闘力53万のフリーザにあっさり追いついたじゃないか」
「あれはそれまでの地道な下積みがあったからこその結果だと……」
「勿論元から何も無ければ何も変わらない。けど、土台があれば話は別さ。ちょろちょろとしか出してなかった水を、蛇口を一気に開いてどばっと出す、って言えば分かり易いかな」
「ああ、なるほど……」
我ながら自分のパワーアップには半信半疑ではあるものの、ここまで太鼓判を押してもらえるのなら、間違いはないんだろう、きっと。
しかし、
「遅いですね、古井さん」
「ああ、そうだな…………」
俺の言葉を聞いた黒井さんは、事務所の壁にかけられている時計に目を向けた。
時計の針は午後1時15分を指している。
そう。俺が今日駅前の黒井さんの事務所を、ヒヒイロカネを持参して訪問したのは他でもない。
古井さんと待ち合わせをしているのである。
『大典太を打つ日取りが決まったの』
古井さんからそう電話がかかってきたのは昨日の夜だった。
しかしその連絡を、俺はある程度予感していた。
というのも、実は同じ日の午前中に黒井さんからも連絡を受けていたのである。
『鍛冶師のお姉ちゃんから連絡があったら、俺の事務所に来れないか聞いといてもらえるかな?』
と。
まるで古井さんから連絡が入る事が分かっていたような――恐らく分かっていたんだと思う――図ったようなタイミングだった。
そして俺は古井さんに打診した。黒井さんの事務所で会えないか、と。
『ヒヒイロカネがあるんだったらアルゼンチンでも行く!!』
と、やや心配になるくらいのテンションで二つ返事だった古井さん。
当然今日も時間より早く来るものだとばかり思っていたから、少々拍子抜けだった。
「まあ女の子なんだ。色々とあるんだろ」
何となく大人の余裕を演出している黒井さん。
俺も、まあそんなものかと思い再びペットに手を伸ばしたところで、
「ご、ごめんくださーい」
控えめなノックとともに、控えめな古井さんの声が聞こえて来た。
「はいはーい。どーぞどーぞ」
黒井さんがゆっくりと腰を上げて、入り口に向かって返事をする。
俺も少し緊張しながら、自然と立ち上がっていた。
よろしくお願いします。




